田村正和さん「VAN」とモッズスタイルを広めたスタイリッシュさ

《芸能リポーター・石川敏男の芸能界”あの出来事のウラ側は……”》

俳優の田村正和さんが、心不全のために4月3日に都内の病院で亡くなっていたことが明らかになった。コロナ禍で仕事をしていなかったというのもあったが、明らかになったのが死後１か月半も経っていた。

田村さんといえばプライベートを全く表に出さない人だけに、彼らしい亡くなり方だと思うが、どうも女性週刊誌がスクープ記事として特集を組んでいたことが他のメディアに発覚してしまったらしい。

オレは松竹の映画宣伝助手時代、田村さんと仕事をする機会に恵まれた。岩下志麻さん、倍賞千恵子さん、岡田茉莉子さん、桑野みゆきさんら「女優王国」と言われ続けてきた松竹にも「男性俳優を売り出そう」という雰囲気が持ち上がり、田村正和さんと竹脇無我さんが候補に挙がった。

田村さんは父親が若くして亡くなった2枚目俳優・阪東妻三郎さんの三男。長男は田村高廣さん、次男はマネージャーを務めていた方で三男が正和さん。そして四男が亮さんという芸能一家だ。

一方の竹脇無我さんの父は元NHKの有名アナウンサーで、父の後輩は俳優の森繁久彌さんで大親友の仲。松竹は二人を「親の七光り」で売ろうとしたようだったが、田村さんは“良し”としていなかったと聞いていた。

そこで松竹は二人をタイプ別に売り出すことを考えた。田村さんにはファッションでと言う方向を決めた。

それが当時、若者に人気のファッションブランドだった「VAN」。デザイナー石津謙介さんと松竹幹部が考え抜いて、石津ブランドの中に「モッズファッション」を立ち上げ、イケメンでダンディな田村さんを起用することになった。双方の意図がぴったり合って、ブランドは大成功する。

橋幸夫さんが歌って大ヒットした『雨の中の二人』を映画化し、田村さんを主演に。そこで田村さんはモッズファッションで登場し、大きな話題になった。町には「モッズルック」の若者が増え、松竹内では

「映画『君の名は』の“真知子巻”に並ぶブームだ」

と大騒ぎだった。

それでも「女優王国」と言われた松竹から、男優が育つのは難しいという一面もあった。それでも、田村さんは信念を曲げないという、精神的に強いものもあった。

先輩から聞いた話だが脚本ができていない映画の主役を持ち込まれても

「セリフが分からない映画には出演できません」

と言って、数本の主演作品をキャンセルしたこともあったそうだ。そんな中、田村さんの芸能活動を大きくしたのが、テレビへの進出だった。

『眠狂四郎』『古畑任三郎』（ともにフジテレビ系）などで、お茶の間の顔になっていった。初めてお会いした時から

「人見知りの激しい方で、なかなか口を利いてもらえなかった」

という思い出がある。だから、宣伝助手をしていても、彼のプライベートは全く知らなかった。

‘70年9月に知人の紹介で知り合った和枝さんと教会で結婚式を挙げるが、身内だけを呼んだ披露宴で、新婚旅行にもいかなかった。

お嬢さんが一人誕生したが、世間に報告することはなかったと思う。マスコミも田村さんの私生活については聞く人がいなかったというか、彼がプライバシーを表に出さないという性格を知っていたんだろうな。

オレの松竹の先輩たちも、ほとんど彼のプライベートは知らなかったと思う。だから、田村さんに娘さんがいることも知る人は少ない。

彼のプライバシーを知る人がいたとしたら、結婚式の立会人を務めた故・木下恵介監督ぐらいだったのかな。散髪屋さんを自宅に呼び、歯科医は一般診察が終わったあとに通うという徹底ぶりだった。

何年か前に撮影現場でご挨拶させて頂いたとき、ニコッと笑って

「元気なの？」

と優しく返された時の田村さんは、松竹で初めてお会いしたときとは違って、丸くなっていたな…。合掌。