斎藤佑樹が本音を告白「どれだけ叩かれても叩かれても…」 | FRIDAYデジタル

斎藤佑樹が本音を告白「どれだけ叩かれても叩かれても…」

北海道日本ハムファイターズ 昨季はプロ10年目で初めて一軍登板なし  右ヒジ靭帯断裂という大ケガまで負った 3年連続未勝利で減額制限近い大減俸 プロ11年目の開幕に何を思うのか

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「花粉症、大丈夫ですか?」

ポカポカと暖かい春の陽気のなか、鎌ケ谷スタジアムに現れた北海道日本ハムファイターズ・斎藤佑樹(32)は笑顔で本誌記者を気遣った。

甲子園を沸かせた「ハンカチ王子」も今年で33歳だが、爽やかさは健在!

伝説となった’06年の夏の甲子園決勝の引き分け再試合。体形はあのころと少しも変わらない。「王子」は真っ白いユニフォームがやたらと似合うのだ。

ドラフト1位で日本ハムに入団するも、プロ10年の通算成績は15勝26敗。ここ3年は未勝利で昨季は一度も一軍に上がれなかった。ファームでの防御率は9点台。秋には右ヒジ靭帯の断裂が判明した。

オフに減額制限(25%)近い大減俸を喰らったが、ファンは許さず、「どうしてクビにしないのか」「給料泥棒」と猛バッシングを続け、追及の手を緩めようとしなかった。

それでも、斎藤に落ち込む様子はない。

「ネットニュースはもう何年も見てないですね。無視しているのではなく、そこにエネルギーを割く余裕がないんです。ケガを治し、コンディションを整えて、もう一度、一軍のマウンドに上がる。そこに自分の力を100%注いでいます」

目力(めぢから)を感じるのは覚悟が定まっているから。斎藤はいま、野球人生を懸けた大勝負に臨んでいるのである。

名もなき治療法

斎藤の野球人生を左右する悲劇が起きたのは昨年10月のことだ。

「いつもならブルペンで30球も投げればヒジが温まるんですが、何球投げても冷え切ったまま。それどころか腕が張るような違和感があった。結局、ブルペンで70球くらい投げてからマウンドに上がったんですが、指に力が入らない。真っ直ぐはまったくスピードが出ず、フォークはマウンドのすぐ近くでワンバウンド。スライダーも抑えがきかなくて大暴投になる。1イニングを投げ切ることすら、できなかった。気づけば右ヒジに激痛が走っていました」

長い野球人生、故障は何度も経験してきた。この2ヵ月前にも右ヒジが筋肉痛に似た痛みに襲われ、病院でMRIを撮ってもらったが異常なしだった。

だが、あきらかにこれまでの故障とは違っていた。病院に向かいながら覚悟はしていたが、実際に断裂した靭帯の画像を見せられると言葉が出なかった。

「何を感じ、どんな顔をしたのか、ドクターに何と言ったのか。覚えていないんですよ。ショックだったんでしょうね」

笑顔を絶やさない斎藤はしばしば、「危機感に欠ける」と叩かれる。夏の甲子園を制し、東京六大学リーグでも優勝して、ドラ1でプロ入りした超エリート。そんな彼が持つ強靭なメンタルのなせるワザなのだが、斎藤の強心臓でも頭が真っ白になるほど、靭帯断裂の事実は重かった。

「覚えているのは、ドクターがその場で治療法を提案してくれたこと。切れた靭帯を縫い合わせる再建術、いわゆるトミー・ジョン手術も提案されましたが、僕が惹(ひ)かれたのは、プロではまだ誰もトライしたことのない新しい治療法でした。新しすぎて名前もないくらいで……」

ショックで真っ白になっていた頭が、その数分後にはフル回転していた。導き出された答えは「この名もなき新しい治療法を選ぶべき」だった。

「トミー・ジョン手術をすると、復帰まで最低2年はかかると言われています。執刀した瞬間、’21年のシーズンを棒に振ることが決まる。’22年もリハビリで終わるかもしれない。球団にあと2年待ってもらうことになる。これまでの成績を考えたら、自分の中にその選択肢はなかった。なんとしても’21年中に復帰して、結果を残さねばならない。僕にはもう時間がないんです。この新しい治療法を試したアマチュアの選手数名は、いずれも半年ほどで復帰したそうです。迷いはなかったですね」

149㎞の残像と現実

理論的には自分の血液から抽出した「多血小板血漿(けっしょう)(PRP)」をヒジに注射して再生させる保存療法(PRP療法)に近く、「サプリによる栄養摂取を組み合わせるのがポイント」(斎藤)だという。

チームドクターやトレーナーらと相談し、11月には治療をスタート。今年2月に行われた春季キャンプでは一日200球も投げ込めるまでに回復した。

「靭帯って……何もしなくても再生するんだそうです。施術から4ヵ月経ってからMRIを撮ってみたら、完全にじゃないですけど、僕の靭帯も繋がっていました(笑)。キャンプでは200球という数字が大きく取り上げられていましたけど、ごく短い距離でのキャッチボールも含めた数です。復帰したときのことを考えると、ずっと肩を休めてられない。胸郭まわりも鍛えておきたい。だから、ヒジにストレスがかからない程度にピッチングをしていた、というわけです」

本誌が斎藤をインタビューしたのは、セ・パ同時にプロ野球が開幕した3月26日。プロ11年目をファームで迎えた栄光のドラフト1位投手は「真っ直ぐのスピードがやっと130㎞前半まで上がったんですよ」と白い歯を見せた。「まだまだ、慣らし運転ですよね?」と聞く記者に斎藤は「全力投球です」と胸を張った。

「いまは変化球も全球種、投げています。あとは筋力トレーニングと、”痛みの恐怖”との戦いでしょうね。自分の中にある怖さを取り除く作業――大学4年のとき、僕は149㎞の真っ直ぐを投げていました。正直、当時の残像が見えるときはありますよ。でも、いまは切り離して考えています。治療後、133㎞が出たときは嬉しかったな……」

最盛期との落差は、頂点を極めた本人が一番わかっている。それでも、懸命にリハビリに励む斎藤に「辞めてしまえ」「アイツは終わった」との容赦(ようしゃ)ない声が飛ぶ。あらためて斎藤に聞いた。

「ハンカチ王子」ブームからの壮絶な手のひら返しを、本人はどう受けとめているのか。

「実は一度、栗山英樹監督に相談したことがあります。監督はこう言われました。『そういう声はあなたの周りにいる人たちに任せておきなさい。あなたが本当におかしいことをしていたり、変なことをしていたら、声を上げてくれる人たちが、あなたの周りにはいます』と。この言葉に救われましたね……。

もし今回、僕の挑戦が失敗して、復帰が叶わなかったとしても、僕が経験したことは次の世代に活(い)かせると思っています。最低でも、実験台になったことで事例として残すことができる。どれだけツラいことがあっても、どれだけ叩かれても、野球は嫌いになれないですね。ずっと野球とともに成長してきたし、これからも関わっていくつもりです。僕にとって野球は人生の相棒であり、先生だから」

今季から田中将大が楽天に復帰。「対決を楽しみにして下さっている方がいるのはわかっています。まず僕が一軍に戻らないと!」(斎藤)
昨年12月に行われた契約更改で、斎藤の年俸はプロ1年目を下回る1250万円に減額(金額は推定)
今年2月の春季キャンプでは、200球を超える投げ込みが話題に。栗山監督も「表情が明るい」と期待を寄せた
本誌未掲載カット 斎藤佑樹「どれだけ叩かれても、野球を嫌いになれなくて」
本誌未掲載カット 斎藤佑樹「どれだけ叩かれても、野球を嫌いになれなくて」

『FRIDAY』2021年4月16日号より

  • PHOTO小松寛之、時事(会見)

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