あと一歩で何度も「敗退」…囲碁将棋が明かすM-1のツラさ | FRIDAYデジタル

あと一歩で何度も「敗退」…囲碁将棋が明かすM-1のツラさ

学生時代から大宮セブンまで、賞レースを戦い抜いたからこそ見える景色とは

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『賞レースで栄光をつかめなかった男たち』囲碁将棋

「大宮セブン」のメンバーとして注目され、今年2021年4月にはCSテレ朝で冠番組が始動するなど、着実に活躍の場を広げている囲碁将棋の文田大介と根建太一。どちらも185センチの長身だが、文化系を思わせる独特な掛け合いがクセになるお笑いコンビだ。 

彼らの漫才は多くの同業者から称賛され、「今年こそはM-1グランプリの決勝に行く」と言われ続けた。しかし、2019年のラストイヤーでも決勝に届かず涙を飲む。実に6度目の準決勝だった。周囲の期待を背負いながら、毎年挑戦し続ける胸中とは一体どんなものだったのか。 

(撮影:スギゾー)

学生時代やNSC入学までの経緯、大宮セブン発足時の状況などを振り返ってもらいながら、賞レースを戦い抜いたからこそ見える景色を語ってもらった。

「大宮セブン」を変えたマヂカルラブリー・村上

――お二人は、最近よくメディアで取り上げられている「大宮セブン」(大宮ラクーンよしもと劇場でのライブを中心に活動するメンバー)としても活躍されています。起ち上げ当初は、ここまで注目されると思っていましたか?

文田:正直言うと、ぜんぜん思ってなかったです。すゑひろがりずが人気になり始めた頃から、「おや?」って空気が流れて。すゑひろがりずって大宮セブンの中でも一番人気なかったんですよ。ダントツのワーストワン。会場にお客さんが満員だとしても、「すゑひろがりずを見にきた」って方が1人いればいいくらい。 

それが、ある時期から一番人気者になって、その後にマヂカルラブリーが優勝したって流れなんです。大宮セブン全体が盛り上がったというより、その2組が注目を浴びた感じというか。だから、僕らとしてはラッキーですよね。 

根建:あとGAGが4年連続で「キングオブコント」の決勝に出たりとか、賞レースに強いメンバーだと認識してくれたっていうのも大きいと思います。 

文田:たしかに何かしらの賞レースでファイナルに残ってる人たち。タモンズは決勝こそ行ってないけど、「THE MANZAI」の認定漫才師だったり、キングオブコントの準決勝まで進んでたりしますから。

――大宮セブンが発足した当時の状況ってどんな感じだったんですか?

文田:大宮セブンの初期メンバーがいた頃も、けっこうお客さんは入っていたんですよ。犬の心(2020年6月にコンビ解散)さん、ブロードキャスト!!さん、サカイストさんとかって、お客さんを集めてる人たちだったので。それが途中で抜けて、メンバーの入れ替え直後はお客さんが20~30人ぐらいしかこなくなっちゃった。 

見せ方もよくなかったんですよ、ただただ作家さんがつくってきたコーナーをこなしてる感じというか。それがあまりに面白くなかったんですよ、お客さんが入らないってだけじゃなくて。 

そんなある日、マヂカルラブリーの村上くんが「マジでつまんな過ぎる!」ってライブ中にキレてしまって。お客さんに向かって「こんなのみんな見にきちゃダメだ!!」って爆発しちゃった。それで、「コーナーも自分たちがやりたいことをやろう」って方針を変えたんです。それから気付いた時には満員公演になりました。 

根建:僕らが入ってすぐの頃なので、たぶん3年ぐらい前ですね。 

文田:やってることもそんなに変わってないとは思うんです。何を変えたって言っても、芸人がコーナーを企画するだけだから。ただ、自分がつくった企画をやろうとすると「盛り上げよう」ってモチベーションが湧くじゃないですか。単純にそういうところだと思います。そこから、自信を持って「きてください!」って外で告知できるようにもなりましたね。

「面白いねぇ!」を真に受けてお笑いの道へ

――お二人とも東海大学付属相模高等学校のご出身ですが、高校1年生の頃に同じクラスになったんですか?

文田:そうです。逆に言うと、1年生の時しか同じクラスじゃなかったんですよ。僕が「月下の棋士」って漫画を全巻ロッカーに入れていて、それを読んだ根建が囲碁将棋部に入ったことで交流が続いたっていう。もともと二人とも中学まで野球をやっていて。だから、僕は東海相模の野球部に一般入部で入ろうとしたんですけど、ちょっと違うスポーツに見えるレベルだったのでやめたんです。 

根建:文田は高校から編入したんですけど、僕の場合は付属中学からそのまま進学したんですよ。中学時代に高校のグランドの隅のほうで練習していて、早いうちからレベルのすごさを見せつけられました。それで、「これはどう考えても無理だな」っていうのがあったんですよね。 

文田:全国から猛者が集まってきて、ただでさえレベルが高い。本当に巨人の3軍4軍みたいな感じですから。僕は中学の頃から将棋が好きで将棋部に入って。根建は月下の棋士を読んだのと、僕と仲良かったから「オレも入る」って言って。 

根建:めちゃめちゃ初心者だったから、「文田がいるし入ろうかな」って感じでしたね。 

文田: 囲碁将棋部って部員は3人ぐらいなんですけど、部室には帰宅部の生徒を含めて常時7~8人ぐらいいました。オタクのよりどころみたいな雰囲気でしたね。

――高校卒業後は同じ大学に進学されています。大学2年生の頃に学園祭でやっていたお笑いの大会で優勝したそうですね。

文田:一応オーディションがあって。受かった時に「やった!通った」って喜んでたら、オーディション受けたのオレらしかいなかったっていう。ほかは実行委員のヤツとか、何なら大学生じゃない近隣の老人ホームのおもしろお爺ちゃんお婆ちゃんとかが出ていて。ちゃんと熱量を持って参加したのは僕らしかいなかったんですよね(笑)。 

根建:たしかにちゃんとネタをつくったのは僕らぐらいでしたね(笑)。 

文田:だから優勝しちゃったんだよ(笑)。でも、嬉しかったですね。その時にMCをやってくれたのが品川庄司さんで。 

根建:単純に学園祭なので、MCを担当してくださったんですよね。 

文田:そこで優勝した僕らに「面白いねぇ! 吉本入んなよ」みたいなことを言ってくれて。僕らはそれを真に受けてお笑いの道に飛び込んだんです。今振り返ると、イベントを盛り上げるための言葉でしかないんですけど。 

根建:浮かれちゃったんですよね。「面白いって言ってもらえた!」って。

NSC入学前に出会った野田クリスタル

――プロに褒められたら浮かれちゃいますよね。その後、具体的な行動には移したんですか?

文田:大学4年の春先ぐらいから、二人とも授業が少なくなって暇になったんですよ。それでナベプロ(ワタナベエンターテインメント)とか、マセキ(マセキ芸能社)とかも行ったんですけど、オーディションに受かんなくて。 

そんな時にネットで見つけたのが、「鼻の穴百貨店」っていうお笑いのインディーズ団体。そのオーディション会場で野田(クリスタル)くんと出会ったんです。だから、大学4年の時点で動いてはいるんですよね。オーディションに受かって、しばらくはインディーズのライブで活動しているので。

――NSC以前から活動していたんですね! 当時の野田さんはどんな感じでしたか?

文田:あの時は高校1年生ぐらい。もうめちゃくちゃ尖ってる感じでしたよ。『学校へ行こう!』(TBS系)でブレークしてたから、当時一緒に電車に乗ると、「あいつじゃない?」って顔をさされるぐらいの有名人。知名度の波で言うと、その頃がピークでずっと下降していて、やっと去年で盛り返した感じ。高1の自分を何年越しかでやっと追い抜いたっていう(笑)。 

根建:人生で2回ピークくるって本当にすごいですよね(笑)。知り合った当時はバチバチに尖ってましたよ。 

文田:ただ、僕らは体格がデカかったからか、周りがよく言う「ガン飛ばされた」とか「めちゃくちゃ尖ってて無視された」っていう目には遭ったことがなくて。そこは人を選んでたのかもしれない(笑)。野田くんは「本当の同期」って感じです。NSCの同期よりももっと濃い感じというか。 

厳密に言うと、野田くんのほうが若干先輩なんですよ。けど、やっぱりその頃からの知り合いっていうのが大きくて。ずっと普通にタメ口でしゃべってますね。

技術がないままキュビズムになっちゃった

――そこから、どういう経緯でNSCに入ったんですか?

文田:その時点でライブもできてるし、周りに「NSCに行こう」なんて人は誰もいないんですよ。ただ、どうしてもそこにいる芸人さんたちを面白いと思えなくて(苦笑)。 

根建:そのへんは野田くんとまったく逆の志向だったんですよね。彼は好きで留まった感じですから。 

文田:僕はちょっとダメで。NSCって毎年600人ぐらい一気に入るじゃないですか。競争率が高いとも言えるけど、「この中で浮き上がらなかったら、芸人やらないほうがいいな」って思えたんですよ。早い段階で結果も見えるだろうって。 

それで実際に入学してみたら、割と好調だったというか。やっぱりインディーズとはいえ1年近くライブ経験があるから、同期だと選抜に入ったりとかもするわけですよ。その後も常に「選抜の選抜に入らなかったら辞める」とか「卒業までにこのポジションにいなかったら辞める」とかって小さな目標を立てながらやってました。そしたら案外クリアし続けて、辞められないまま今に至るって感じですね。

――お二人の漫才って部室の隅でコソコソ話してるような面白さがあるんですよね。シュールなギャグ漫画を思わせるというか。どんなふうにネタをつくってるんですか?

文田:チョイスとしては、1980年の生まれで「松坂世代」なんですよ。自分たちが子どもの頃に読んだ『スラムダンク』とか『ドラゴンボール』とか、同級生がわかればいいやっていう感じでやっていて。今だったら、『鬼滅の刃』とか、そういう旬な漫画をテーマにしようとはならない。別に熱心に読んでるわけでもないですし。 

たぶん、普通なら「昔の漫画の話はしない」とか「昔の曲で漫才するのは変だよね」ってなると思うんですけど、僕らは同級生がわかればOKって感じでやってますね。 

――漫才の掛け合いもほかにない感じですよね?

文田:よくそう言っていただくんですけど、下手なだけです(笑)。本当はカチッとボケてツッコんでっていう掛け合いをしたかったんですけど、それができないから「ああなっちゃった」というか。何ていうのかな……ピカソは絵がうまくて、キュビズムみたいな“崩し”をしたわけじゃないですか。そうじゃなくて技術がないままキュビズムになっちゃった感じですよね。 

――それがすごいんですよ(笑)。結成当初、「このコンビを参考にした」ということもなく?

文田:POISON GIRL BANDさんを見た時に衝撃を受けて、まるまる同じような漫才をつくったことがありますけど……。ただ、それ以外は誰かと同じ形とかっていうのはないかもしれないですね。 

根建:NSCの授業で、そのままPOISONさんの漫才をやったりしましたね。 

文田:周りは「え、どうした?」みたいな感じですよ(笑)。やっぱりあの形は技量とか雰囲気に基づいたものなので。しかも、僕らが初めて見た時のPOISONさんって一番尖っていたというか、一番シュールに振り切っていた時だったので。見てるほうはポカーンって感じでしたね。 

根建:僕らってNSCの初期の頃は、連続でショートコントやったり、「どーもぉー!」って元気にネタやったりするような芸風だったんです。在学中のライブでは毎回トップを任されるようなタイプというか。それが急にPOISONさんの漫才やり始めて。それまでとぜんぜん間も雰囲気も違うし、様子がおかしいと思われたんでしょうね。

M-1決勝はネタとかより“人”が行く

――お二人はM-1準決勝の常連として知られていて、多くの芸人さんたちから「なぜ決勝に行けなかったんだろう」と疑問の声も上がるコンビです。2019年までの挑戦で、「今回は行った!」と感じたことはなかったですか? 

文田:勝ち上がっていく段階で全部揃ったことがないんですよ。準々決勝ではウケたけど、準決勝はダメとか。準決勝でウケたけど、その年はほかにすごく調子いい芸人がいたとか。すごくウケたけど、「テレビ向きじゃないのかな」って思う要素があったりとか。 

だから、実際に決勝に行ったとしても、「むちゃくちゃウケたりハネたりしてない」って断言できるんですよ。決勝に行ってないからこそ、見てる人の脳内で「もし囲碁将棋が行ってたら優勝してたかもな」って勝手に想像を広げてくれたんじゃないかな。だから、今としては得だなって思うんですよ。いい幻想が残ってくれたっていうか。そうやって言ってくれることがありがたいです。

根建:とりあえず毎年挑戦って感じだったので。準決勝で終わって、「じゃまた来年か」ってだけですね。 

文田:僕らって全部で6回準決勝に進んだんですけど、「これ決勝行ったな」と思った手応えが2回しかないんですよ。逆に言えば、ほかの4回は無理だと思ったってことです。ラストイヤーなんてネタ終わりに頭下げた時点で「あ、ダメだ」って口から出ちゃったし(笑)。 

お客さんのせいじゃないんだけど、ここ数年って見る側が前のめりで見てない感じがあったんです。でも、それがラストイヤーは違っていて。感覚的には「出なくても合格するんじゃないか?」ってぐらいに温かかったんですよ。それで3回戦、準々決勝ってトントンッて上がって。「うわ、絶対決勝行くじゃん」って思ってたら、準決勝ですげぇスベッて。それでポロッと「ダメだ」って出ちゃったんです。

――そういうことがあるんですね……。今までに予想外の芸人さんが決勝に行ったってことはないですか? 

文田:昔はそういうことがあって、「え、ぜんぜん違うじゃん!」とか思ってましたよ。でも、近年はないんじゃないですかね。お客さんにバーンッとハネた芸人さんはちゃんと評価されてるし、決勝メンバーに余計な後押しはないと思います。もともとなかったのかもしれないけど、昔感じてた「これで上げちゃう?」みたいなものは格段に減ったと思います。

――今振り返って、ご自身ではなぜ決勝に行けなかったと思いますか?

文田:ネタもそうだけど、M-1ってネタとかっていうよりも“人”が行くんですよ。その1年間のドラマというか。それがなかったのかなって。みんなが応援しちゃうような何かが。 

たとえばどっかのタイミングで渡米して、向こうの大会で優勝して帰ってきてるとか。駅前でストリート漫才やって、山手線の全駅を制覇したとか。そういう物語みたいなものがない。自分がドラマの脚本家だったとしたら、別に僕らみたいなコンビをピックアップしないだろうなとは思います。 

根建:わからないですけど、本気でM-1を愛せなかったのかもしれないですね。準決勝で負けて泣き崩れちゃうとか、「M-1を振り向かせる」ぐらいの強い気持ちがなかったのかなって。 

文田:正直、決勝に行けなかったってよりも「よくもまぁ準決勝まで上げてくれたな」って気持ちが大きいんですよ。無限大(ヨシモト∞ホール)に出てた若手の頃なんか、若い女の子がネタ中にずっと携帯いじっちゃうような芸人だったし。ぜんぜんウケなかったから、今でも無限大は嫌いだし。 

そういう1年を過ごす中で、賞レースだけむちゃくちゃウケるから拠りどころではありましたよね。ずーっとウケてない中で賞レースだけ反応があるから、「ほら面白いことやってんじゃん」っていう。1年間スベッたのを貯金して、賞レースに全部放出してるみたいな感じでした。そういう意味で、M-1って好きは好きでしたね。

「準々決勝は通過点だろ」のプレッシャー

――賞レースのファイナリストになっても、その後の活躍につながらなかった方もいます。お二人は「賞レースに翻弄されたな」と感じるところはありますか?

文田:翻弄されたとは思うんですけど……。というのも、賞レースの決勝に出たら「ちょっとは売れる」とか「年収の桁が違うんじゃないか」とか夢を抱くじゃないですか。そういう階段があると思って挑戦したけど、結局何もなかったみたいなズッコケはありました。 

実際、僕らって「THE MANZAI」の決勝に2回行ってますけど、「あんまり変わらないな」っていうのが正直なところで。ちょっとは仕事増えたけど本当に微量でした(笑)。 

根建:M-1について言うと、出ないとダメっていう暗黙の了解がありますからね。なんとなく「何で出ないの?」みたいな雰囲気があるんですよ。まぁでも、始まれば盛り上がるじゃないですか。その繰り返しなんですよ。たぶん芸人はみんな嫌だと思いますよ、M-1が始まる時って。「うわ、始まった」って、けっこう嫌な気持ちになるんです。 

文田:(テンション高めに)「始まったぜー!」ってヤツはいないと思いますね。 

根建:毎年6月の始めぐらいまではボケーッとしていて、下旬になってくると「あ、8月からM-1始まるわ……」って独特な感じがあるんですよ。面倒くさいとか緊張感とかが入り混じったような「嫌だな」って感じが。

文田:それとM-1ってヌルッと始まるんですよ。「あ、もう1回戦やってんだ」みたいな。マネージャーに「どうします?」って聞かれて、「出ます」と答えてスケジュールを調整してくれる感じなので。自分が用紙に記入してエントリーしてたら、「よしっ」って感じもあるんでしょうけど。 

根建:たまに「マネージャーのミスでエントリーしてない」っていうのを期待してる自分がいるんですよ。「マネージャーのミスで欠場」って、それはそれで面白いじゃないですか(笑)。「いや、オレらが出たくないわけじゃなくて」みたいに言えるし。 

文田:本当にそういうことあったりするもんな(笑)。手違いで登録してないとか。 

根建:「え、出るんですか?」みたいなマネージャーね。そういうのを期待してる時がありました。 

文田:本当は誰もそんなこと思わないんでしょうけど、たとえば僕らで言うと「『準々決勝は通過点だろ』みたいに思われてるんだろうな」ってプレッシャーがあったりもしたんです。だから、2回戦ぐらいがめっちゃ緊張する。「ここで落ちたら死ぬほど格好悪い」って気持ちがあるので。 

根建:みんな普通に言いますからね、「あいつら1回戦で落ちたらしいよ」とかって。そういう会話ばっかりっていうのも大きいですね。 

文田:「受かった!」って話より、「1回戦で消えた」「2回戦で消えた」ってほうが圧倒的に多いですね。だから、余計に重いイメージがあったんだと思います。

片腕失うぐらいの覚悟はあります

――今年に入って、『アメトーーク!』(テレビ朝日系)の「大宮セブン」「企画プレゼン大会」と立て続けに出演されています。追い風が吹いている感じがしますね。

文田:今まで風が吹いていなかっただけかもしれないですけど、賞レースで決勝に出た後とかよりも調子いいなって感じはしますね。今なら帆を張れば進んでいけるって。 

根建:これまではあまりに無風だったので。それに比べると、ちょっと変わってきたなって気はします。

――今後、大きな体格を活かして露出を増やしたいというような思いはありますか?

根建:まだキャラづけはされてないですけど、ニューヨークの二人が文田を「ケンカ最強」って言ってるんですよ。ムキムキならわかりますけど、この感じでケンカ最強が一番怖くないですか(笑)。キレたらマジで怖いですから。 

文田:そのイメージありきなんですけど、本当にぜんぜんですよ。 

根建:本当に芸人の中だったら、こいつが一番ケンカ強いと思います。格闘技をやってる方もいらっしゃいますけど、ここ一番のキレ具合とガタイが違うので。

――文田さんは「ケンカ最強キャラ」で行くと(笑)。根建さんは何キャラになるんでしょうか?

文田:(トレーナーのロゴを指差して)ドジャースキャラでしょ。野茂(英雄)さんなのか、ピアザなのか(ドジャース時代、野茂投手とバッテリーを組んだ捕手)。今年から、どういうわけか着始めたんですよ。タカアンドトシのタカさんとか、ダイノジの大地(洋輔)さんとかみたいな感じで。僕、これ見て「売れようとしてる!ヤバッ」と思って。 

根建:そんなふうに着てねぇから(笑)。オシャレキャラで行こうかなと思いまして。 

文田:テンション上がりますよね。めちゃくちゃダサいのに、最近本当にオシャレに見えてきちゃって。誰も得しないですけどね、ドジャースって別に関係ないし。 

根建:たしかに何も関係ない(笑)。

――ドジャースキャラのほかはありますか?

根建:けっこう前から言ってるんですけど、僕は体を張るお仕事がしたいんですよ。 

文田:ちょっとバラエティーみたいなトコに行くと、僕ら二人とも「骨3本までは絶対何も言いません」って話してますからね。 

根建:昔はそうだったんですけど、もう今は片腕持っていかれるとかでもいいです。それぐらいの覚悟はあります。けっこうデカい動物とかに挑戦して、片腕を持っていかれるぐらいはマジで大丈夫ですよ。利き腕じゃなかったら。 

文田:いや、それめちゃくちゃ困ると思うよ。 

根建:体張る仕事ならNGはないので、どんどんオファーしてもらえたらと思います!

 

  • 取材・文鈴木旭

    フリーランスの編集/ライター。元バンドマン、放送作家くずれ。エンタメ全般が好き。特にお笑い芸人をリスペクトしている。4月20日に『志村けん論』(朝日新聞出版)が発売される。個人サイト「不滅のライティング・ブルース」更新中。http://s-akira.jp/

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