119番したら最後「平穏な死」は迎えられないかも…恐ろしい現実 | FRIDAYデジタル

119番したら最後「平穏な死」は迎えられないかも…恐ろしい現実

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「119番してしまったばかりに、望んでいた人生の終わりとまったく違う展開になる事態が、毎日、全国津々浦々で起こっている」と長尾氏 写真:アフロ
「119番してしまったばかりに、望んでいた人生の終わりとまったく違う展開になる事態が、毎日、全国津々浦々で起こっている」と長尾氏 写真:アフロ

誰にもいつかは来る、自分の命が尽きる瞬間を想像したことがあるだろうか?

慣れ親しんだ自宅のベッドで在宅医療を受け、家族に囲まれ、最後のひと息まで安らかに……おそらく、こんなイメージが多くの人にとって在宅看取りの理想像。しかし実際には、本人が望んでいなかった延命治療を施され、病院で苦悶の日々を送り、この世を去っていく人も多い。

そのきっかけが、誰もがいざというときに頼りにする〝救急車〟を家族や知人が呼んでしまったことだった……そんな衝撃的な事実を記した一冊の本が、昨年の出版以来、波紋を広げている。

『119番と平穏死』の著者は、兵庫県尼崎市で365日年中無休の外来診療と24時間体制の在宅医療を行う長尾クリニックの院長・長尾和宏氏。終末期医療の最前線で多くの患者を看取り、家族を支える医師が、在宅患者さんの家族やケアマネージャーに、「119番する前にちょっと待って」と訴える理由とは?

静かに看取るはずが、大事件に

最初におことわりしておくと、「慌てて救急車を呼ばないで」は、あくまでも人生の終わりに近づいた患者のそばにいる人へのメッセージ(健康な若者や中年世代が急に強い胸痛や頭痛、腹痛などを発症したときには、迷わず119番!)。そうでない人の急を要する怪我や病気には救急車を呼んだ方がいいのは言うまでもない。老衰や末期がんなどで回復の見込みがない、いわゆる終末期にあって自宅や施設で在宅医療や介護を受けている人と、その家族向けである。

「地域によって差がありますが、終末期に在宅で療養されている方は2割くらい。家で静かに看取ろうと決めていたのに、いざ容態が急変したときに家族や身近な人が慌てて救急車を呼び、病院に搬送された結果、蘇生が成功し、1ヵ月後には延命治療となり、何ヵ月も管をつけられ、そのまま亡くなる方がたくさんいるんです。

119番してしまったばかりに、望んでいた人生の終わりとまったく違う展開になるという事態が、毎日、全国津々浦々で起こっている」

そう話すのは、長尾和宏氏。〝町医者〟を自認し、兵庫県尼崎市で、在宅での終末期治療と看取りに向き合う。今年2月には著書を原作とした映画『痛くない死に方』(高橋伴明監督作品)と長尾氏の日々を追ったドキュメンタリー『けったいな町医者』が公開された。

長尾氏が長年、提唱しているのが、心身ともに不安や苦痛から解放され、リラックスした状態で静かに最期を迎える〝平穏死〟。だが、多くの人の命を救う119番が、まさかその障壁になるとは。

「到着した救急隊は、もし心肺停止していたら心臓マッサージなどの蘇生措置を取らないと罰せられる。家族がどんなに『延命治療はいりません』と訴えても、彼らには蘇生処置を施すかどうかを決める裁量権がないんです。結果、患者さんは病院に運ばれて、そのまま長期間の延命治療へ……というケースが多い。

もっと大変なのが、救急隊が到着した際にすでに心臓が止まっていた場合です。そうすると、不審死として自動的に警察が介入することになり、検死や現場検証、事情聴取が始まる。家族に殺人の疑いがかけられてしまうんです。静かに看取るはずが大事件に発展し、それがトラウマとなってしまうご家族も、けっこういらっしゃいます」(長尾クリニック院長・長尾和宏氏 以下同)

往診してくれる〝かかりつけ医〟を確保

家で看取ると決めたら、救急車は呼ばない……しかし実際、苦しむ家族の姿を目の当たりにしたら、気が動転して電話をかけてしまうのも人情だ。そうしたとき、「電話するべきは、まずは〝かかりつけ医〟です」と長尾氏は言う。

「外来や訪問診療で、日頃から診てくれているお医者さん。できれば、往診もしてくれる町医者がいいですね。理想的なのは、かかりつけ医とあらかじめ在宅医療の契約をしておくこと。

僕もそうですが、いざというときには電話で知らせてもらえば、往診して然るべき処置ができます。また、たとえ亡くなっていた場合でも、自然死だと判定できれば死亡診断書を書くことができます。それなら、警察が入るような事態には至りません」

かかりつけ医といっても、健康な人間にとっては、お世話になるのは風邪をひいたとき程度。自分や家族のいざという事態が起こったとき、頼れるものだろうか……と不安がこみ上げるが、「わざわざ在宅療養支援診療所という看板を掲げていなくても、往診をしてくれる医者はたくさんいる」と長尾氏。まずは尋ねてみることだと言う。

「家の近くのお医者さんに『往診、してもらえますか?』と。とくに患者さんが高齢だったり病状が進んでいたりする場合は、介護認定も受けているでしょうから、主治医意見書を書いてくれる町医者を家の近くで見つけて、可能ならば24時間連絡のつく携帯電話番号を教えてもらっておけば安心です。

地域の在宅医の情報は訪問看護ステーションやケアマネージャーが持っていますので、その人たちに口コミを聞くのもいいでしょう」

思えば、かかりつけ医による往診は、かつてはごく普通の光景だった。いつの頃からか外来診療しかしない診療所がメインになり、病気になれば大病院への入院が当たり前になった。しかし、「往診こそが医療の原点ですよ」と長尾氏。穏やかに自宅で最期を迎えるために、古きよき時代のシステムを今こそ見直すときなのかもしれない。

「コロナの際にも、『まずはかかりつけ医に電話で相談を』が合言葉になりました。災害時……コロナも一種の災害だと僕は思いますが、そうした非常時にこそ、かかりつけ医の存在は心強いはず。大きな病気を治療してくれる遠くの名医と、近くのかかりつけ医、両刀遣いがいい。それは浮気したことにはなりません(笑)」

逝き方を決める「人生会議」はいつでも、何度でも

そして、自分の逝き方を自分で決めるための最強の一手とも言えるのが、「リビング・ウイル」(終末期医療における事前指示書)。長尾氏が副理事長を務める日本尊厳死協会が推進しているリビング・ウイルは、自分がどのような状態で最期を迎えたいか、そのために何をしてほしいか、してほしくないのかを自らが記した書面である。

しかし、これを準備している人は、まだまだごく少数派。同協会の調査では、人口のわずか0.1パーセントにとどまっているという。

「残念ながら、日本の終末期医療において決定権を持っているのは本人じゃない。3分の2のケースで家族が決め、残りの3分の1は医者が決めています。

アジア諸国では、台湾は2000年にリビング・ウイルを担保する法律ができ、韓国でも2017年に成立した。でも、日本ではいまだ議論すらできていません。日本は自分の最期を自分自身で決められない、世界でも珍しい国なんです」

しかし、リビング・ウイルやエンディングノートにしっかり希望を記しておけば、内容は本人の意思として尊重される。そのことを印象づけるシーンが、公開中のドキュメンタリー映画『けったいな町医者』の中にあった。

外来で受け持っていた高齢の男性患者が息を引き取ったとの報せを受け、現場に駆けつけた長尾氏。その男性が女性ものの下着をつけていたことなどから事件性を疑い、とっさに持っていた携帯電話のカメラで動画を撮り始めたが……。

「奥さんと話したら、はいていたのは奥さんのパンツだったんですね。そして、本人が生前に書いていたリビング・ウイルが出てきて、そこには奥さんへの感謝の言葉も書かれていました。だったらこれは自然死だな、と。録画を止めて、死亡診断書に『老衰』と書きました」

かかりつけ医同様、いざというときに役立つリビング・ウイル。そして、「書くだけでなく、それを挟んで家族や身近な人やかかりつけ医と何度も話し合っておくことが大事です」と長尾氏は言う。

「これはアドバンス・ケア・プランニング(ACP)といって、愛称は『人生会議』。厚生労働省が現在、推進している取り組みです。人生最期の時をどう過ごすかを決める人生会議は、一回やったら終わり、ではなく、状況が変化するごとに何度でも行うもの。必ず記録も残してください。

死をどう迎えるかという対話は、本人と家族だけではなかなか弾まないかもしれませんから、そこにケアマネージャーやかかりつけ医が入って、皆で対話を繰り返す。そうやって本人の覚悟と、家族の覚悟、看取る医者の覚悟が揃えば、平穏死は決して難しいことじゃないんです」

 

長尾和宏 1958年香川県生まれ。’84年、東京医科大学卒業。大阪大学第二内科に入局し、勤務医を経て’95年、兵庫県尼崎市に長尾クリニックを開業。診療を行いながら一般財団法人日本尊厳死協会副理事長、日本慢性期医療協会理事、日本ホスピス・在宅ケア研究会理事などを務め、よりよい在宅医療と看取りの姿を模索する。『「平穏死」10の条件』『男の孤独死』『病気の9割は歩くだけで治る!』『コロナ禍の9割は情報災害〜withコロナを生き抜く36の知恵〜』『仏になったら仏を殴れ』など著書多数。ベストセラー『痛い在宅医』『痛くない死に方』を映画化した『痛くない死に方』、ドキュメンタリー『けったいな町医者』が2/20に公開され、全国でロングラン上演中。

『119番と平穏死 「理想の最期」を家族と叶える』(大和書房)を購入するならコチラ

映画『痛くない死に方』オフィシャルサイト

ドキュメンタリー映画『けったいな町医者』オフィシャルサイト

  • 取材・文大谷道子写真アフロ

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