近年「暴投」が増加中…!「多い投手・少ない投手」その特徴とは | FRIDAYデジタル

近年「暴投」が増加中…!「多い投手・少ない投手」その特徴とは

コントロールの悪い投手に多い、わけではない⁉︎

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「マサカリ投法」と呼ばれた独特のフォームから速球やフォークボールを投げ込み、三振の山を築いた村田兆治

野球の「暴投(ワイルドピッチ)」は、投手が投げた球を捕手が捕れなかった場合に、投手に記録される。野手の「悪送球」も「暴投」と表現されることがあるが、こちらは公式記録ではない。

公認野球規則には、

<投手の正規の投球が高すぎるか、横にそれるか、低すぎたために、捕手が普通の守備行為では止めることも処理することもできず、そのために走者を進塁させた場合には、暴投が記録される。
また、投手の正規の投球が、捕手に達するまでに地面やホームプレートに当たり、捕手が処理できず、そのために走者を進塁させた場合にも、暴投が記録される。

とある。

捕手が投球を捕球できなかったケースには他に「捕逸(パスボール)」があり、その区別は公式記録員が判断するが、公式記録員は主に「捕手のミットに触れたか」「捕球前に投球がワンバウンドしたか」で判断し、ミットに触れないで本塁を通過したボール、ワンバウンドしたボールは原則として「暴投」になる。「暴投」は投手、「捕逸」は捕手に記録される。

無走者で投手が捕手の捕れない球を投げても「暴投」はつかない。ただし2ストライクから投げた球を打者が空振りし、捕手が捕球できずに打者を一塁に生かした場合(いわゆる振り逃げ)には「暴投」や「捕逸」が記録される。同時に投手と打者には「三振」が記録される。

また走者がいる状況で投手が捕手が捕れない球を投げても、走者が次の塁に進まなかった場合は「暴投」は記録されない。

「暴投」が多い投手には一定の特徴がある。

投手、通算暴投数10傑。( )は通算投球回数  *記録は2021年4月25日現在

148 村田兆治(3331.1回)
115 石井一久(2153.1回)
101 新垣渚(1077.1回)
84 前田幸長(1577回)
81 工藤公康(3336.2回)
81 涌井秀章(2482.1回)
79 川口和久(2410回)
75 槙原寛己(2485回)
74 星野伸之(2669.1回)
74 伊良部秀輝(1286.1回)

最多の148個の暴投を記録した村田兆治は215勝した大投手。最多奪三振を4回記録した本格派だが、最多暴投も10回記録している。「マサカリ投法」と呼ばれた豪快なフォームから繰り出す速球と落差のあるフォークが持ち味だったが、フォークはワンバウンドになることが多く、暴投が多かった。

村田は1983年に日本人投手としては初めて「トミー・ジョン手術」を受けて翌年奇跡の復活を果たした。このとき35歳だったが豪快な投球フォームは変わらず、41歳になるキャリア最終年に自身最多の17暴投を記録した。

石井一久は現楽天監督。ヤクルト、西武で143勝した左腕投手で、最多奪三振を2回記録。MLBでもドジャースで4年で39勝するなど活躍した。石井はダイナミックなフォームから投げるフォークと大きな変化をするスライダーが決め球だった。最多暴投は3回。1998年には20個の暴投。MLBでも2003年には10暴投を記録している。

1000イニング以上投げた投手の中で、暴投の割合が最も高いのは、新垣渚。「松坂世代」の代表的な投手の一人で、沖縄水産高時代から注目されたが、プロには行かず九州共立大に進み、2002年自由獲得枠でソフトバンクに入団。2年目から3年連続で二けた勝利を挙げるなど、同級生の杉内俊哉とともに主力投手として活躍した。最多奪三振も1回記録したが、与四球も多かった。2007年には25暴投のシーズン最多記録を作っている。新垣は変化が大きなスライダーとフォークが持ち味だった。

新垣は2008年8月20日の西武戦で1試合5暴投のNPB記録を作っている。この試合の4回には、NPBタイ記録の1イニング3暴投を記録している。

「暴投」が多い投手は、制球が悪い速球投手という印象がある。しかし実際は、変化の大きなスライダーやフォークで打者をしとめるタイプの投手が暴投が多くなる傾向にある。

史上5位タイ、現役最多の81暴投を記録している楽天の涌井秀章はバランスの良いフォームから制球の良い速球を投げる投手だ。しかしスライダー、カーブ、フォークなど多彩な変化球が決め球であり、そうした変化球の手元が狂えば暴投になっていたのだ。

では暴投が少なかった投手はだれか?

1000イニング以上投げて唯一暴投「0」だったのは、1960年代に南海、中日、阪急、阪神で投げた柿本実。野村克也、長嶋茂雄と同世代。通算83勝71敗、1402.1回で暴投はなかった。この投手は内角を衝く強気の投球で知られ、中日時代の1962年にはリーグ最多の15死球を記録。スライダー、シュートを投げる投手だったが、ワンバウンドすることが少なかったようだ。

アンダースローの投手も暴投が少ない。阪急の足立光宏は3103回を投げて4暴投、西鉄、太平洋クラブ、近鉄の柳田豊は2357.2回で3暴投、ロッテの仁科時成は1816.1回で3暴投だった。

これらはいずれも昭和の時代の投手だが、現役でも楽天、牧田和久は980.1回で4暴投。

アンダースローの投手は、浮き上がる球が多く、ワンバウンドになることが少ないからだろう。

近年、プロ野球の暴投数は大幅に増加している。

1970年、セ・パ両リーグの暴投数は780試合で137個だったが、昨年は両リーグ720試合で406個と3倍になっている。

プロ野球の投手は、かつては速球で三振や凡打をとっていたが、今は多彩な変化球でアウトをとっている。しかし変化球は暴投につながりやすいのだ。

捕手のキャッチングや守備能力は向上しているし、ミットの形状も変化球の多様さに合わせて進化しているが、それでも一定数の暴投は出てしまうのだ。

捕手には受難の時代だが、多彩な変化球は現代のプロ野球の見どころの一つだ。ものすごい変化をする投球をスーパーキャッチする捕手もいる。「暴投」は高度に進化した現代野球の副産物だと言えよう。

  • 広尾 晃(ひろおこう)

    1959年大阪市生まれ。立命館大学卒業。コピーライターやプランナー、ライターとして活動。日米の野球記録を取り上げるブログ「野球の記録で話したい」を執筆している。著書に『野球崩壊 深刻化する「野球離れ」を食い止めろ!』『巨人軍の巨人 馬場正平』(ともにイーストプレス)、『球数制限 野球の未来が危ない!』(ビジネス社)など。Number Webでコラム「酒の肴に野球の記録」を執筆、東洋経済オンライン等で執筆活動を展開している。

  • 写真共同通信社

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