木村こうき 「モンスト」の立役者からミクシィ社長への軌跡

「ひとりぼっちはつまらない」それがビジネスの原点

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「社長の仕事場」を見たい!第2回 取材・文:夏目幸明(経済ジャーナリスト)

2013年、『モンスト』誕生前夜の会議室。壁をボードにし、アイデアを皆で出しあった(右から2人目が木村)

「社長の机はありますが、そこで話したことはありませんね」

「あ、私もです」

マンガやスポーツ用品などが置かれた雑多な会議室で、ミクシィの開発スタッフたちが笑う。くだけた雰囲気の中、社長の木村こうき(42)も苦笑した。

「確かに、働いている時間の大半は打ち合わせで、しかもだいたい僕がみんなのもとに出向いていますから」

2018年6月に就任したミクシィの新社長――と、言うより、ゲームアプリ『モンスターストライク』の産みの親、と言ったほうが分かりやすい。SNS事業が停滞していた同社が、2013年に発表したのが『モンスト』。爆発的な人気を博したこのコンテンツにより、ミクシィの業績はV字回復を遂げた。同社は子会社が運営していたチケット売買サイト「チケットキャンプ」の不祥事もあり、前社長が6月に辞任したが、その後釜の「切り札」として抜擢されたのが、『モンスト』の立て役者であった木村である。

なぜ『モンスト』は成功したのか。理由を問うと、木村は立ち上がり、壁に黒ペンでサラサラと図を描き始めた。ミクシィの会議室は、壁がそのままホワイトボードになっている。木村は○を一つ描き、そこから2本の線を引いて二つの○を描く。さらに線を引いて次は4つの○を、次には8つの○を描いていく。

「これが『バイラルマーケティング』(口コミとほぼ同義)。『モンスト』は、SNSの面白さとゲームの面白さがミックスされているんです。SNSって、人が”可愛い”とか”笑える!”とか、お互いを承認しあえるのが面白いんですよね。このゲームにも、仲間同士で盛り上がれる仕掛け、演出をちりばめたんです」

プレイヤーが友人や家族を誘い、その友人や家族がさらに別の人を招き、プレイヤーが「バイラル(感染的)」に増えていく……。コミュニケーションで急成長したミクシィの危機を救ったのも、やはりコミュニケーションだったのだ。

仲間とワイワイ騒ぎながら

木村は祖父がエンジニア、父は銀行員という、理系と文系、対極的な価値観が同居する家庭で育った。祖父は雪が積もると、幼いこうきを庭に連れ出し「雪に塩をかけると固くなる。これをモル凝固点降下という」などと解説をする人だった。一方、父は「勉強などせず遊べ」とけしかけた。そんな環境が、遊びや愉しみの中に、分析や解析を組み込んでいく、「理論的遊び人」の、木村を作ったのかもしれない。理系少年に育ちつつ、高校時代からはゲームに、大学進学後はバイトやカラオケに夢中になっていった。

例に漏れず、木村もゲームをして育ってきた世代。ただ、彼の好みは仲間たちが集まって楽しめる種類のものだった。

「野球ゲームをする時も、ピッチャーにイジられキャラの友人の名前をつけてみんな脱力……と思わせておいて、いきなり160キロの剛速球を投げさせちゃう(笑)。一人で黙々とプレイするよりも、そうやって仲間と騒ぎながらプレイするほうが好きだったんですよね」

転機がやってきたのは’90年代後半。大学在学中、銀行を辞め会社経営を始めていた父が体調を崩し、その会社を継いだ叔父の手伝いをするため、木村も会社で働き始め、後に大学は中退した。世間では携帯電話が急速に普及し始めていた。

「初めて(NTTドコモの)i-modeを使った日、『これはヤバい』と驚いたんです。電話、メール、Webに掲示板と、すべてのコミュニケーションツールがこの中に詰まっている! と」

衝撃を受けた木村は、IT業界に身を投じた。SNSに関心を持ち、その開発会社に入ったのも自然な流れだった。そこから転職を果たし、’08年、ミクシィに入社。ただし、最初から順風満帆だったというわけではない。木村は入社後やりたかったSNS「mixi」のコミュニケーション機能ではなく、まずユーザー向けにゲームを提供するプラットフォームを担当した。その後、責任者としてあるメーカーと共同でゲーム開発をするが、これが惨敗に終わる。なぜ失敗したのか。

「結局、ワイワイ盛り上がれなかったからかな、と。アイデアって『これ面白くない?』なんて言いながら、笑い合える環境から生まれてくるものじゃないですか。でも、当時ミクシィは渋谷に、先方は六本木にオフィスがあって、意思疎通が十分じゃなかった」

その頃、SNSとしてのmixiは、フェイスブックやツイッターにユーザーを奪われ始めていた。このままではmixiは”オワコン”(流行が終わったコンテンツ)になってしまう……。

そして『モンスト』誕生へ

木村が、その時に立ち返ったのは自らの楽しみの「原点」――すなわち、「コミュニケーション」だ。

「ゲームの面白さは、操作性、ストーリー性など様々あります。ITの進化により、オンラインゲームでは、知らない誰かともプレイできる。しかし、だからこそ鬼ごっこやカラオケのように”ワイワイ盛り上がる”ことを忘れてしまっていたのではないか……と思ったんです」

前作の失敗から学び、木村は新ゲームの開発担当者・関係者を今度は1ヵ所に集めることにした。そしてゲーム自体のコンセプトも全面的に見直す。

「スマートフォンのユーザーが、わざわざ集まってゲームをやるのか?」

そんな疑問の声も上がったが、一方、集まった仲間たちは湧き上がるようにアイデアを出した。ホワイトボード兼用の壁に、皆がイラストや構想を次々と描き込んで、「こんなキャラクターにしたらどうか」「こんなギミックがあれば面白いはず!」と盛り上がった。それは木村に、あるシーンを思い出させた。

「小学校の頃、仲間と学童保育の施設で車座になって、手を挙げて真ん中でネタをやる遊びに夢中になったことがありました。どれもこれも下らなくて、でもおしっこをちびるくらい面白かったなぁと」

こうして誕生したのが、4500万人ものユーザーを抱える大ヒットゲーム、『モンスターストライク』だった。

インタビュー終盤、木村はスマホを取り出し、何枚かの画像を我々に見せてくれた。そこにあったのは、『モンスト』を一緒に楽しみ、笑顔を浮かべているユーザーたちの姿。

「ユーザーの方々がSNSにゲームのことを投稿する場合、ほとんどはプレイ画面をキャプチャーして画像を載せるだけなんですよ。でも『モンスト』は違うんです。こんなふうに、カップルや家族連れの方々が、集まってみんなで楽しんでいる場面を投稿してくれている」

画像を示す木村の顔には、会心の笑みが浮かんでいた。

すべてはコミュニケーションから――ひとりぼっちでは、ビジネスも遊びもできない。人と人を?ぐことが、愉しみや面白さを増幅させていく。(文中敬称略)

面白さが口コミで伝播していくことで「バイラル(感染的)にユーザーが増えていくことを狙った」(木村)

スニーカーを買い集めるのが趣味。「単体できちんと主張のあるようなスニーカーが好き」だという

2010年頃の木村。会う人に覚えてもらおうと、あえてこのルックスにしていた
  • 取材・文夏目幸明(経済ジャーナリスト)撮影鬼怒川毅(2~3枚目写真)

Photo Gallary4

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