「敗者になるな!」退任する明大ラグビー部監督が贈る言葉の真意 | FRIDAYデジタル

「敗者になるな!」退任する明大ラグビー部監督が贈る言葉の真意

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今月末で退任する見通しの明大ラグビー部・田中澄憲監督(右)。昨年度は優勝候補にあげられていたが、大学選手権準決勝で天理大学に敗北。その天理大が初の王者に輝いた(写真:共同通信)

明治大学ラグビー部の田中澄憲監督が、今年5月限りで退任しそうだ。就任初年度の2018年度に22季ぶりとなる大学日本一を達成。以後も安定的に王座を争ってきた名将は、昨季最終戦で敗れた直後に部員たちへ「敗者になるな」と言い残している。果たして、その言葉の真意は。さらに、部員を卒業後に「敗者」にさせないために与えてきたものとは。

「勝つこと」と同じぐらい大切にしたこと

しばらく実家へ戻っていない男子学生が、東京の「明治大学 八幡山第二合宿所」に集う。

「敗者になるな」

訓示したのは田中。目の前にいるほとんどは、164センチの自分よりも大きい。普段は楕円球を追いかける若者たちは今度の1月2日、外苑前の秩父宮ラグビー場で大学選手権準決勝を落としていた。天理大学に15―41と屈した直後の言葉について、指揮官はこう説く。

「僕のなかでは、負けて自暴自棄になり、いままでやってきたことは意味がなかったんだと前向きになれていない人が敗者だと思うんです。ただ、負けたけれど、次にどうやったら勝てるのか、もっとやらなければ…となれば(話は)違ってくる。社会に出て仕事をしても、何かしらの結果はついてきます。ただ、それはひとつの現象です。ここで負けっぱなしにならないよう次にどうするかを考えることが、負けを活かすということになる」

勤め先のサントリーから母校へ出向したのは2017年春。最初はヘッドコーチになり、監督就任3季目の昨年度まで大学選手権で準優勝、優勝、準優勝、4強と常に上位に絡んだ。それ以前は田中の卒業した翌年の1998年度を最後に、19季も選手権決勝から遠ざかっていた。

1923年創部の古豪のファンを喜ばせた田中はしかし、競技実績とは別な領域でも確かな足跡を残せたと話す。5月いっぱいでの退任が報じられるなか、着任時の決意をこう振り返る。

「自分のなかでは3つ(目標を)決めていて。ひとつは日本一を経験すること。もうひとつは常に日本一を争うこと。そして、健全な組織を作ること」

そう。田中が注力したのは、みっつめの「健全な組織」を作ることだったのだ。寮内の因習を段階的になくしてきた丹羽政彦前監督からバトンを受け継ぐや、特に財務を見直してきた。

「健全な組織とは何かと言ったら、自立、自足できる組織。私たちは会社じゃないので儲けることはできないですが、収益の部分を含めて自分たちで運営していけるような組織(を目指した)」

大学側から得られる活動費は勝敗によってはそう上下しないようで、新たに投資をするならそれまでの支出を絞るのが最善手。その常識のもと、選手と異なる立場の学生スタッフへコストマインドを説いてきた。

着任当初は口を酸っぱくして「カラーコピーなんかするな」。ミーティングの資料、遠征先への地図を白黒で印刷し続けることで、月に2~3万円は節約できる。そうして1年も過ごせば、「もう、何か、買えるじゃないですか」。スタッフが備品を買う際は、購入目的付きの申請書を求めた。

「それに対して僕がハンコを押して…と。会社でも稟議書を通すじゃないですか。その仕組みみたいなものを作れた」

写真:共同通信

コロナ禍によるピンチを救った「コストマインド」

サントリーの選手時代、飲料品の営業に従事。少額の利益を積み上げて大きな成果をもたらす感覚を、知らずのうちに養ってきたのだろう。

さらに現役引退から約1年後の2012年以降は、現役生活を過ごした自社クラブのチームディレクターを担った。強化予算をコントロールし、2016年度は国内タイトルを総なめにした。希少な体験をかつての学び舎の再建に繋げたのである。

「いまでは学生が、コストマインドを持ってくれている。必要なものを買う時も、それが本当に必要か、もっと安い代替品はないか、自分で考えるようになってくれました。選手以外にも、組織としての成長がある」

学生の収支への感覚を磨いたことで、部には一定の蓄えをもたらす。かくして救ったのが、2020年春の運営危機だった。新型コロナウイルスの感染拡大による一時解散で部員からの寮費が得づらいなかでも、管理栄養士ら外部スタッフの給与は減らさずに済んだと田中は言う。

学生スタッフはやがて、社会からも請われるようになる。田中の言うところの「敗者」にならなそうな逸材として、トップ選手と同じように企業から「スカウト」されるのだ。

3年生だった一昨季から2年続けて主務を任された松下忠樹は、この春からトップリーグのクボタでチームスタッフとして働く。田中は現在の主務、副務である堀越智成、丹尾美月にも触れ、「彼らは主体的に動いてくれる。僕は、楽をさせてもらっています」と感謝する。

自らも、チームが長らく付き合ってきた業者と改めて交渉。毎年恒例の夏合宿は、練習の質や日程を変えずに支出を削って実施できるようにしていた。

試合記録とは異なる足跡について、こう締めるのだった。

「環境作りにお金を使えるようになってきた。それが自分の功績だと思っています」

明大への出向期間は、「正式にという感じではないですが、1年早く(終了し)てもおかしくなかった」。サントリーから復帰を求められるなか、簡単に損なわれぬ組織の礎を築くまではと明大に残ってきた。いまは新監督が来そうな6月以降に向け、いい形でバトンを渡すために着々と「基盤」を整える。

グラウンドでの指導は現在、伊藤宏明ヘッドコーチ、滝澤佳之フォワードコーチら留任予定の指導陣へ委ねる。それぞれ2018、17年から同部を指導しており、プレースタイルを継承できる。

さらには怪我の再発事例が増えた前年度の反省から、「フィジカルパフォーマンスチーム」を新設。年代別代表にも携わるスピード専門家の里大輔ハイパフォーマンスマネージャーが頂点に立ち、S&C(ストレングス&コンディショニング)コーチ、医療スタッフ、栄養士と話し合って選手を管理する。

「大学の監督はマネジメントの方が大事だと思います。企業でいうとゼネラルマネージャーのような感覚です。(競技指導は)その下のヘッドコーチにしっかりした人がいればいい」

日本ラグビー界は2022年1月から、新リーグを発足させる。田中の活きるフィールドは様々なエリアにありそうだが、当の本人は進路未定を強調する。母校復活のために淡々と有効打を打ってきた45歳は、この先どんな場所で「勝者」を目指すのだろうか。(文中一部敬称略)

2018年1月、22シーズンぶりの大学日本一に返り咲いた直後、明大の選手に胴上げされた。それまで9連覇していた帝京大学1強時代に終止符を打ち、大学ラグビー界に新しい1ページを記した(共同通信)
  • 取材・文向風見也

    スポーツライター 1982年、富山県生まれ。成城大学文芸学部芸術学科卒。2006年よりスポーツライターとして活躍。主にラグビーについての取材を行なっている。著書に『サンウルブズの挑戦 スーパーラグビー 闘う狼たちの記録』(双葉社)がある

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