ラグビー日本代表もチーム力向上に使った「ITクラウド」開発秘話

71競技で使用される「ONE TAP SPORTS」はいかに誕生したのか

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2015年、ラグビー日本代表が世界王者の経験がある南アフリカ代表を撃破した試合後。この金星により、強化を下支えした「ONE TAP Sports」の存在が広まった(写真:アフロ)
プロ野球・日本シリーズで4連覇中の福岡ソフトバンクホークスも2016年以降に「ONE TAP SPORTS」を導入(写真:共同通信)

ラグビー日本代表をはじめとする複数の競技の日本代表から、ソフトバンクホークスなどのプロ、そして学生・ジュニアまで、71競技・1700チームに利用されているソフトウエアがある。スポーツ選手のコンディションを遠隔管理できる「ONE TAP SPORTS」だ。

同製品はどのようにして生まれ、スポーツ界のインフラになったのか。開発元である株式会社ユーフォリアの共同代表・宮田誠氏に聞いた。

ラグビー日本代表からの依頼がきっかけ

ONE TAP SPORTSは選手のコンディションやトレーニング状況を可視化するクラウドサービス。選手はスマホやタブレットから、体調や食事、身体測定テストの結果などを入力。コーチやトレーナーはそのデータを用いることで、選手のコンディション管理やケガ予防を効率的に行えるようになる。

開発元はユーフォリア。東京・千代田区のIT企業だ。創業の経緯を宮田氏は振り返る。

「私はもともとブリヂストンでマーケティングの仕事をしていました。親戚が長野県白馬村でスキー宿をやっていた関係で地域起こしに興味を持ち、スポーツ大会の運営を手がけるようになりました。もう一人の代表である橋口寛とはファイナンスの勉強会で知り合い、“価値あるものを社会につないでいきたい”という思いが合致して意気投合。2008年に会社を設立しました」

橋口氏は、アクセンチュアで大手企業の経営コンサルティングにかかわった経歴を持つ。一方の宮田氏はマーケティングのプロ。そこでユーフォリアは当初、両代表の強みを生かし、企業のコンサルティングやスポーツマーケティングを主なサービスとしていた。

転機が訪れたのは2012年。知人を介してラグビー日本代表から、選手強化のためのシステム開発の相談を受けたことがきっかけだ。

「当時の日本代表ヘッドコーチのエディー・ジョーンズさんが、2019年W杯でベスト8に入ることを目標に、猛烈な勢いでチームを強化しようとしていると、関係者から説明されました。そして、そのための道筋が明確に示されている。これはまさに“経営改革”だなと感じました」

エディージャパンが勝利に向けてこだわったことの一つが、フィジカル面の向上だ。トップレベルに挑戦するためには、個々の選手のフィジカルを徹底的に強化する必要がある。そのための過酷なトレーニングを支えるシステムが求められていた。

度重なる改善要求に猛スピードで応える

宮田氏らは「技術的には難しくない」と開発に着手したが、それは苦難の始まりだった。まず、半年程度でプロトタイプを現場に投入。そこから何百回にわたるカスタマイズが繰り返されることになる。

「エディーさんをはじめ首脳陣はみんなプロフェッショナルで、要求が非常に細かいんです。私たちは要求をそのまま取り入れるのではなく、咀嚼して、求められている本質は何かを見極めて、シンプルに機能に落とし込んでいくという作業を、際限なく行いました。コンサル経験が豊富で、小回りのきく当社だからこそ対応できた仕事だと思います」

エディー・ジョーンズヘッドコーチといえば、ハードワークが代名詞だ。選手たちは早朝から夕方まで練習し、彼らを支えるスタッフの仕事はさらに夜遅くまで続く。宮田氏たちも、夜中に伝えられた改善要求を翌朝までに反映させるといった、尋常ではないスピード感で食らいついていった。

開発に打ち込むなか、経営面では幾度となく厳しい状況に陥った。当時、ONE TAP SPORTSは、日本ラグビーフットボール協会以外のユーザーはほぼゼロだったため、コンサルティング事業で得た利益のほとんどを使い、ONE TAP SPORTSの開発を続けた。会社の預金残高は残りわずかになり、役員報酬ゼロが続いたこともあったという。

「それでもなお開発を続けたのは、自分たちの力が少しでも日本代表の勝利に役立つと思ったからです。そんな機会って人生に一度あるかないかですよね。私たちもチームの一員として、一緒に戦っているようなつもりでした」

そんな苦労がついに報われる時が来る。システム開発の相談を受けた時から3年後の2015年にイングランドで行われたラグビーW杯で、日本代表は優勝候補の南アフリカ代表から勝利を飾ったのだ。この試合直前のオッズでは、日本の勝利の倍率は80、南アフリカ勝利の倍率は1と、誰もが強豪・南アフリカの勝利を予想。しかし、翌日には「大会史上最大の番狂わせ」と海外メディアも日本代表を称えた。

アプリの操作方法はシンプルで選手がその日のコンディションをスマホやタブレットから入力するだけ。体温や心拍数など数値として測れる「客観データ」と疲労感や違和感など「主観データ」を組み合わせて複合的に見ることが特徴(提供:株式会社ユーフォリア)

歴史的勝利をきっかけに、大きな注目を集める

「当日は日本にいましたので、深夜の試合をスポーツバーで観戦していました。日本代表のものすごい戦いぶりを見ていて、“この試合の結果によって我が社の命運は変わるかもしれないと緊張感が高まりました。勝利の瞬間は、何が起こったかわからないほど混乱しましたね(笑)」

実はラグビーW杯2015以前に、他の競技向けにONE TAP SPORTSの導入を提案したことがあった。しかし、あまりいい感触を得られないでいたという。それが?歴史的一戦の後、世界は大きく変わった。日本代表の強化を陰で支えたツールとして、大きな注目を集めるようになったのだ。

また当時は、ラグビーだけでなく他のスポーツでもフィジカル面の重要性が意識され始めていた時期だ。2016年にソフトバンクホークスが導入したときもフィジカルやコンディション管理が強化されたタイミングだ。それに加え、スポーツ界にもIT化の波が押し寄せていた。いろいろな要素が重なるなかでONE TAP SPORTSは追い風を受けることになる。

以来、導入チームは右肩上がりに増え続け、2020年10月現在では71競技・1700チーム以上が利用。フィジカルを鍛え、ケガを予防し、コンディションをキープしたいという願いはあらゆるスポーツ選手に通じるものなのだろう。

インタビューに応じたユーフォリアの宮田誠・代表取締役Co-CEOは2008年から共同代表の橋口寛氏とタッグを組み、開発、普及につとめてきた(撮影:長濱耕樹)

コロナ禍で医療従事者にもサービス提供

2020年にもONE TAP SPORTSが大きく注目を集める出来事があった。新型コロナによる緊急事態宣言下の4月、スポーツチームや医療従事者向けに、ONE TAP SPORTSの簡易機能である体調チェック機能を期間限定で無償提供したのだ。

スポーツチームにとって、大会が中止になり、練習も思うようにできないなか、体調管理が非常に難しくなっているという声が上がっていました。また、ONE TAP SPORTSは遠隔で体調管理ができるため、当時過酷な環境下で勤務が続いていた医療従事者の方々にも使ってもらえるのではないかと考えました。そのような問題に対して自分たちができることは何かと考えた結果、無償提供に踏み切りました」

この期間に多くのスポーツチーム・医療従事者がONE TAP SPORTSを利用。無償期間終了後にも継続利用するチームが増えたという。

ユーフォリアは新製品・サービスも次々と打ち出している。たとえば、ONE TAP SPORTSから得たデータを活用し、メーカーの商品開発やマーケティングを支援するサービスを強化している。

「私はブリヂストン時代に、リアルなユーザーの声を知るために、東京駅で客待ちしているタクシー運転手さんに声を掛け、タイヤや商品サンプル提供し、日々記録を取ってもらうといった地道な調査を行っことがあります。調査会社に頼んでも、ユーザーの“生の声”を知ることは困難だからです。

ONE TAP SPORTSのデータを利用すれば、そのような“生の声”ダイレクトに、しかもデータ入手できるようになります。メーカーにとっては過去にない、とても貴重なデータになる思いますよ」

2021年2月には、日本ラグビー協会向けのフィジカルデータベースシステム「SCOT」をリリース。ラグビー選手が行う身体能力測定テストの結果を収集し、データベースとして提供するものだ。これにより、日本代表やトップリーグ、下部リーグなどの「レベルごと」に、あるいは「年代・ポジションごと」に、選手の身体能力のデータが明らかになる。

選手やコーチはこのデータを見て、たとえば「日本代表選手の平均値を目安に、ベンチプレスやスクワットの目標を設定する」といったことが可能になる。学生を含めたラグビー選手全体が活用することで、日本ラグビー全体のフィジカルの底上げにつながるはずだ。

「スポーツの素晴らしい価値を、もっと社会に広げていきたい」と宮田氏は語る。世界のスポーツのインフラを目指すONE TAP SPORTSの存在感が、今後ますます拡大していくことは間違いない。

撮影:長濱耕樹
  • 取材・文平行男

    フリーライター。社内報などの企画制作会社を経て2005年からフリーランスに。企業の広報・販促コンテンツの制作を支援するほか、各種メディアでビジネス、IT、マネー分野の記事を執筆している。ブックライティングも多数。

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