13階から長男を投げ落とし殺害…34歳母親が抱えた「心の闇」 | FRIDAYデジタル

13階から長男を投げ落とし殺害…34歳母親が抱えた「心の闇」

ノンフィクション作家・石井光太が凶悪事件の深層に迫る。衝撃ルポ 第11回

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出産や育児でストレスを抱えた母親が犯罪を起こすケースは多い(写真はイメージです。画像:アフロ)

年の暮れの寒い夜、34歳の母親は、都内のマンションの13階の窓を開け、眠っていた5歳の長男を外の地上へと投げ落とした。

植え込みに落ちた長男は、全身を強打し、骨は砕け、内臓は破裂。血だらけで、かろうじて息をしているような状態だった。駆けつけた父親がすぐに110当番したものの、長男は意識を取りもどすことなく、息を引き取った。

なぜ、母親は、かわいい盛りの息子を殺害したのか。後日、警察の取り調べの中で、彼女は次のように動機を述べた。

「子供は夫の愛情を独り占めしていました。子供なんていない方がいいと思い、窓から突き落としました」

日本で起きている殺人事件の半数以上が、親族間で起きており、代表的なものの一つが親による「子殺し」だ。

夫婦の間でいかなる事情があれば、こうした凄惨な事件が発生するのか。七つの親族間の事件をまとめた拙著『近親殺人――そばにいたから』(新潮社)から、以下の事件の概要を紹介したい(以下、登場人物はすべて仮名)。

「育てたくない」

マンションに暮らしていた小佐野晴彦と恋は、23歳離れた年の差婚の夫婦だった。

晴彦は父親の会社を継いだ二代目の経営者。離婚歴があり、50歳の時に携帯サイトで出会ったのが、恋だった。当時彼女は27歳だったが、二度の離婚歴があった。

二人は男女の関係になり、同棲をスタートさせた。間もなく、恋のお腹に新しい命が宿る。恋は「子供が嫌い」「育てたくない」と嫌がったが、晴彦は説得して出産させ、籍を入れた。こうして生まれたのが、長男の瑞貴だった。

晴彦は、恋も母親になれば子供を愛しむようになると楽観していたのだろう。だが、恋はまったく瑞貴に関心を持たず、遠ざけた。晴彦は仕方なく、会社経営をしながら代わりに料理をつくり、お風呂に入れ、絵本の読み聞かせをし、さらには寝かしつけまでしなければならなかった。

また、恋は日常生活でも問題行動を頻発させるようになった。結婚当初から窃盗癖や虚言癖があったが、それがよりエスカレートしたのだ。スーパーへ行けば商品を盗み、レストランへ行けば備え付けの調味料や食器をまとめて持ち出してしまう。晴彦は、それを発見する度に謝りにいかなければならなかった。

そもそも、なぜ晴彦は恋と結婚したのか。同棲から妊娠まで期間が短かったために相手のことを良くわかっていなかったことに加え、年の差があったことから多少の問題があってもコントールできる自信があったのだろう。

骨と皮のような体格

だが、出産から2年目、恋が抱える問題をさらに悪くする出来事が起こる。突然警察から連絡があり、長らく連絡を取っていなかった母親が自殺したことを知らされたのだ。

恋はまったく食事がとれなくなり、1ヵ月の間に体重が23kgも落ち込み、骨と皮だけのような体格になった。月経も止まり、記憶障害にもなった。

さらに、後に解離性障害と診断されるように、道を歩いていても突然電池が切れたロボットのように停止するということが度々起きた。

恋は、晴彦の助言を受けて心療内科に通いはじめた。晴彦は、治療を受ければ、問題は解決すると期待していたようだ。彼は、妻の問題行動を、瑞貴にこう説明していた。

「ママは病気なんだよ。それでも物を取ってしまうんだ。クリニックで診てもらっているから、だんだんと良くなるからね」

瑞貴は、恋をかわいそうな病人という目で見ていたのだろう、こう言った。

「僕がママを守ってあげる!」

瑞貴には、何があっても恋はたった一人の母親だったのだ。

病院に通っても改善の兆しはなかなか見えてこなかった。そんな中で、3年ほどしてまたも問題が起こる。恋が急にアルコールを飲むようになり、言動が明らかにおかしくなったのだ。

晴彦は酒類を隠して、家で一人にしないように毎日会社に連れて社員とともに見張った。だが、彼女はどこかに酒を隠してひそかに飲んだ。アルコール依存のようになっていたのだ。

後の公判で、晴彦は次のように述べている。

「これだけ裏切られても私が木村恋との離婚に踏み切らなかったのは、瑞貴を片親にしたくないという気持ちからです。僕は一度離婚したことで娘に寂しい思いをさせたことがあったので、瑞貴だけはちゃんと両親がそろった状態で育ててあげたかった。

もし恋の瑞貴への暴力が常習化していれば、離婚していたと思います。でも、あの時点では、彼女が暴力をふるうことはなかった。だから、裏切られても、ちゃんとした治療を受ければ治るはずだと期待して、関係をつづけたのです」(『近親殺人』以下同)

それまで恋は瑞貴に関心を示さず、無視するような態度をとりつづけてきた。だが、それがある日を境に突如として変わった。

クリスマス直前の12月23日のことだった。

この日、都内のホテルでは晴彦の母校の大学の卒業生が主催となったクリスマスパーティーが催されていた。晴彦は、恋と瑞貴をつれて参加した。

会場には大勢の家族がいたが、恋は晴彦の目を盗み、突然瑞貴を女子トイレに引っ張り込んだ。そして、理由もなく、鍵をかけた個室で息子の首を絞めはじめたのだ。

顔や首に残った生々しいアザ

異変に気付いた晴彦の友人が駆けつけ、なんとか瑞貴を救い出したが、顔や首には生々しいアザが残った。

なぜこんなことをしたのか、と晴彦は問いつめた。恋はとぼけて答えた。

「私は何にもしてない」

晴彦はそんな恋の様子を前に、これまで以上に危機感を募らせた。

ついに妻が息子に手を上げた。このままではとでもないことになる。グズグズしている余裕はない。

ホテルでの一件から6日後、晴彦は年末休みに入ってすぐに警察署に連絡し、入院も含めて専門的な治療をしてくれる医療機関を紹介してもらった。病院にかけると、担当者からこう言われた。

「本日は院長が不在なので、明日お越しいただくことは可能でしょうか」

恋に話すと、次の日に病院へ行くことに同意した。晴彦はめどがついたと思って胸を撫でおろした。これで何とかなるはずだ、と。

だが、この一日のズレが悲劇を生むことになる。

その晩、晴彦は恋と瑞貴をつれて知人の通夜へ行った後、ショッピングモールで食事をして帰宅した。マンションに着いたのは午後9時過ぎだった。

晴彦は寝室で晴彦を寝かしつけし、翌日の準備をはじめようとした。すると、風呂から出た恋が、会社に携帯電話を置き忘れたと言い出した。

徒歩で3分ほどの距離だったが、一人で外出させれば、コンビニエンスストアかどこかに寄って万引きをする可能性がある。晴彦は自分が取りに行ってくると言い残し、マンションを出た。

会社で恋の携帯電話を見つけ、晴彦が家に帰るまで20分足らずだった。夜道を歩いていると、マンションの前に恋が立っている。恋が言った。

「瑞貴がいなくなっちゃったの」

そんなバカな、と思った。瑞貴は一度寝たら朝まで起きない。この寒い深夜に一人で外出するわけがない。

だが、マンションに帰ると、寝室の窓が開けっぱなしになっており、瑞貴の姿がなくなっていた。それを見た瞬間、最悪の状況が脳裏を過った。

あわててエレベーターで下り、窓の下の植え込みを捜してみる。すると、そこにはぐったりと倒れ込む瑞貴の姿があった。

「大丈夫か! 瑞貴、大丈夫か!」

この時、瑞貴はまだわずかに息をしており、人工呼吸をしようとすると舌を噛み返してきた。

母親の破天荒な生き様

だが、もはやこの時点で助かりようのないほどの重傷を負っていた。病院へ搬送され、医師が調べた時には心拍は停止していた。

事件後の裁判で、恋には次のような判決が下された。

――懲役11年。

裁判では、なぜ恋がわが子を殺すほど心の問題をこじらせたのかというところが争点の一つとなった。

弁護側が明らかにした事実や取材で明らかになったのは、恋のあまりに劣悪な幼少時代だった。

恋の母親は若い頃から破天荒を絵に描いたような女性だった。小さな頃から問題ばかり起こし、十代で風俗の仕事をはじめる。そんな中で、恋を生んだもののすぐに夫と別れ、夜の街へ舞い戻る。

母親はまったく育児をせず、恋は祖父母の家や母親の友人の家をたらい回しにされた。小学3年生の時にようやく母親に引き取ってもらうが、一緒に住んでいた男性はギャンブルと酒に溺れるヤクザのようなヒモ男だった。

男性は、暇を持て余すかのように恋に暴力をふるう。やがて、毎晩のように性的暴行をくり返した。SMクラブで働いていた母親は、それを止めるどころか、わざと恋に自分たちの性行為を見せつけるなどしていた。

そんな中で、恋の心が音を立てて壊れていったのは明らかだ。思春期の時には窃盗癖を含めていくつもの問題行動が現れるようになっていた。

後に恋が瑞貴をかわいがることができなくなったこと、複数の精神疾患に悩まされていたこと、そして異常なまでに夫の愛情を求めるようになったことは、この時のトラウマが少なからず関係していたのだろう。

恋の身に何が起きていたのか。詳しいことは拙著『近親殺人』を読んでいただきたいと思う。

むろん、トラウマがあったからといって、子殺しが許されるはずがない。ただ、なぜこの事件を止められなかったかを考えることは必要だ。

事件が起きた要因の一つは、晴彦が恋の抱える心の闇を過少にとらえていたことにもあるだろう。だが、晴彦にしてみれば、そんなことはわかるわけがない。

夫婦とはいえ、しょせんは他人と他人であり、相手の心の深淵までは見えないものだ。

そうしてみると、どの家族も多かれ少なかれ、似たようなリスクをはらんでいると言えるかもしれない。

  • 取材・文石井光太

    77年、東京都生まれ。ノンフィクション作家。日本大学芸術学部卒業。国内外の文化、歴史、医療などをテーマに取材、執筆活動を行っている。著書に『「鬼畜」の家ーーわが子を殺す親たち』『43回の殺意 川崎中1男子生徒殺害事件の深層』『絶対貧困』『レンタルチャイルド』『浮浪児1945-』などがある。

  • 写真アフロ

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