いま、日本に「対外情報専門機関」が必要な決定的背景 | FRIDAYデジタル

いま、日本に「対外情報専門機関」が必要な決定的背景

対外情報収集の組織を作るために不可欠な唯一の条件は〜黒井文太郎レポート

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「情報組織をしっかりと作る必要はあると思いますよ」

4月27日、安倍晋三前首相がYouTube番組「魚屋のおっチャンネル」に出演した際、日本にも情報機関が必要だと提案した。

たしかに日本の情報力が弱いということ、は日本の安全保障関係者の間ではよく言われており、その例として日本政府に情報機関が存在しないこともよく指摘される。実際、主要国で独自の情報機関を持たないのは日本だけだ。

「情報機関の設立が必要」日本の情報収集・分析力の低さに危機感が言われる一方、情報収集に伴う危険も指摘される。軍事ジャーナリスト黒井文太郎氏が解説する 写真:AFP/アフロ
「情報機関の設立が必要」日本の情報収集・分析力の低さに危機感が言われる一方、情報収集に伴う危険も指摘される。軍事ジャーナリスト黒井文太郎氏が解説する 写真:AFP/アフロ

各省庁が「情報」を独自に収集している現状

安全保障のためには、情報は不可欠だ。仮想敵国の動向、あるいはテロ組織などの情報を探り、その脅威に備える必要がある。軍備と情報は安全保障の両輪のようなもので、どちらも不可欠だが、日本には自衛隊の軍事力はあるものの、情報機関がない。これは国家の安全保障の仕組みとしては、諸外国に比べると著しく不完全な状態である。

もっとも、独自の組織こそないものの、日本にも対外情報収集・分析を行っている省庁はある。内閣官房の内閣情報調査室、警察庁、外務省、防衛省・自衛隊、法務省外局の公安調査庁などで、分野によっては財務省、金融庁、経済産業省、海上保安庁なども担っている。これらの各省庁内の担当部署では、独自に情報を収集·分析しており、それぞれの省庁内ルートで上にあげている。そこから、重要情報はときに首相官邸に報告される。

内閣官房の担当幹部や各省庁情報部門の局長級統括者が集まる「合同情報会議」という制度もある。同会議では「情報評価書」が作成され、上部機構である次官級の「内閣情報会議」を通じて官邸に報告される。情報評価書は基本的には内閣情報調査室の内閣情報分析官が各情報を集約して分析し、原案を作成する。内閣情報調査室は政府の情報分析の中心的存在で、そのトップである内閣情報官は、しばしば首相に直接報告している。

じつは、こうした政府の情報部門の連携は、2008年以降にかなり改善された。それまでは各省庁がバラバラに報告していたのが、すべての情報を一括して分析・評価しようという仕組みが強化されたのだ。

したがって、今では日本独自の情報収集・分析も、以前よりは改善されている。

それでも、やはり独立した情報機関がないことで、弱い部分は残る。

情報を「集める」より大切なのは

そのひとつは、効果的な情報戦略だ。情報は、ただやみくもに集めるのではなく、政策を立案·決定するためにどんな情報が欲しいかという政府からのリクエストをふまえて収集すること重要だ。

そのためには、情報要求を一括的に受ける独自の情報機関があるのが望ましい。現状では、官邸から前述の「内閣情報会議」「合同情報会議」を通じて各省庁の情報部門に情報要求が伝えられることになっているが、それだと効率が悪い。

それと、総合的な情報分析の問題がある。情報活動というと、スパイ活動のような「情報収集」が注目されがちだが、実際は、情報の「分析」こそが重要だ。

内閣情報調査室や公安調査庁などでも情報分析は行われているが、より総合的に各情報を融合して分析するには、専用の情報機関がやはり役に立つ。専門のアナリストの育成にも繋がるだろう。

情報を政治化させないために

現在のように各省庁が独自に情報も…ということになると、政策的観点がどうしても優先される。たとえば仮に各省庁の情報部門が「フラットに」情報を分析・評価しても、それが官邸に報告される際に省庁の省益考慮や政策的バイアスが加わる可能性が高い。これは「情報の政治化」と呼ばれる現象だが、本来、政府が正しい政策判断をするためには、政策的バイアスを排除した情報分析・評価が不可欠で、そのためにも純粋に情報だけを扱う情報機関は必要なのだ。

さらに、友好国との情報交換の問題がある。国際社会では、互いに役立つ情報を友好国の情報機関同士が「教え合う」ということが日常的に行われているのだが、日本は情報機関がないので、その輪に入れない。情報機関は情報機関同士が接触し、情報交換を行うのが通例である。その情報のやりとりはギブ&テイクで、価値ある情報を互いに貸し借りするのが基本だ。

日本政府内で諸外国の情報機関のカウンターパートになっているのは内閣情報調査室だが、内調の国際部門の要員はわずか数十人しかおらず、まったく不充分だ。こうした諸外国情報機関との接触を考えた場合、やはりそれなりの規模の対外情報専門の機関があるとスムーズにいく。

また、情報機関があると、世界各地での情報収集活動でも利点がある。現地に派遣した要員が、友好国の情報機関員と接触するなどの機会が生まれるからだ。そうして人脈を広げ、経験値を上げた要員が増えれば、情報機関そのものの実力も上がる。情報の世界は個々の担当者「個人の能力」も非常に重要である。

じつは日本も、外務省だけでなく防衛省、警察庁、公安調査庁、内閣情報調査室などの職員を在外公館に派遣したりはしているが、オフィシャルな接触が主で、友好国の現地派遣要員も含めて情報機関の領域まではなかなか入っていけない。これは情報機関という器を作るだけで解決する問題ではないが、情報機関員というキャリアパスで、情報分野に特化した経験値を積ませて人材を育てていくことは、きわめて重要なことだ。

日本に情報機関がない理由

いずれにせよ対外情報を専門に扱う情報機関があったほうが、国家の安全保障のためには利点が多い。軍事分野に比べれば、経費も少なくて済む。これは、情報機関があるのとないのとではどちらにメリットがあるかといったレベルの問題ではなく、ないのは国家の安全保障の制度としては欠陥だと言える話だ。

しかし、日本にはない。それには歴史的な経緯がある。

戦後日本では、戦前・戦中の負の記憶から、政府が「秘密活動をする組織」を作ることに反対論が強かった。当時、吉田茂政権末期に緒方竹虎官房長官·副総理が日本版CIAを作ろうとしたが、頓挫した。冷戦期もその流れは続いたが、中曽根康弘政権、橋本龍太郎政権では政府の情報「機能」の強化が図られた。両首相とも情報の重要性を認識していた数少ない政治家だった。

近年で、この情報分野の強化に取り組んだのが、安倍政権である。第1次安倍政権で官邸に情報機能強化検討会議やカウンターインテリジェンス推進会議が設置され、前者の中間報告では「対外情報機関の設立」が盛り込まれた。

続く福田康夫政権は情報機関設立路線を取り下げたが、それでも2008年に内調に内閣情報分析官を新設したり、カウンターインテリジェンス·センターを設置したりした。福田政権でこの動きを主導したのは、町村信孝・官房長官である。町村長官も情報の重要性を指摘してきた人物だった。

長期政権となった第2次安倍政権は、2013年には機密情報を保全するための特定秘密保護法を成立させると、2015年には内閣情報官の統括下に内閣官房国際テロ情報集約室、外務省に国際テロ情報収集ユニットを創設し、2018年には国際テロ情報集約室に国際テロ対策等情報共有センターを創設した。

独自の情報機関を設立するのはたいへんなので、既存の制度の延長で可能な機能強化を進めたわけだが、冒頭で紹介した安倍前首相の「情報組織を作るべき」発言は、こうした経緯のうえでの発言である。

もっとも、情報機関設立はいまだ現実的なプランにはなっていない。大きな政治的な壁が存在するからだ。

国家権力への不信感をどう越えるか

その最大のものは、一部世論における「国家権力への不信感」だ。たとえば、前述した特定秘密保護法をめぐっても、野党や一部メディアに強い反対の声があった。機密情報の保全は、とくに友好国との情報協力の際などで不可欠なものだが、政権が恣意的に自分たちに不都合な情報を隠すのではないかという懸念の声が上がったのだ。

もちろん日本は中国や北朝鮮やロシアのような専制的国家ではないので、情報保全にしろ政府の情報活動にしろ、政権の権力維持の道具に使うのは許されない。したがって、政府の秘密活動にも、暴走させないように監視する仕組みは欠かせない。米国では、上下両院の情報特別委員会などがその役割を担っており、機密情報については非公開での審議も行われる。日本でも当然、そうした監察制度をしっかりと構築すべきだ。

厳格なチェック機能を構築する

たとえば国会にチェック機能を持たせたり、司法による監察のしくみを導入したり、現場の暴走を防止するために政府内での監督を厳格化したり、あるいは後々の責任追及が可能なように秘密活動の立案・許可の経緯と担当の責任者名を記録に残したりなどといった、さまざまな工夫の検討が必要だ。

もちろん、こうした対外情報活動の主な標的はあくまで日本の安全保障にとって脅威となる仮想敵国やテロ組織の情報であり、日本国民を監視するということではない。

それともうひとつ、情報機関の創設には、政府内部の問題もある。各省庁の主導権をめぐる問題である。

冷戦時代から政府の情報活動をめぐっては、外務省、警察庁、防衛省(防衛庁)、公安調査庁の確執があった。新たな活動を始めるとき、新たな組織や部門を作るとき、どこが主導権を握るかで互いに牽制するのだ。

それは今でも残っていて、たとえば2015年に国際テロ情報収集ユニットが創設された際も、組織自体は外務省総合外交政策局に設置されたものの、トップは警察官僚ポストとされた。しかも、同要員は内閣官房国際テロ情報集約室員の身分も兼務し、実際には首相官邸が直轄した。つまり警察庁と外務省のバランスが配慮された「部署」になったのだ。

今後、仮に情報機関設置の議論が進んだとしても、この省庁間の主導権をめぐる問題はついて回るだろう。

また、政府に新たな組織を作るとなれば、大きな予算編成も必要で、そこはそう簡単に話は進まないかもしれない。しかし、中国の軍拡と強硬な覇権主義戦略、あるいは北朝鮮の核ミサイル武装など、日本を取り巻く安全保障環境はきわめて悪化しており、政府の情報機能の強化は最重要な課題になっている。

今こそ「分断」した政局的な左右のバトルに陥ることなく、「日本の安全保障に必要なことは何か」を見据えた建設的な議論を期待したい。

  • 取材・文黒井文太郎写真AFP/アフロ

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