格闘家になった「120円Jリーガー」がKO勝利後に見た夢

夢をあきらめきれず、41歳でJリーガーになった安彦考真の次なる目標は『RIZIN』参戦。デビュー戦に勝利した直後に語った新しい夢とは?!

  • Facebook シェアボタン
  • Twitter シェアボタン
  • LINE シェアボタン
  • はてなブックマーク シェアボタン
見事KO勝利を飾った!

 

「気持ちいいってよりはホッとしました。口の中はまだ血の味がしますね(苦笑)。でも、応援してくれたみんなが喜んでくれたのはよかった。勝っても『うーんっ』って顔をされたらつまらないじゃないですか。KO勝ちという結果よりも、みんながどう心震わされたかが、ボクは好きなんだなと思いました」

4月16日、八芳園(目黒区)で行なわれた『EXECUTIVE FIGHT 武士道〜無限〜2021』(主催:小比類巻道場)で格闘家としてデビューした元Jリーガーの安彦考真(43歳)は、初めてリングに立った感想をそう口にした。

夢を捨てきれず、19年3月に41歳1カ月9日で神様ジーコが持っていた最年長初出場記録を更新して、Jリーグデビュー。プロ3年目の昨季は、コロナ禍で暗いニュースが続いたなか、年俸たった120円で幸せそうにプレーする姿が度々メディアに報じられた。そんな異色のキャリアを誇る安彦は昨年12月、所属先のYS横浜のシーズン最終戦後の引退セレモニーで格闘家への転向と『RIZIN』(総合格闘技イベント)出場を新たな目標にすることを明かして周囲を驚かせた。

ことし2月、初めてグローブを付けてミット打ちなどのトレーニングを行なうと、知人の紹介で出会った元K-1日本王者の小比類巻貴之氏に師事し、同氏が運営する道場を中心に稽古を積んだ。そして、この日、ヘッドギアを付けてのアマチュア戦(2分2ラウンド、キックボクシングルール)ながら格闘家としての初戦に臨んだ。

サンボマスターの『できっこないことを やらなくちゃ』を登場曲に勢いよくリングに上がった安彦は、タイガーマスクを被って現れた対戦相手の佐々木司(38歳、会社役員)を序盤から攻め立てた。

約2年間、キックボクシングをやってきたというサウスポーに対し1ラウンドから左の前蹴り、ボディへのパンチでダウンを奪うと、2ラウンドに入ってもスタミナで圧倒。執拗にキック&パンチを繰り出し、さらに2度のダウンを奪って判定を待たずにKOで試合を決めた。

「打ち合いになれば勝てると思っていました。相手の左ストレートだけは警戒していましたが、動きは見えていたので意外と冷静でした。サッカーをやってたときのクセで、どうしてもローキックがインサイドキック気味になってしまい、途中から左足(の甲の内側)がめっちゃ痛かったですが…(苦笑)」

会場となった八芳園は結婚式場として有名だが、この日はその式場の中央にリングが設置された。観客の多くは、ディナーショーさながらに料理を楽しみながらのイベント観戦となったが、安彦は試合後のマイクパフォーマンスでも笑いを誘うなど注目を浴びた。

「40歳ですべての仕事をやめて、お金もぜんぶ捨てました。Jリーガーを目指し、実際になったら年俸120円なんてクソだって散々叩かれました。でも、3年間やり遂げました。1点も取れませんでしたけど…(苦笑)」

そして、こう続けた。

「今回、格闘技の皆さんがウェルカムで受け入れてくれました。このまま『RIZIN』に向かいます。出られるかどうかはわかりません。お願いしても出られるものではないです。でも、ぜひボクにお願いをしてください! ボク出ます!」

最後は右拳を突き上げながら「サンッ、ニッ、イチッ、ヴァモーーッ!」と叫び、イベントにゲスト参加していた『RIZIN』広報の笹原圭一氏に出場を猛アピールした。

「3、2、1ってやつは、1度やってみたくて前夜に考えました。『ダーッ』を『ヴァモーーッ(Vamos=ポルトガル語で、頑張れとか行くぞという意味)』に変えたんですが、流行らないですかね?(苦笑)。

これでRIZIN出場が近づいたかどうかはわからないですが、‟安彦考真”という面白いやつがいるというのは覚えてもらえたと思います。ただ、向こうは(格闘技の)目利きですから、試合を見て強いと思われたのか、プロでも通用すると思われたのかはわかりません。(出場を)判断するのはあくまで向こうですから、(出場を)お願いされるようにやり続けるだけですよ」

会場に入り、試合をし、勝ち負けの結果が出るのは、サッカーも格闘技も一緒。11人で戦うサッカーに対し、格闘技は1人で戦うが、試合に勝った喜びや爽快感は近いものがあるのだろうか。

「Jリーグではほとんど終盤の途中出場で、点を取ってなければ90分出たこともないですからね(苦笑)。ピッチには11人で出ますが、リングには1人で立つわけで景色は当然違いますし、格闘技はどこか異様な雰囲気があるのでそれにのまれように気をつけていました。正直、最近は自分がサッカー選手だったことを忘れていたというか、こんなに未練がなくて大丈夫かって気持ちもあって。

Jリーガーを目指していたときに応援してくれていた人ほど、『なんで格闘技なんだ!』って言ってきます。でも、格闘技っていざやってみると、もちろん痛みもあるんですが、楽しいっていうか刺激的で生きている感じがするんです。いまさらですが、自分にはサッカーじゃなくて、格闘技の方が合っていたような気さえします。こんなこと言うと、またアンチが増えそうですけどね(笑)」

初戦を勝って、ひとまずホッとしたという気持ちは間違いないし、リングで相手と対峙したことで改めて感じたことも少なくない。

「四角いリングに上がると、逃げも隠れもできないですし、そこでオマエに何ができるんだって言われている気がしました。なんとか初戦は最後まで怯まず闘い続け、勝つことができましたが、このあと戦う選手って段々と強くなっていくわけじゃないですか。練習ではほとんど疲れはなかったんですが、1度リングに立ってみたらもう息切れ寸前。そう考えると、いままでの練習量じゃ全然足りないってことでしょうね。

プロになればヘッドギアなしで、2分2ラウンドから3分3ラウンドになります。しかも、パンチが重いわけです。本当に甘い世界ではないという現実を知りました。ここから先は、ただ体を鍛えればいいとかではなく、忍耐力というか脳の中も少し麻痺させるくらいじゃないとダメだなって思わされました」

今後は、夏にアマチュアでもう1試合、秋にもプロで1試合を行ない、年末の『RIZIN』に備えるのが理想のシナリオだ。そのために今回のイベントの主催者であり、安彦が師事する小比類巻氏も「勝ち続けることと、お客さんを引き連れて『RIZIN』にこの人を出したいと思わせられるかがポイント」と話す。

ことし2月にはプロ野球選手から格闘家へ転身した元西武ライオンズの相内誠(26)の格闘技デビューとなった『RISE横浜大会』を観戦。相内が1ラウンド(3分)も持たずにTKO負けした姿を安彦も目にした。

「リングに上がるだけなら誰でもできると言う人がいるかもしれないですが、いきなりプロのリングに上がるってやっぱり凄いですよ。でも、ボクは相内くんがこてんぱんにやられるのを見て、どんだけパンチをもらっても怯むことなく挑み続けるって決めたし、それがこの歳で挑戦する理由でもあるかなって。元アスリート同士が対戦すれば盛り上がるでしょうし、できるなら対戦して、そこで勝って『RIZIN』に弾みをつけたいですね」

一度リングに立ったからこそ、これを何年も続ける大変さは理解した。2度目の有言実行なるか――40歳でJリーガーになった男は、43歳で『RIZIN』のリングに立つという新たな目標に向かって、再スタートを切った。

安彦考真(あびこ・たかまさ)
1978年2月1日、神奈川県相模原市出身。高校卒業後に単身ブラジルへ渡り、19歳でグレミオ・マリンガとプロ契約を結ぶも、直後に前十字靭帯断裂の大ケガを負って帰国。03年に1度引退するも17年夏に39歳で再びプロ入りを志し、18年3月にクラウドファンディングで練習費用を集め、テスト生を経て40歳で水戸ホーリーホック(J2)と異例の「年俸10円」でプロ契約。19年に「年俸120円」でYS横浜(J3)に移籍。同年開幕戦の鳥取戦に41歳1カ月9日で途中出場し、ジーコの持つJリーグ最年長初出場記録を更新。20年限りで現役を引退した

  • 撮影・文栗原正夫

    スポーツライター

Photo Gallary4

Photo Selection

あなたへのおすすめ記事を写真から

関連記事