「ワクチン接種自治体丸投げ」市長に直電の生々しい中身
悪いのは、地方自治体ではない
GW明けの5月10日早朝、大阪府茨木市の福祉文化会館前に大勢の高齢者が集まった。夜明け前からここに並んだのは新型コロナ「ワクチン接種」の予約を取るため。午前6時には数十人が集まったが、この日の予約分は前日までに人数分の「整理券」が出ていたことがわかり騒ぎに。市長が駆けつけて事情説明、謝罪する事態になった。

ワクチンの接種が進まない。接種受付が始まった自治体では「電話が通じない」。インターネットを使えない年配の人たちは、なすすべもなく我慢を強いられている。
一方、すでに輸入したワクチンの使用期限が迫り、廃棄の可能性もあるという。なにが、このような混乱を招いているのか。
FRIDAYデジタルは、ある中規模自治体の市長と、総務省担当者との電話応対のデータを入手した。そこには、驚き、呆れるほかない「失政」と「責任転嫁」の実態があった。
市長室の電話が鳴った。その生々しいやりとりは
その電話があったのは、GW直前の4月下旬のこと。以下、そのやりとりを再現する。
総務省担当者(以下、総)「そちらの市に、65歳以上の高齢者は何人いますか?」
市長「…1万8000人ほどになります」
総「ワクチン接種計画はできてますか? 」
市長「5月中に接種券と問診票を郵送して予約を開始するシミュレーションしています。市内の高齢者全員に接種できるのは8月~9月になると思われます」
総「じつは、菅総理から武田総務大臣あてに『7月末までに65歳以上のワクチン接種を完了するように』と指示があったんです。なので、そちらの市でも、準備を前倒ししていただけませんか? 」
市長「そりゃ、無理ですよ。だって、ワクチンが届いていないんですから…」
総「ワクチンが届いていない?おかしいな?」
市長「厚労省に『9箱必要』とお願いしましたが、その3分の1も届いていません。4月26日には、各自治体へのワクチン配分予定を通知すると聞いてましたけど、いまだにいつ何箱届くのか分らないんですよ」
届いていないワクチンを「急いで打て」と指示されても…全国の市町村長は現場で弱りきっている。
総「菅総理から『総務省として、各自治体の市町村長にワクチン接種を働きかけろ』と。武田大臣がもの凄い剣幕で厳命されまして…」
ワクチンの接種は「厚労省・田村憲久大臣」の管轄、自治体を束ねるのは「総務省・武田良太大臣」、ワクチンの確保は「ワクチン担当大臣・河野太郎」が担当。それらの総責任者は、もちろん菅首相だ。
総「菅総理が(訪米の折に)ファイザーと追加供給を取り決めてきましたので、足りない分は5月から6月中に届くと思います」
市長「ワクチン確保の予定が立たなければ、市として広報することもできませんよ。住民からは隣の町や村では接種しているのにどうなっているんだと苦情や抗議の電話が鳴り止まなくて、現場の職員がかわいそうで。
ワクチンが届いても、それを打つ医師や看護師の人手不足も問題です。7月末までのワクチン接種完了なんて到底無理です。県庁所在地や大きな市では、年内にできるか見通しが立たないって聞きましたよ。菅総理は、地方の実情をまったくお分かりではないようだ。
うちの市では、どうがんばっても7月中に高齢者の半分しか打てないですよ」
総「ワクチンを拒否する人もおいででしょうから、それは自己責任ということになりますので、それで結構です。接種者が6割超えていただければ国としては格好がつくので、その方向でなんとかよろしくお願いします」
生々しいこのやりとりを見る限り、高齢者3600万人に対するワクチン接種プロジェクトは「半数を超えれば及第点」(厚労省キャリア)というのが「本音」のようだ。 そして、打てない人は「ワクチン拒否の自己責任」にカウントしようという意図も見える。
接種の予約もままならない高齢者は…
接種したくて、何百回も電話をかけ続けている年配の人たち、ネット環境のない高齢者たちの不安や諦め、心細さや哀しみを、どう思っているのか。
ある県の知事は、こう言った。
「政令指定都市では、65歳以上の高齢者が50万人前後いる市もあります。思い切った対策をとったとしても7月末のワクチン接種完了などありえない。財源、医師の確保、場所の選定、なにもかも追いつかない。接種完了なんて、夢みたいな話ですよ」
ワクチン接種は進まない。まず守るべき高齢者への接種すら混迷を極めている。大阪を中心に、感染しても入院できない自宅待機が増えている。新型コロナ対策に関して、日本の対応は目を覆うばかりだ。
そんななか、東京五輪を強行開催し、選手・大会関係者に貴重な医療資源を提供するという。守るべきは、国民の命か、スポーツイベントか――そんな疑問の声があがるのも当然だろう。
ワクチン接種を丸投げされた格好の自治体からは、国の対応に疑問の声が上がっている。菅首相は、もうこれ以上、国民の悲鳴に耳を閉ざしてはいられないはずだ。
取材・文:岩城周太郎