コロナ禍での過労死の実態。リモートの裏にある「見えない残業」 | FRIDAYデジタル

コロナ禍での過労死の実態。リモートの裏にある「見えない残業」

中心年齢層が40〜50代から20〜30代へ。「残業」の自覚をもちにくいリモートの罠

コロナ禍では心身ともに疲弊させる様々な問題があるが、加えてリモートワークでは労働時間の把握も曖昧になり、労災認定の難しいケースが増えている。

コロナ禍で過労死問題はどう変わったのか。

夫を過労死で喪い、公務上認定を勝ち取るまでに4年。以後「過労死等防止対策推進法」(以下「過労死防止法」)の成立に尽力し、併せて30年余、現在も過労死問題と向き合う中野淑子さんに「過労死の今」を聞く。

2014年6月20日、「過労死等防止対策推進法」が参議院本会議において全会一致で可決。成立の瞬間、共に闘ってきた遺族たちから嗚咽を抑えたどよめきが起こった。写真右下が中野さん(写真:共同通信)
2014年6月20日、「過労死等防止対策推進法」が参議院本会議において全会一致で可決。成立の瞬間、共に闘ってきた遺族たちから嗚咽を抑えたどよめきが起こった。写真右下が中野さん(写真:共同通信)

コロナ禍で様変わりした過重労働者の職種

過労死の防止を国の責務と明記した「過労死防止法」が議員立法により成立したのは2014年のことだった。しかしなお過労死・過労自殺は増え続け、その中心層は40〜50代から20〜30代へと変化してきているという。コロナ禍で仕事の仕方が大きく変わった今、過労死の件数や職種に変化は見られるのだろうか。

「厚労省では毎年、過労死に関わる統計資料と『過労死等防止対策白書』を出しています。今あるのは令和元年度分ですから、コロナ以前のものです。コロナ禍で過重労働が更に増えた人たちがいますので、その結果が次回のデータに出てくるのではと懸念しています」(中野淑子さん 以下同)

危惧されるのはエッセンシャルワーカーズの中でも特に医療従事者・自治体では保健所勤務者・国家公務員では中央省庁の人々・そして学校教師などが挙げられるという。

「アメリカでは医療従事者の方たちのストレスによる自殺が増えているようです。過重労働に加えて風評被害もあります。保健所も各種対応に追われています。4月30日付けの京都新聞では一面トップに“年間の残業時間千時間越え38人 最多は1995時間”とあり、市の職員38名のうち半数が保健所の職員で上位を占めており、1500時間以上が9名いたと報じています。これは月平均でも“過労死ライン”(発症前2〜6ヵ月平均で月80時間)をはるかに超えています

ちなみに厚労省が発表した1月29日現在の「新型コロナウィルス感染症に関する労災請求件数」では、2943件と医療従事者等(一部の社会保険・社会福祉・介護事業などを含む)がトップだった。医療従事者以外の業種の請求件数はトータルで818件。この数字から見ても、医療業務がどれほど過酷な状況にあるのかがわかる。

「中央省庁では記者会見や国会の質問に対する回答、問い合わせへの対応やデータ収集など長時間労働が続き、しかも残業代が正しく支払われていない省庁もあることからキャリア志望者の数が減っているといいます。

学校教師の場合、3月に文部科学省がSNSで発信を呼びかけた“#教師のバトン”が大炎上しましたが、あれは教師たちの悲痛な叫びです。教職の現場は以前からブラックでしたが、コロナ禍では生徒への感染予防のため消毒の徹底、授業の形態や内容の配慮、リモート授業の準備、リモート環境の整わない生徒への対面授業対応。更にはそれに伴う差別問題や教育の機会均等などに神経を遣い、教師は疲弊しきっています」

2015年11月、「学校における働き方改革」について文部科学省に要請書提出後の記者会見。学校・教職員の業務改善は、残念ながら未だになされていない
2015年11月、「学校における働き方改革」について文部科学省に要請書提出後の記者会見。学校・教職員の業務改善は、残念ながら未だになされていない

夫婦共に中学教師だった中野さんご夫妻。夫である宏之さんが転勤先の中学で渡された「校務分掌表」には、担当の英語の授業のほかに管理主任、防災安全主任など16項目もの分担が課されていた。勤務時間内に事務的な仕事を行うことは到底不可能で、成績処理や進路指導のための資料作成業務等は、連日深夜・早朝・休日返上で家庭に持ち帰って遂行。その結果、宏之さんは校内で倒れ、帰らぬ人となった。しかし「持ち帰り残業は公務外」とされ、以後「公務上認定」を勝ち取るまで、中野さんは4年もの年月を闘い続けることになる。

自宅での仕事が残業と認められなかったこのケースは、コロナ禍でのリモートワークの「見えない残業」に酷似している。

「リモートになるとオン・オフの切り替えが難しく、本人に“残業している”という感覚がなくなってしまうところが危険です。私の夫の場合もそうでしたが、一生懸命仕事をしていると時間を忘れてしまうのも“やりがい搾取”につながっています」

近年は日本でもジョブ型雇用を採用する会社が出てきた。スキルや経験に基づいた自由な働き方が求められる傾向にあるが、その点はどうなのだろうか。

「2006年、安倍総理の第一次内閣のときに、『ホワイトカラー・エグゼンプション』が導入されそうになりました。ジョブ型同様、自由で柔軟性のある働き方を謳い、“自分の能力を発揮しよう”などと労働意欲をそそる言葉を使っていましたが、相当な反対があり、結局導入されませんでした。けれど第二次内閣になると、今度は同じ中身を『高度プロフェッショナル制度』と名前を変えて出してきたのです。これは残業という概念を取り払い、使用者が労働時間を管理しなくてもすむようにする制度といえます。

“成果をあげればその能力に応じて報酬を払う”と耳に優しい言葉を言われれば、若い人たちは飛びつくでしょう。けれど“能力をフルに発揮しよう。成果を上げよう”という考え方は精神的に追いつめられ、過労死につながっていきます。私は、若い年代に過労自死が増えているのはそのためだと思っています。『企画業務型裁量労働制』(実際の労働時間によらず、業務内容や成果に応じてあらかじめ定められた賃金が支払われる)なども同様で、結局は労働時間の大幅な規制緩和にすぎません。

これからは諸外国と同様に、日本人の働き方もジョブ型に移行していく傾向にあるようですが、長くメンバーシップ雇用を続けてきた日本ではまだ土壌が整っていません。先に述べたように労働時間、特に残業の概念を労使双方から奪い、過労死を若年層に更に拡大しかねない危険な雇用形態ではないかと危惧しています」

給料の中に“みなし残業”が組み込まれていても、実際にはそれ以上の残業をしている人は多い。「働き方改革」は残業時間を減らそうという建前なので、成果物がちゃんとあるにもかかわらず、実際に働いた時間を会社に改ざんされてしまうこともあるようだ。 

2006年12月、国会前で行われた「ホワイトカラー・エグゼンプション導入反対」のデモ。日本式ジョブ型ともいえるこの法案は、その後「高度プロフェッショナル制度」と名前を変えて2019年より導入された
2006年12月、国会前で行われた「ホワイトカラー・エグゼンプション導入反対」のデモ。日本式ジョブ型ともいえるこの法案は、その後「高度プロフェッショナル制度」と名前を変えて2019年より導入された

箱はできても中身の伴わない過労死防止法 

政府は「過労死防止法」を打ち出す一方で「働き方改革」を推進。「真逆なことを同時に進めています。『働き方改革』は、まさに『働かせ方改悪』『過労死促進法制』です」と中野さんは憂う。

今、中野さんたちが訴えているのは、企業側が労働時間をきちんと管理し、それを把握したうえで上限規制を設けてほしいということだ。「過労死防止法」の適正化が進む企業は、全体のわずか3割ともいわれている。特にリモートにより労働時間が曖昧になったコロナ禍では、その点が重要なポイントとなる。

「8年も前に『過労死防止法』が成立しているにもかかわらず過労死が減らないのは、その内容が企業に周知徹底されておらず、実効性がないからです。具体的な対策は通達されていても、点検はしないし検証・研究分析もきちんと行われない、それを基にした対策も打たない。箱はできたけれども、内容は全然詰まっていないという感じです」 

「あと少し、もう1時間だけ」の積み重ねが過労死を招く

まじめで責任感が強く、いやと言えない。仕事ができる。その仕事にやりがいを持っている。過労死の危険度が高いのは、そんな人だという。自分が多少しんどくても他の人を休ませてあげたいと考える、優しい人も危ない。

「私の場合、今でも後悔しているのは、疲れ果てて朝起き上がることもできず、 “あまり調子がよくないけど、あと2日で冬休みだ。自分を励まして行くか”とつぶやく夫を“気をつけてね”と送り出してしまったことです。それが夫との最後の会話になりました。

疲れ切っているのに、あと少しだからと考えるところが危ないのです。区切りがつくからここまでやってしまおう。もうあと1時間だけ。これがいちばん良くないと思います」

新卒の場合、今は入社式もリモートで、しっかりとした研修も受けずに実動部隊にされるケースも。自宅勤務で同僚や上司との交流もないままひたすら仕事をこなしていけば、精神的に追いつめられて過労自殺する危険性は否めない。

「家族がよく見ていてあげないと、仕事にのめりこんでしまい、相談すらできなくなって、ひとり閉じこもって自殺する人が多いのです。

独り住まいの若い方は、とにかく何でも話せる友達や同僚を持つことが大切です。リモートで人と会う機会が減り、なかなか難しいかもしれませんが、ひとりで抱え込まないでほしいと思います」

今は過労死という言葉があるが、宏之さんが亡くなった頃は突然死などと呼ばれていた。宏之さんの校務分掌表を見た時に「こんなに多くては死んでしまう」と言いながらも、働きすぎて死ぬことがあるなどとは考えてもみなかったと、中野さんは振り返る。

コロナ禍という緊急事態の中、つい無理をしていないだろうか。在宅勤務だからといって、サービス残業をしていないだろうか。働き方に疑問を感じたら、死に至る前に相談を。やりがいが減っても、給料が減っても、命のほうが大事なのだ。

  • 【相談窓口】

  • ■過労死110番被災者と遺族が正当な補償を受けることを支援し、過労死を失くすことを目的とする弁護士団体。
  • ■働くもののいのちと健康を守る全国センター労働組合、医療団体、弁護士団体、労災職業病の被災者、支援の人たち、労働安全衛生分野の研究者などが加盟。
  • ■全国過労死を考える家族の会過重労働により大切な家族を喪った遺族の活動団体。各県にあるが、まず全国に相談を。事案によって各県の場所を紹介してくれる。
『あなたの大切なひとを守るために』(中野淑子/旬報社)は、過重労働で夫の命を奪われた中野さんの闘いの記録。過労死のない社会を求めて30年余。闘いはこれからも続く
『あなたの大切なひとを守るために』(中野淑子/旬報社)は、過重労働で夫の命を奪われた中野さんの闘いの記録。過労死のない社会を求めて30年余。闘いはこれからも続く

中野淑子(Nakano Yoshiko)1936年千葉県生まれ。千葉大学教育学部第二部修了後、中学校教諭として就職。51歳の時、夫を過労死で喪う。以後勤務しながら夫の公務災害認定闘争と「過労死を考える家族の会」世話人、「全国過労死を考える家族の会」事務局などで活動。1995年教員退職。2014年12月より厚生労働省「過労死等防止対策推進協議会」委員(2年間)。2017年「神奈川過労死等を考える家族の会」結成、世話人。かたわら、教員の働き方問題にも携わる。2021年、これまでの活動をまとめた『あなたの大切な人を守るために』(旬報社)を上梓。

  • 取材・文井出千昌

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