紀州のドンファン事件「元妻が漏らしていた3000万円」の行方

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二人はこうして生活をしていた

<2018年5月24日に亡くなった紀州のドン・ファンこと野崎幸助氏と生前から交流があり、彼を取材し続けたジャーナリスト・吉田隆氏による「深層レポート」。今回は、須藤早貴容疑者が語っていた「家政婦さんへの3000万円の行方」を回想する。>

密室のなかで亡くなったため、多くの謎を残したままの「紀州のドン・ファン」事件。「遺産」を巡る様々な話が飛び交っているが、私はドン・ファンの生前に、早貴容疑者が口にしていた「もうひとつのおカネの話」をどうしても思い出してしまう。

ドン・ファンのそばには、長年「家政婦」として身の回りの世話をしていたKさんという女性がいた。ドン・ファンが経営する会社の名目上の役員であったKさんは、本当に長い付き合いで、ドン・ファンはいつも彼女への感謝を隠さなかった。

「ワシが死んだらKさんには1000万円をあげるから」

ドン・ファンがそのように公言していたのは、近くにいた者なら誰もが知っていることだ。が、ドン・ファンの不慮の死によってその約束は空へと消えてしまった。

ドン・ファンが生きていた時のことだ。私はKさんのことを思って、彼女にこう助言したことがあった。

「Kさん、ドン・ファンがあなたに感謝しているのは間違いない。あなたが熱心にドン・ファンの身の回りの世話をしていることはみんな知っているし、『お金じゃない』と思うかもしれないけれど、彼は本当に、あなたに1000万円を受け取ってもらいたいと思っている。ただ、紙に書いてもらわなければ効力はないから、念のためにドン・ファンに書いておいてもらった方がいいと思うよ」

彼女は、それが目的じゃないからねという苦笑いを浮かべて、こう返した。

「そんなこと、言えるわけないでしょ」

控えめな彼女の性格が出ていた。

さて、ドン・ファンが亡くなってからのことだ。5月26日の夕方、ドン・ファンの遺体が解剖されて自宅に戻ってくるのを待っていた私たちは、故人を偲ぶように、ドン・ファンについての話をしていた。そのとき、早貴容疑者がこんなことを言い出したのだ。

「私、社長(ドン・ファンのこと)から『ワシが亡くなったら、Kさんに3000万円を渡してくれ』と言われていたんです」

「え、本当?」

Kさんが戸惑いながらもこう反応した。安心したようにも見えたし、なんでいきなりそんなことをいうのか、という顔にも見えた。その場にいた私にもなぜ彼女が突然このように言い出したのか分からなかった。なにか言われるとまずいことでもあって、Kさんを丸め込もうとでも思っていたのだろうか…なんて気にもなってしまった。

実は、Kさんは内心彼女のことを嫌っていた。同じ家の下で暮らしているから彼女も薄々感づいていたと思う。

一部報道のなかには早貴容疑者と家政婦のKさんは仲が良いと報じているものもあったが、それは間違いだ。早貴容疑者がKさんの娘さんと会ったときのことだ。「お金持ちを紹介しようかと言われたのよ」と、Kさんが呆れかえっていたことも記憶にある。

「中国や中近東の大金持ちと付き合いたかったら、私が紹介するって(娘に)言ったんだって。ロクでもない話だって、私の娘もあきれていたわよ」

Kさんは私にそのようにこぼしていた。

ドン・ファンが亡くなる約2か月前、早貴容疑者が自動車の免許を取得するために教習所に通っていたとき、彼女の送り迎えをしたのがKさんだった。ドン・ファンの身の回りの世話をするということは、同時に新妻の世話をするということでもあったのだ。

ある日、約束の「迎えの時間」にKさんが数分遅れて到着した時、Kさんは彼女からこうなじられたという。

「なにやってたのよ。いい加減にしてよ!」

この話は、Kさんから何度も何度も聞かされた。よほど腹に据えかねたのだろう。

「もう、嫌になっちゃった。自分の娘よりも歳下の小娘に、なんで私が怒鳴られなければいけないの? あの娘ね、自分で買ってきたケーキを食べていても、決して社長にあげることもしないから。もちろん私にも。冷蔵庫には他にもケーキがあるのに、『どうぞ』と勧めることはないし、私にご馳走してくれたこともないのよ」

そうした「わだかまり」を知っていたからこそ、早貴容疑者がいきなり「社長がKさんに3000万円を渡すと言っていた」と言い出したのが不思議で仕方なかったのだ。

ここに一筆書きなよ

ドン・ファンが亡くなってから半年後の2018年の10月。私はKさんと早貴容疑者と都内で会い、3人で食事をする機会があった。私の隣にKさん、向い側には早貴容疑者が腰かけている。亡くなってから半年が経ち、遺産を巡る複雑な話も出ているところだった。

そこで、話の流れの中で私はこう切り出した。

「早貴ちゃん、Kさんに、ドン・ファンの遺産の一部を渡す話をしてたでしょう。彼女が本当にドン・ファンの面倒を見ていたことはよく知っているよね。僕もドン・ファンから、『もし私が亡くなったら、遺産の1000万円はKさんに渡したい』と聞いていた。君は3000万円といっていたけど、これはドン・ファンの遺志だよ。そのことは、あとでもめるといけないから、あなたがいま、紙に書いておいたほうがいい」

「何をですか?」

「Kさんに3000万円を贈ります、と書くだけでいいんだよ。住所と名前を下に添えてね。僕は部外者だけど、これではドン・ファンも浮かばれないと思う」

早貴の顔が曇った。下を向いて沈黙する時間が長かった。

「…それは弁護士さんに相談しないと」

彼女はこうつぶやいたのだった。

「いや、そうじゃないんだよ。社長が生前Kさんに1000万円を上げるというのは誰もが聞いている。それをキミはドン・ファンの遺体が自宅に帰ってくる前日にKさんに3000万円をあげると言ったよね。だからその紙に書く。それが自然なことだと思うよ」

彼女は私と目を合わせることはなく、下を向いたままで動かない。その後、しばしの沈黙の後、こう言いきったのだ。

「書きませんから」

私はさすがに唖然とした。Kさんは、なんだか申し訳なさそうな表情で「いいのよ。そんなこと」とフォローした。彼女もまた、ドン・ファンの死を受けて悲しみに暮れているところだ。Kさんが給料以外のおカネのためにドン・ファンに尽くしていたわけでもない。彼女の謙虚な気持ちもわかるが、しかしどうにも腑に落ちなかった。

この事件に関しては、まだまだ不可解なことがある。早貴容疑者が容疑を認めるのかどうかさえ見えない状態だが、少なくともドン・ファンの「遺志」のひとつが、まだ果たされぬままであることは間違いない。

  • 取材・文吉田隆

    ジャーナリスト

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