「クルーズ旅」は不要不急? 万全なコロナ対策での再開だったが…
「船の上のほうが陸より安全」ウィズコロナへの挑戦が続く
2021年4月下旬、「飛鳥Ⅱ」の乗客1名の新型コロナ陽性が確認されてクルーズは途中で中止に。これを受け、全員陰性だった別のクルーズや、その後に発着予定だったクルーズも中止が相次いだ。
ダイヤモンド・プリンセスでの一件からクルーズ再開までの流れ、驚くべき徹底した感染症対策、日本と世界のクルーズの現状など、クルーズ業界関係者の話も交え、最新事情を紹介する。

激変したクルーズ業界、コロナと向き合った1年
新型コロナウイルスの感染拡大がまだ初期だった頃、2020年2月に起きた大型クルーズ客船「ダイヤモンド・プリンセス」での乗客・乗員、そして関係者らの集団感染は、日本そして世界の人々に「クルーズとコロナ」という強烈なインパクトを残した。その後、日本発着を含むクルーズは全世界で軒並み中止となり、1年以上経った現在もすべての運航再開には至っていない。
そんな中、日本を含むクルーズ業界では再開への模索を続け、国内限定や地域限定といった行程で徐々に再開し始めている。日本では2020年11月2日から、日本船籍の「飛鳥Ⅱ」「にっぽん丸」、やや遅れて「ぱしふぃっく びいなす」がクルーズを再開した。

クルーズ業界を一変させた新型コロナと運航再開までの動き
まず、新型コロナ初期から現在に至るまでの、クルーズ業界の動きを振り返る。
「ダイヤモンド・プリンセス」での新型コロナ感染が最初に判明したのが、2020年2月1日だった。その後も次々と感染者が続出し、乗客乗員全員の下船が完了した3月1日までに結局、総感染者704人、死亡者11人となり、日本そして世界で連日、大きなニュースとして報じられた。
その後、3月下旬にかけ、全世界でクルーズが運航停止。その停止による業績悪化で破産したり、所有する船を処分したりする会社も続出した。一方、6月半ばから一部のヨーロッパ諸国で、自国民向けのクルーズが徐々に再開。アジアでは、台湾が7月下旬に国内向けのショートクルーズを始めたのが最初だった。日本でのクルーズ再開はやや遅れたものの、11月2日に「飛鳥Ⅱ」「にっぽん丸」、12月5日に「ぱしふぃっく びいなす」が出港した。
どのクルーズにおいても、客船の換気システムを強化したのをはじめ、運航再開に合わせ、誰もが驚くレベルの感染症対策が実践されている。これについては次の項で詳しく紹介する。
「陸より安全!?」国内クルーズの徹底した感染症対策
クルーズ業界は、新型コロナはもとより、あのダイヤモンド・プリンセスの一件で変わったと言っても過言ではない。長年クルーズ業界に携わる関係者は「船の上のほうが陸より安全」とはっきりと語り、徹底した感染症対策について、実際に乗船した際の体験も交えて教えてくれた。

例えば、「飛鳥Ⅱ」の場合、主な感染症対策は以下の通り。
- ■クルーズ参加前のPCR検査(1回または2回)と健康調査票の提出
- ■乗船前や乗船中の非接触検温(毎日)
- ■クルーズ中の全行動を「乗船カード」で紐づけ
- ■食事時の同席は基本同室者のみ(同室者以外はアクリル板で仕切り)
- ■各テーブルの間に大きなパーテーション
- ■メニューはQRコード読み取り(紙のメニューも用意)
- ■テーブル使用後は素早く消毒(乗客の手の届くところすべて)
- ■船内で陽性者が出た際を想定しての訓練

PCR検査は、業界団体のガイドラインでは必須ではないものの、クルーズ参加費用に含めてすべての参加者に乗船前の事前検査を課している。また、船内で陽性者が判明した場合、乗客が個々に持つ「乗船カード」で行動履歴や濃厚接触者がすぐわかる、感染経路を追跡できる仕組みを整備。あらかじめ陽性者が出た場合の隔離用の客室も用意している。
そして、以前のクルーズで人気だった不特定多数の乗客が集まるダンスパーティーや乾杯など「密」になりそうなイベントはすべて中止。万が一、陽性患者が出た場合は客室に隔離となり、その時に届ける食事(弁当)にも味やおもてなしにこだわる部分も見られた。

他の「にっぽん丸」「ぱしふぃっく びいなす」も、ほぼ同様の感染症対策を実施している。全室に空気清浄機、船内の送風装置に抗ウイルスフィルターや空調システム用殺菌灯を設置し、船内で「手作りマスク講座」などコロナ禍ならではのイベントを開催。にっぽん丸では、ウイルスを外に出さない「陰圧テント」も導入したという。前出の業界関係者は、こう語る。
「乗客・乗員全員がPCR検査を受けての乗船は、他の交通機関と比べても安心感が違う。また、船はもともと指令系統がはっきり決められ、ルールも徹底しやすい。特に、陽性者が出た際は、違う動線をあらかじめ用意する、医療機関への速やかな搬送や他の乗客のプライバシー保護に至るまで、ダイヤモンド・プリンセスの一件から『学べるところは学ぶ』という前向きな姿勢で、対策を考え抜いて実践しているのがとても伝わってきた」
現在もこんなにある!クルーズ募集とその中身
日本発着のクルーズは現在、海外渡航や船の出入国などの規制があり、参加できるのは国内クルーズに限られているものの、参加者の募集はかなり先まですでに行われている。
例えば、「飛鳥Ⅱ」を運航する郵船クルーズが募集する「横浜発着 夏の北海道クルーズ」(2021年7月4日出発)だと、期間は「6泊7日」、航路は「横浜→函館→苫小牧→釧路→横浜」、旅行代金は「348,000円~」(2名1室、1名料金)となっている。函館など現地での観光、歌手や落語家のイベント、アニバーサリーディナーなどが含まれる。
その他、「神戸発着 夏の日南クルーズ」(4日間)、「夏休み 伊豆大島・新島遊覧クルーズ」(3日間)などのほか、歌手の加山雄三さんによるスペシャルコンサートが行われる「若大将クルーズ」(3日間)もある。「世界一周クルーズ」(107日間)は、直近で2022年3月29日出発のコースが現在募集中だ。
今、クルーズはどんな人たちが参加している?
クルーズは今、いったいどんな人たちが多く参加しているのか。
前出の関係者によると、現在のクルーズは「以前よりも参加する年齢層が下がっている印象」といい、考えられる主な理由として「今はクルーズの参加条件が厳しくなった」と話す。乗船前のPCR検査が必須であること、基礎疾患があると参加しづらいこと、そして、ダイヤモンド・プリンセスの一件を知る家族らが心配して参加を止めるケースもあるという。

また、クルーズの運航会社も、船内などでの「密」を避けるため、定員より数を減らして募集している。それに加え、クルーズを含めた旅行を控える動きもあり、現在のクルーズは以前よりも参加者はやや少なめとのこと。
「以前からクルーズは“リピーター”が多いのが特徴で、自分のお気に入りの客船に何度も参加し、乗員に『おかえりなさいませ』と言われるほど顔見知りという方々も少なからずおられました。そして今、参加されている方はさらにリピーターが多い。クルーズを応援する意味でも、自らしっかり感染対策をされて参加されている印象を受けます」(前出の業界関係者)
海外のクルーズは? 運航休止と再開の現状
海外でのクルーズも日本同様、新型コロナの感染状況により、運航の再開と停止を繰り返している。最も再開への動きが早かったのがヨーロッパ。続いて、中国の国内クルーズも再開への動きが活発化している。一方、カリブ海クルーズなど世界の一大クルーズ国であるアメリカではいまだ運航停止が続いているが、7月より乗客乗員のワクチン接種を条件に、運航を再開する船会社もある。
一方、日本発着の「ダイヤモンド・プリンセス」をはじめとする外国客船のクルーズは現状、再開のめどが立っていない。主要各社からクルーズ予定は出てはいるものの、訪日に関わる審査、日本における緊急事態宣言の発出、海外との出入国規制など、運航再開へのハードルは高いままだ。

クルーズは単に不要不急で済まされてよいのか?
クルーズに対する世間の目は、いまだ厳しいものがある。先の「飛鳥Ⅱ」でクルーズ中止が決まった頃は、緊急事態宣言やまん延防止等重点措置などが一部地域で発令中だった時期。旅行を含む不要不急の移動に対する自粛を国や自治体などから要請されていたのもあり、「またクルーズ船か」といった批判的な声も少なくなかった。
ただ、陽性1名が明らかになった後の感染者はゼロ。クラスターも起きなかった。これは、クルーズを運航する会社をはじめ、業界全体が新型コロナと正面から向き合い、徹底した感染症対策を実践してきたことに他ならない。

今は不要不急と言われるとそれまでだし、現時点でクルーズへの参加を積極的に促す気はもちろんない。ただ、コロナの影響下、そしてコロナ後さらに先をも見据えたクルーズ業界の“ウィズコロナ対策”は、近い将来、心の底から存分に楽しむクルーズ、そして旅行全体にとっても、その最先端を行く動きであるのは間違いない。
■記事中の情報、データは2021年5月12日現在のものです。
取材・文:Aki Shikama / シカマアキ
旅行ジャーナリスト&フォトグラファー。飛行機・空港を中心に旅行関連の取材、執筆、撮影などを行う。国内全都道府県、海外約40ヶ国・地域を歴訪。ニコンカレッジ講師。元全国紙記者。