NHK朝ドラ『おちょやん』杉咲花変えた、湯を沸かすほどの熱い愛

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朝ドラ『おちょやん』で座長を務める杉咲花。終戦を迎えた主人公が”一人芝居”で自身を鼓舞するシーンは印象に残った(写真:ロイター/アフロ)

NHK朝の連続テレビ小説といえば、明治・大正・昭和を爽やかに駆け抜けるヒロインの“女の一代記”を100作以上に渡って描いてきた、大河ドラマと並ぶ「ドラマ界の金字塔」。その中で繰り返して描かれてきたのが、やはり太平洋戦争ではないか。

朝ドラを『ちゅらさん』(‘01年)、『おひさま』(‘11年)、『ひよっこ』(‘17年)と、三度に渡って描いてきた”朝ドラの名手”岡田惠和は、終戦を迎え

「”玉音放送”をどう描くかで、作家性が問われる」

と発言している。言い換えれば、終戦を迎え価値観が180度ひっくり返る昭和20年8月15日こそ、日常を丁寧に描く朝ドラにとって作家性、つまり書き手の覚悟が問われるというのである。

「前作『エール』では、ビルマ戦線の奥地へ慰問に訪れた裕一(窪田正孝)が音楽会当日、恩師・藤堂先生(森山直太朗)までもが激しい銃撃戦の末に絶命。半狂乱になった裕一は、みずから若者を鼓舞するために戦時歌謡を作り、死地に赴かせてしまった後悔の念から『僕は、音楽が憎い』と呟く。その場面には胸が締め付けられました」(ワイドショー関係者)

やがて玉音放送と共に終戦。瓦礫の山と化した自宅に一人佇むヒロイン・音の母(薬師丸ひろ子)が噛みしめるように賛美歌「うるわしの白百合」を歌うシーンは、音楽の力が視聴者に生きる希望を与える名場面となった。

そして今作『おちょやん』でも、23歳になる女優・杉咲花がその大役に挑んだ。

「『おちょやん』は、明治の末に大阪・南河内の貧しい家に生まれた千代(杉咲)が、女優の道を駆け上っていく姿を描いた物語。大阪大空襲で道頓堀の芝居茶屋を失くし、やがて幼馴染の福助や劇団の仲間の戦死を知り、千代の哀しみは募るばかり。それでも喪失感を埋めるために、月明かりの下で猫を相手に独り『人生双六』のセリフを呟く。

千代にとってセリフを呟くことは、辛い現実を忘れさせてくれる”生きるための呪文”のようなもの。ところが、そんな千代の心が壊れる場面がやってきます」(前出・ワイドショー関係者)

食べ物を分けてもらいに行った先で

「あんたらがちやほやされてええ気になっていた間も、うちらは泥にまみれ畑耕してたんや。あんたらもちっとは世の中に役に立つことしてみいな」

と、農家の嫁に心無い言葉を投げかけられる。月明かりの竹林の中をトボトボと歩く千代。生きるための呪文すら思い出せず、力尽き泣き崩れるその姿は、『エール』で作曲はおろか、譜面すら見る事が怖くてできなくなってしまった裕一(窪田)の姿と重なる。

しかし、その翌日。玉音放送と共に敗戦を知った千代は、覚醒する。

「戦争に負けたら、父・福助の死は”無駄死”じゃないか。そう嘆く一福を励ますも、家の外に出て、しゃがみこみ哀しみにじっと耐える千代。しかし思いを振り切るように立ち上がると、イプセンの古典的名作『人形の家』の一節を口にします」

《私はただ、しようと思うことは是非しなくちゃと思ってるばかりです》

「そのセリフを呪文のように繰り返し唱え、みずからを鼓舞する千代。やがて天を仰ぐと、トンビが一羽悠々と空を舞う。なんとも晴れ晴れしいこのシーンこそ、演劇の力が視聴者に生きる希望を与える名場面となりました」(制作会社プロデューサー)

さらに熱のこもった千代の一人芝居は続く。

《なによりも第一に、私は人間です。ちょうどあなたと同じ人間です》
《社会と私と、どちらが正しいのか決めなくてはなりませんから》

このセリフこそ、千代が初めて演劇の魅力の虜になった原点。戯曲「人形の家」の中では、女性は母として妻として生きるべき。そういう生き方に主人公ノラは決然とNOを突きつける。その時放ったこの言葉こそ、苦難の連続だった千代の人生に生きる勇気を与える呪文となった。

この場面を観て、私の脳裏を映画『湯を沸かすほどの熱い愛』がよぎった。そう、杉咲演じる高校生の安澄が、クラスメートの陰湿ないじめにひとり立ち向かう切なすぎるあのシーン。

「制服を盗まれ、打ちひしがれて学校から帰ってくる安澄。起きてこない安澄の布団をはぎ『今日諦めたら2度といけなくなるよ』と無理やり起こす母。安澄が振り払うも『逃げちゃダメ、立ち向かわないと』と諭す母。すると目に涙をためて『私には立ち向かう勇気なんてないの。私は最下層の人間だから』と絞り出すような声で訴えかける安澄の哀しみで張り裂けそうな顔は、今も目に焼き付いて離れません」(制作会社ディレクター)

しかし安澄は、意を決して体操服に着替えて学校へ向かう。授業中にも関わらず、体操服を脱ぎ捨て、母にプレゼントされた下着姿になり「制服返してください」と皆に訴えかける。

教師に「とりあえず体操服を着なさい」と言われても首を振り「嫌です。今は体育の授業じゃないから」と必死の思いを伝えるあのシーンこそ、「おちょやん」で「人形の家」の一節を呟く千代の姿そのもの。その原点には、幼き日々に父と別れ母と二人で生きて来た女優・杉作花の思いが詰まっているのかもしれない。

この映画で18歳の杉咲花は、日本アカデミー賞新人俳優賞・最優秀助演女優賞を受賞。その後の目覚ましい活躍ぶりは、もはや改めていうまでもない。

視聴率的には、あまり芳しくない『おちょやん』。しかし私の中では、記憶に残る名作となった。140年の時を超え甦ったイプセンの「人形の家」と共に…。

  • 島右近(放送作家・映像プロデューサー)

    バラエティ、報道、スポーツ番組など幅広いジャンルで番組制作に携わる。女子アナ、アイドル、テレビ業界系の書籍も企画出版、多数。ドキュメンタリー番組に携わるうちに歴史に興味を抱き、近年『家康は関ケ原で死んでいた』(竹書房新書)を上梓

  • 写真ロイター/アフロ

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