スクープ

生き残った住民が語った「ミャンマー国軍」ジェノサイドの一部始終

衝撃の現地ルポ ヤンゴンから車で40分の小さな集落を襲った突然の悲劇 銃撃により6名死亡、16名が重傷 さらには焼き討ちまで

  • Facebook シェアボタン
  • Twitter シェアボタン
  • LINE シェアボタン
  • はてなブックマーク シェアボタン

ミャンマーで権力を掌握した国軍のクーデター勃発から、2ヵ月が経過した。市民による抗議活動は依然として続けられているが、軍・警察による弾圧は激しさを増し、子供までもが犠牲になっている。現地の人権団体によると、死者数は6日現在、少なくとも581人で、拘束されたデモ隊員らは約2750人に上る。

無線接続のインターネットや携帯電話のデータ通信は遮断され、情報の入手が困難になっているため、軍・警察の動きは見えづらい。そんな中、最大都市ヤンゴンの郊外では、報じられない虐殺が繰り広げられている。以下は、ミャンマー人男性の現地カメラマンからだ。

虐殺があったヤンゴン郊外の集落。家々は放火され、焼け焦げた瓦礫が残る。逃げ惑う住民にも銃口が向けられた

3月29日午後1時。

ヤンゴン中心部から車で約40分走ったサウスダゴン地区の集落に突然、軍用車両が数台到着した。住民たちがバリケードを作って抗議活動をしていたため、それを阻止しにきたのだ。軍に気づいた住民たちは、慌てて自宅へ逃げ込んだが、まもなく、銃声が轟(とどろ)いた。

「おい! 早く出てこい! ぶっ殺してやる!」

白昼の静まり返った集落に、怒声が響き渡る。一部の住民は、家の戸をこじ開けられ、外へ引っ張り出された。指示通りにバリケードを撤去すると、近くの民家から黒い煙がもうもうと立ち上った。

「火事だ!」「燃えてる!」

住民たちはバケツに水を汲(く)み、慌てて消火に当たった。

そこへまた銃声が何発か轟き、水を撒(ま)いていた住民たちがバタバタとその場に倒れた。銃口は、逃げ惑う住民にまで向けられた。

しばらくすると、軍人らの気配がしなくなった。息を殺すように隠れていた住民たちは、被害者をバイクに乗せ、別の民家へ運んだ。搬送中に息絶えた被害者もいた。運び込まれた死者は6人に上り、腕や足などに被弾した重軽傷者は16人だった。

翌3月30日、合同葬儀が執り行われたが、生き残った住民たちは知人宅に身を寄せ、怯(おび)えるようにして今も生きている。

カメラマンから届いた写真の中には犠牲者のものも含まれ、そのうちの1枚には、額の左側に銃創が見られ、複数のひっかき傷が残る男性が写っていた。別の写真の男性は、顔中が血だらけだった。

カメラマンが現場を訪れたのは4月4日。生き残った被害者への支援を目的に、寄付団体とともに食料を積んだトラックで向かったのだ。こうした寄付活動も軍側にマークされる危険性があるという。

「支援者もデモ隊と一緒くたにされてしまいます。だから食料を仕分けする作業は、国軍側にバレないように毎回場所を変えていました。僕は寄付団体のツテがあったので現場に来ることができましたが、この虐殺は表沙汰にはなっていないと思います。おそらく氷山の一角で、他にも起きているはずです」

寄付団体が現場に到着してみると、トタンやドラム缶、焼け焦げた残骸が辺りに散らばり、住居は跡形もなくなっていた。自宅が全焼した被害者男性(30代)は、別の場所に隠れていたため家族4人とも無事だったが、生活の糧(かて)を失い、途方に暮れていた。新婚の夫を失った妻は、残された1歳の息子の側で泣き崩れた。

そんな被害者たちに食料を配り、家が全焼した者には見舞金を手渡した。そうこうするうち住民たちから突然、

「軍と警察がすぐ近くに来ているようだからもうここから出たほうがいい。見つかったら我々もまずい」

と告げられたため、一行は慌ててトラックに乗り込み、その場を離れた。出発してまもなく、信号で停止すると、近くに駐まっている軍用車両数台が目に飛び込んできた。虐殺の生々しい現場とは対照的に、車中の軍人らは携帯電話をいじったり、タバコをふかしながら談笑していた。カメラマンが振り返る。

「その表情が余裕に見えたので、余計に腹が立ちました。おそらくですが、虐殺した張本人たちだと思います」

そしてこうさらっと言うのだ。

「彼らは銃を持っているから恐いだけ。被害者から話を聞いた直後に遭遇したので、もしこっちに銃があれば全員撃ち殺したい。それだけですね」

カメラマンは軽く笑ったが、それが逆に恐く感じられた。静かな怒りとでも言おうか。この憎悪の念は、けっして消えることがないだろう。

軍・警察への抗議デモは現在もミャンマー全土で続くが、ヤンゴンは以前ほどの勢いはなくなった。参加者が弾圧に怯えているためだ
集落の男性犠牲者。19歳だった。彼らは「Z世代」と呼ばれる若者たちで、SNSを通じて海外とも連携し、弾圧に抵抗してきた
向かって左側の男性は自宅が全焼した。家族4人は無事だったが、「仕事道具も財産もなくなった。どうしよう」と途方に暮れていた

「FRIDAY」2021年4月23日号より

  • 取材・文水谷竹秀写真AFP アフロ(デモ写真)

Photo Gallary4

Photo Selection

あなたへのおすすめ記事を写真から

関連記事