「緑のニセモノでリハーサル」夢を正夢にした松山英樹の素顔 | FRIDAYデジタル

「緑のニセモノでリハーサル」夢を正夢にした松山英樹の素顔

2011年マスターズ初挑戦時から現場で取材してきた大泉英子氏による寄稿

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グリーンジャケットを来た瞬間、松山英樹は喜びを爆発させた(写真:共同通信)

<男子ゴルフの海外メジャー大会「マスターズ」で松山英樹が日本人で初めて頂点に立った。松山が初挑戦したのは東日本大震直後の2011年。その当時から現場で松山を取材してきたゴルフジャーナリストの大泉英子氏が松山の東北への思い、ポーカーフェースの奥にある素顔を緊急寄稿した。>

被災地・東北に思いを馳せ、戦ってきた

松山英樹が、初めてオーガスタの地を踏んだのは今から10年前。東日本大震災直後のことだ。

震災当時、松山は東北福祉大ゴルフ部のオーストラリア合宿に参加していたが、帰国後は救援物資を乗せたバスに乗り、被災地にも赴いてその惨状を目の当たりにした。

「自分自身も被災者なのに、こんな時にマスターズに出場してもいいのか?」
……

2010年「アジア・アマチュア選手権」の優勝者としてマスターズの招待を受けていた彼は、オーガスタの地に到着した後も心が揺れていた。だが、被災しながらも自分を応援してくれる大学関係者、ゴルフ部の友人、ゴルフを始めるきっかけを作ってくれた両親たちの後押しもあり、オーガスタで自分のベストを尽くすことを大会前の公式会見で誓ったのである。

「自分自身のためだけでなく、自分を支えてくれた人のためにも、夢の舞台で精一杯プレーすることがみなさんへの恩返しだと思っています」

第2の故郷である仙台に想いを馳せつつ、彼はオーガスタの地で全力で戦った。「中途半端な気持ちで戦っていては日本の被災者の皆さんに申し訳ない」という気持ちで「マスターズ」に挑んだのだ。練習日は80以上を叩くこともあり、本人曰く「練習日はあまりにも悪すぎた。自分でも理解不能」だったそうだが、試合に入ると本領発揮。3日目は、石川遼もなかなかマークできなかった60台を初出場で叩き出し、日本人初のローアマに輝いた。

日本人として初めて、「マスターズ」の表彰式で表彰されるという偉業を達成したが、私も当時、クラブハウスの2階のベランダからこの光景を見ていた。表彰式が行われる場所にいても、欧米の大男たちが目の前に立ちはだかり全く中の様子が見えない。だから、クラブハウスに入れるメディアの特権を生かして、ここで表彰式のシーンを見届けるのが私のルーティーンになっている。

まさか日本人選手が「マスターズ」の表彰式で表彰される日が来るとは思わなかったが、松山がビリー・ペイン委員長からローアマのトロフィを受け取っている姿を見て、選手でもないのに日本人として誇らしい気持ちでいっぱいになったのを今でもよく覚えている。

あれから10年。今年、再び松山は「マスターズ」の表彰式にチャンピオンとして戻ってきた。優勝後の記者会見で、彼は東北の人々に次のようなメッセージを贈った。

「10年前、ここに来た時に、ここに来させてもらって自分が変わることができたと思っている。10年っていう、早いのか遅いのかわからないですけど、こうしてその時背中を押してくれた人たちに、またいい報告ができたのはよかったな、と思っています」

今も彼は住民票を仙台に置き、稼いだ賞金に対する税金を東北に還元し続けている。そして、PGAツアーに出場する際も、スタート前の選手紹介では「Ehime Japan」ではなく、「Sendai Japan」とコールされる。常に彼は仙台を思いながらツアーで戦っているのだ。松山の「マスターズ」での歴史は、仙台に対して想いを馳せながら戦ってきた歴史でもあり、仙台からの被災者として出場した10年前から、この日へのカウントダウンは始まっていたのだ。

彼のこれまでの活躍や今回の優勝は、東北の人々のバックアップとそれに応えようとする松山の強い気持ちがなければなしえなかったかもしれない。今頃、仙台は松山優勝に歓喜し、大いに盛り上がっていることだろう。いまだに10年前の震災の爪痕が残る東北に、明るい希望と明日への活力を届けられたはずである。

優勝シーンを私は、取材も兼ねて電話越しに日本のレジェンド、日本ゴルフツアー機構の青木功会長と観戦し、見届けるという幸運に恵まれたが、青木会長は「松山も大人になった。この優勝で今後、彼がどういう風に変わってくるかも楽しみだね」と語っていた。

松山自身は優勝後、自らの優勝がもたらす効果に対する期待を次のように語っている。

「僕がここで勝ったことで、今テレビを観ている子供たちが5年後、10年後にこの舞台に立って、その子たちとトップで争うことが出来たら幸せ。まだ僕もこれから先、勝っていかないといけない」

「今までだと日本人はできないんじゃないか、という考えがあったかもしれないけど、そこを覆すことは、僕はできたと思う。子供たちにもっともっと、プラスの影響を与えられるよう頑張りたい」

ゴルフ界の発展…..その中でも子供たちや後進たちに対して「日本人でも世界の舞台で優勝できる」ということを身をもって伝えた。過去、青木功、尾崎将司、中嶋常幸、丸山茂樹、伊澤利光、片山晋呉たちが何度も挑戦し、世界との間に立ちはだかる大きく高い壁を越えることが出来なかった日本人ゴルファーの歴史。その壁を見事玉砕し、後進ゴルファーたちに大きく道を切り開いたのである。

2011年4月、初出場したマスターズで27位と健闘し、ベストアマの表彰を受けたときの松山英樹(写真:共同通信)

満面の笑みでガッツポーズを繰り出した松山英樹のメッセージ

「ミケルソンにおめでとうと言われました。どうやったらあんなに飛ぶんだ?って聞きたかったけど、聞く時間もなかったです」

「優勝争いはテレビで観ましたが、すごいですね。グリーンジャケットを着ている優勝者(C・シュワーツェル)を見ていいなぁと思いました。(プロになって自分が優勝するまでは)スーパーで緑のニセモノを買ってリハーサルしてます(笑)」

「初日、70台で回れたことが嬉しかったですね。1オーバー打ったら、トマトを食わすって人がいるんです。僕、トマト嫌いなんですよ(苦笑)」

これらのコメントは、今から10年前、アマチュアとして初めて松山が「マスターズ」に挑戦した時のものである。この頃の彼は大学2年生で19歳。まだ少年のような人懐っこい表情で、白い歯を見せながら明るく笑っていた。記者たちの質問に対して、コメントも初々しく、初めての「マスターズ」で経験している出来事やドキドキ感を、素直に自然体で語ってくれていたのを聞くのも楽しかった。

そして10年後の今、松山はついに日本人悲願の「マスターズ」優勝を遂げ、グリーンジャケットに袖を通した。印象的だったのはその表情。前年度優勝者のダスティン・ジョンソンからグリーンジャケットを羽織らせてもらうと、両手の拳を何度も空に突き上げたガッツポーズを見せ、顔をクシャクシャにして無邪気に優勝を喜んだ。

この表情を見て丸山茂樹は「涙が出た」とテレビ番組で語っていたが、私もこんな松山を見たのは久しぶりで、思わず涙腺が緩んだ。以前の松山が人前で見せていた人間らしい表情が、この表彰式シーンで一気に爆発。マスターズ優勝という子供の頃からの大きな夢を叶え、心の底から喜び、興奮していた。

また、TVのインタビューに答える彼の表情も、とても生き生きしていて清々しかったし、カッコよかった。普段、試合会場ではあまり表情を表に出さない彼だが、昔、我々の前でも無邪気な表情を見せていた10年前の松山を思い出した。

優勝したこと自体、日本の、そしてアジアのゴルフ史を変えるすごいことなのだが、個人的には、この時の松山の表情が一番感動的だったし、この顔を見ることができて本当によかったと思った。そしてプレー中に時折浮かべていた笑顔も、最近の彼には見られなかった兆候。自然体で物事を受け止め、嬉しい時には嬉しい表情を浮かべる彼に新しい魅力を感じた。

松山自身は「メディアの取材を受けるのが苦手」と語っているが、彼の言葉はもともと素朴に人の心に響いてくるものが多く、じっくり考えながら話をしてくれるタイプだった。今回のこの優勝を機に、松山本来の魅力と人柄もゴルフファンに伝わればいいな、と思う。

ここ数年はショットやパットに悩み、いい時もあれば悪い時もあるという日々の繰り返しだった彼は、米国メディアからも「松山英樹は2017年の全米プロで負けて以来、スランプが続いている」「なぜパッティングが入らないのか?」などと書き立てられていた。

だが、マスターズ優勝で、一気に松山に対する注目とリスペクトが急上昇。コロナの影響で現地取材を許可されず、リモート取材していた私のところに現地で取材をしている記者や米国ゴルフチャンネル、BBCなどからも「松山の情報を教えてほしい」と依頼が殺到した。母国の日本だけでなく、世界からもこんなに注目を浴び、リスペクトされたチャンピオンは、他にはなかなかいないのではないか。

今年のオーガスタは、日本人女子アマの梶谷翼による「オーガスタ女子アマ」優勝に始まり、黒人ゴルファー、リー・エルダーの始球式初参加、日本人初の「マスターズチャンピオン」誕生と、民族を超えた活躍と話題が席巻した。現在、アメリカではアジア系の人々に対する「ヘイトクライム」が問題になっているが、今回の彼らの活躍で、「米国が、そして世界が前進したらいい」という声も多い。「物静かなチャンピオン」は、「マスターズ」での活躍を通し、多くを語らずして日本に、そして世界に多くのメッセージを伝えている。

これからも海外メジャーでこんなシーンがたくさん見られるだろうか(写真:共同通信)

  • 取材・文大泉英子

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