薄口評論家・杉村太蔵「無職のドン底時代」を明かした | FRIDAYデジタル

薄口評論家・杉村太蔵「無職のドン底時代」を明かした

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昨年6月、東京・赤坂の小料理店に集まった政界の重鎮たち。左から小泉純一郎、中川秀直、二階俊博、杉村、山崎拓、武部勤の各氏(画像:杉村氏提供。敬称略)

秋篠宮眞子さまの結婚についてーー。

「4月8日に28枚におよぶ文書が公開されましたが、小室圭さん自身の問題はそれほど重要でないと思っています。大切なのは、眞子さまが幸せになれるかどうか。小室さんが、眞子さまにとってふさわしい男性かどうかです。眞子さまのお相手として、国民が納得する方になっていただきたい」

感染拡大する新型コロナウイルスについてーー。

「未知のウイルスに対し、日本政府はよく対応していますよ。2月の完全失業率は、コロナ禍にもかかわらず2.9%。欧米なら好況時の数字です。ワクチンを、1日でも早く国民全体に行き渡らせることが急務でしょう」

菅義偉政権についてーー。

「まだ発足して半年ですからね。評価をくだすには早い。新型コロナが落ち着けば、外交の重要度が上がるはずです。米国のバイデン大統領と、信頼関係を築けるかが課題となります」

話題となっているトピックスについて独自の見解を示すのは、テレビで見ない日がほとんどない杉村太蔵(41)だ。トイレの清掃員から外資系金融マン、政治家、タレントとさまざまな職業を経験してきた。現在は投資家として、4月1日に『稼ぎ方革命』を上梓。テレビ番組では硬軟あらゆるニュースについてコメントを求められるが、「世の中で起きている重要な問題について分析できないと投資家失格」と笑う。

時に「薄口評論家」と呼ばれる杉村。これまでに味わった苦悩や最愛の妻への思いなど、起伏に富んだ濃厚な半生を振り返ったーー。

司法試験に失敗し就職先もなし……

都内のオフィスビルで清掃員をしていた20代前半の時の写真(画像:杉村氏提供)

「最初に経験した逆境は、大学(筑波大体育専門学群)に興味を持てず中退した時でした。司法試験合格を目指していましたがダメ。就職も超氷河期(04年春)で、勤め先も見つかりません。精神的にツラくて、北海道・旭川に帰って実家の歯科医院を手伝おうと父に電話したんです。父には、手厳しくこう言われました。『お前、歯科医の資格がないのに、どうやって手伝うんだ!』と。父の苦言に、自分の甘さを思い知られされました」

杉村は何でもいいから仕事を見つけようと、人材派遣会社に登録。首相官邸近くにあるオフィスビルに、清掃員として派遣された。時給は780円だったという。

「朝6時からトイレ掃除を始めると、顔を合わせるたびに日本語で『ヘイ、社長!』と声をかけてくれる外国人がいました。私も『ハイ、会長! 舐められるくらい便器をピカピカにしておきましたよ』と応じてね。

清掃会社で働き始め、2〜3ヵ月たった頃でしょうか。その外国人から、こう誘われました。『1週間後にうちの会社の入社試験がある。受けないさい』。その人は外資系証券会社の偉い人だったんです。人生の転機になるかもしれないと、猛勉強しました」

外国人は杉村の熱心な仕事ぶりに注目していたのだろう。杉村も彼の期待に応え、試験に合格。株価などを予測する調査部に配属された。数字を研究するのが性に合っていたのか、多忙でも「面白い仕事だ」と感じたと話す。

「そこで知り合ったのが家内です。大手損保会社の決算発表を聞きに行った時、彼女が広報担当だったんですよ。目がパッチリして、こんなにキレイな女性がいるんだと一目惚れでした。彼女と結婚しようと決め、何度もデートに誘いましたが断られ続けました……」

時の首相は小泉純一郎。郵政民営化で株価がどうなるか調べていた杉村は、たまたま見ていた自民党のホームページで候補者を求め論文を募集中だと知る。投資家の声をまとめて自民党本部に送ると、スグに呼び出し。比例南関東ブロックで出馬し、05年9月の衆院選で見事当選する。

「国会議員になってからも、彼女へのプロポーズを続けました。『あなたは私のお嫁さんになります!』と猛アピールです。確か4回目のプロポーズでした。私の押しに根負けしたのか、ようやく『わかりました』と受けてくれたんです」

出演依頼を保留した理由

20代の外資系証券会社で働いていたころ。数字をあつかう仕事は楽しかったという(画像:杉村氏提供)

結婚2年後には長女が生まれる。最愛の妻、愛娘との幸せな家庭。だが、10年7月に杉村が再び逆境に襲われる。参院選に比例代表で出馬するも、落選してしまったのだ。

「大学を中退した時以上にツラかったですね。一人ならなんとかなりますが、家内や子どもの生活があるでしょう。無職になり、毎日『どうしよう』と焦るばかり。夫が仕事もせずずっと家にいるんですから、家内も不安だったと思います。それでも私を責めることなく、いつも通り接してくれました。『ゆっくりできていいじゃない』と」

ある日、1本の電話がかかってきた。TBSからだ。「『サンデー・ジャポン』(以下『サンジャポ』)に出演し好きなことを話してください」という依頼だった。

「『次の日曜朝の予定はどうですか』と聞かれ、態度を保留しました。無職だから、本当は予定などあるはずがありません。でもヒマだと思われたくないという、ミエがあったんです。テレビ出演への抵抗もありました。タレントから政治家になる人はいても、その逆はいませんから」

出演を後押したのは、妻の一言だ。

「『パパ、すごいじゃない! 出たほうがいいよ。パパにピッタリの番組だと思うから』とね。試しに出演したら『サンジャポ』が、その年の最高視聴率を記録したんです。爆笑問題の太田光さんからは、『お前(コメントが)薄いなぁ』と言われました。

最初は腹が立ちましが、私のタレントとしてのキャラクターを決定づけてくださいました。難しいことを難しく語る人は大勢いますが、政治を薄く話そうとする人はいないですからね。『サンジャポ』を機に、テレビの仕事をたくさんいただけるようになりました。家内の後押しがなければ、実現しなかったでしょう」

妻は、ことあるごとに「あの発言良かったよ」と杉村を励まし続ける。おかげで杉村は自信を回復させ、どんどんヤル気になっていった。

「テレビ出演し、勉強が足りないなと感じましたね。16年4月には慶應大学大学院に入学しました。朝5時半に起きて、全新聞一般紙をネットでチェック。政府の発表や首相や官房長官などの会見も、すべて見ています。わからないことがあれば、知り合いの政治家やジャーナリストに教えを請うこともありますよ。公共の場で、間違ったことは言えませんから」

感動した大下容子アナの反論

05年9月、衆院選当選直後の写真。当時まだ20代半ばだった(画像:杉村氏提供)

テレビ出演が多くなるにつれ、ステキな出会いも増えた。『ワイド!スクランブル』(テレビ朝日系)のメインキャスター、大下容子アナは杉村がもっとも尊敬する一人。

「乳ガンの特集を組んだ時に、番組前の打ち合わせでこんな一幕がありました。プロデユーサーは『ステージ4の致死率を出したい』と主張。すると珍しく大下さんが反論します。『数字を出す必要はないと思います』と。大下さんは、致死率を出すことで乳ガンに苦しむ人がショックを受けたり、悲しい思いをすると考えたのでしょう。

プロデューサーが『乳ガン検診を受けるキッカケになる』と続けると、こう提案しました。『ではテロップに数字を書きましょう。私の口からは言えません』と。大下さんは、視聴者の思いを考えながら番組づくりをしているのだなと感動しました。女性リーダーの鏡のような方です」

『サンジャポ』で共演する、テリー伊藤氏からも大きな影響を受けた。

「『サンジャポ』に出始めた、10年ほど前のことです。テリーさんから、こうアドバイスを受けました。『批判するだけじゃダメだよ。対策を言いなさい。提言をしなさい』と。人の悪口を言うのは簡単ですが、建設的な意見を出すには時事問題について考え勉強しないといけません。テリーさんの言葉を常に意識し、前向きなコメントするようにしています」

今では、知らない人がいないほど有名人になった杉村。ただ家族にとっては、気恥ずかしさもあるようだ。

「家族で街を歩いていると、周囲からジロジロ見られます。私の顔を見ると、視線は妻や子どもたちに移る。妻はどうも、それが苦手のようです。もともと3歩下がって歩くタイプですが、私が有名になってからは10mも後ろにいます。新型コロナが感染拡大する前から、サングラスにマスクという姿でね。行きつけの美容院などにも、『夫は杉村太蔵』だと明かしていないそうです」

ネガティブなことも、妻のおかげでプラスに考えられるようになった。「早く料亭に行ってみたい」「議員報酬でBMWを買いたい」……。衆院選当選直後にバッシングを受けた一連の発言だ。

「妻は『あの〝料亭発言〟がなければ、今のパパはいない』と言うんです。確かに大人しくしていたら、誰の記憶にも残らなかったでしょう。発言によって、今でも多くの人に覚えてもらっているんですから。語り継がれているという意味では、長嶋茂雄さんの『我が巨人軍は永久に不滅です』と同じくらいの名言ではないでしょうか(笑)」

現在は3人の子どもがいる杉村家。家族に対する愛情も、投資家らしい具体的な想定をしている。

「毎年、元旦に遺言書を作成しています。中には、保有している株式の処分の方法を書いている。私の死後ただちに売って現金化すべき株、4~5年の間に必要だと思ったときに現金にすべき株、永遠に持ち続けるべき株……。万が一のことがあっても、家族には最低限の生活ができるようにと、いつも考えているんです」

政治家からタレントに転じ成功を収め、「落選の星」とも呼ばれる杉村。満足な仕事ができるのも、家族の支えがあるからなのだろう。

「小泉チルドレン」として尊敬する小泉純一郎元首相とのツーショット(画像:杉村氏提供)
テレビでどんな時事問題について問われても答えられるよう国内外の報道だけでなく政府資料、首相会見にも目を通している

すぎむら・たいぞう 79年8月、北海道旭川市生まれ。筑波大学を中退後、職を転々とし05年9月の衆院選に初当選。政界引退後は「薄口評論家」としてテレビ出演多数。著書に『バカでも資産1億円 「儲け」をつかむ技術』『稼ぎ方革命』など。

  • 撮影西崎進也

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