日本プロ野球で意外にも「父子鷹」が生まれないワケ | FRIDAYデジタル

日本プロ野球で意外にも「父子鷹」が生まれないワケ

メジャーリーグでは枚挙にいとまがないのに、日本では数えるほど!

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2014年5月、試合前にヤンキース・田中将大(左)、メッツ・松坂大輔(右)と談笑するヤンキース・黒田博樹(中央)

NPBにはMLBより「兄弟で活躍した選手」が少ないが、それ以上に少ないのが「親子選手」だ。父と子がともに活躍した事例は少ない。

漫画の世界では「巨人の星」星飛雄馬は、戦前、巨人の内野手として活躍した星一徹の息子だ。「父子鷹」で切磋琢磨するドラマに昭和の子供は夢中になったが、それに一番近いのは黒田父子だろう。父の一博は1950年代、南海、高橋などで活躍した外野手。規定打席に5回到達。ドンこと南海の鶴岡一人監督の信頼が篤かった。息子の博樹は2000年代の広島のエース、MLBにわたってドジャース、ヤンキースでも活躍。2015年に広島に復帰してファンを歓喜させた。博樹は大阪市住之江区で父が起こした少年野球チームの出身。父一博が逝去したことでMLB挑戦を決意したという。

父が野手、息子が投手という組み合わせでは、戦前、阪神の名内野手として「とびっちょ皆川」の異名を取った皆川定之の子が右腕投手の康夫。1971年の新人王。その後は救援投手として活躍。

球界のレジェンド、長嶋茂雄、野村克也も息子がプロ入りした。長嶋茂雄の長男、一茂はヤクルトがドラフト1位指名、のち巨人に移籍したがシーズンの打席数は1年目の206打席が最多。「素材的には父を上回る」という声もあったがレギュラーにはなれなかった。しかしタレントとしては国民的な人気者になっている。父も子も成功したと言えるのではないか。

野村克也の子の克則はイチロー世代。父と同じ捕手としてヤクルト、阪神、巨人、楽天でプレーしたが102打席が最多。父が在籍したチームでプレーすることが多く「七光り」とする見方もあったが、引退後は育成にたけた指導者として評価が高まっている。

MLBでは、親子でスター選手という事例は枚挙にいとまがない。

MLB最多の762本塁打を打ったバリー・ボンズの父親は、オールスターに3回選出された名外野手のボビー・ボンズ

通算630本塁打、2016年に殿堂入りしたケン・グリフィ・ジュニアの父は、「ビッグレッドマシン」と言われたシンシナティ・レッズのスター外野手、ケン・グリフィ・シニア。1990年8月にはシニアがジュニアのいるマリナーズに移籍し、親子での試合出場が実現した。

本塁打王2回、打点王3回、阪神でも活躍したセシル・フィルダーの息子は、ブルワーズの主軸で本塁打王を獲得したプリンス・フィルダー。親子での本塁打王は史上唯一。

現在では、なぜかトロント・ブルージェイズに二世のスター候補がひしめいている。

イチローのライバルで殿堂入りしたウラディミール・ゲレーロの息子ゲレーロ・ジュニアはブルージェイズの主軸一塁手

ロッキーズの外野手として本塁打王、打点王になったダンテ・ビシェットの息子、ビシェット・ジュニアは現在マイナーリーガーだが、その弟のボー・ビシェットはブルージェイズで安打製造機の期待がかかる若手。

アストロズの名二塁手として2015年に殿堂入りしたクレイグ・ビジオの息子、キャバンもブルージェイズで内野手として活躍している。

MLBでは親子どころか三代続けてのメジャーリーガーもいる。

MLBの内野手だったレイ・ブーンの息子はボブ・ブーン、そして孫はブレット・ブーンとアーロン・ブーン。アーロンは現ヤンキース監督。親子3代4人ともオールスターに出場している。

ジャイアンツの中軸打者になりつつあるマイク・ヤストレムスキーの祖父は三冠王を取った殿堂入り選手、カール・ヤストレムスキーだ。

MLBでは「父親が野球選手」という経歴は、ドラフト指名をする上で大きな選考材料になっている。父親の資質を受け継いでいるうえに、父から英才教育を受けている可能性が高いからだ。

現在のNPBでは、中日の先発投手として活躍した堂上照の息子が、中日の内野手堂上直倫。兄の剛裕も中日、巨人で内野手として活躍。

巨人の捕手だった山崎章弘の息子は、オリックスの左腕投手、山崎福也

ヤクルトの内野手だった野林大樹の息子は、広島の右腕投手、中田廉

広島の投手で現コーチの畝龍実の息子は、同じ広島の育成投手の畝章真

昨年までは、初登板ノーヒットノーランで知られる中日の投手、近藤真一の息子の近藤弘基が外野手として中日に在籍。現在、この親子は揃って中日の球団職員。

ロッテで新人から2年連続3割をマークした外野手の横田真之の子の横田慎太郎は、阪神の外野手として期待されたが脳腫瘍に罹患して2019年限りで惜しまれながら引退した。

現西武で、巨人の左腕エースとして活躍した内海哲也の祖父は川上哲治と同期で巨人入りした内野手の内海五十雄。祖父が巨人選手だったことで、孫の哲也も巨人入りを熱望していた。

実はアマチュア野球の段階では「二世選手」は珍しくない。阪神でユーテリティプレーヤーとして活躍した関本賢太郎の息子勇輔は、履正社高時代から注目された捕手。現在、日本大学でプレー

社会人ENEOS野球部の内野手、度会隆輝は横浜高校時代から注目されたが、父はこれもヤクルトでユーティリティとしてプレーした渡会博文

こうした選手がドラフト指名されて、父親が嬉しそうな顔でインタビューに応じる姿はよく見られる。

しかしここからが難しい。NPBでは「父子鷹」がそろって活躍する例はまれなのだ。

南海の名内野手だった定岡智秋さんは、息子の卓摩もソフトバンク、ロッテ、楽天でプレーしたが「野球界のことなら知っているから、いろいろアドバイスができる」と語った。一方で、ある元野球選手は「俺は息子に野球をさせようと思ったんだが、女房が反対したんだ」と言った。

プロ野球選手は華やかではあるが、浮き沈みが大きく苦労も多い。サラリーマンのような安定した生活を望む日本の文化が「父子鷹」に影響しているのかもしれない。

  • 広尾 晃(ひろおこう)

    1959年大阪市生まれ。立命館大学卒業。コピーライターやプランナー、ライターとして活動。日米の野球記録を取り上げるブログ「野球の記録で話したい」を執筆している。著書に『野球崩壊 深刻化する「野球離れ」を食い止めろ!』『巨人軍の巨人 馬場正平』(ともにイーストプレス)、『球数制限 野球の未来が危ない!』(ビジネス社)など。Number Webでコラム「酒の肴に野球の記録」を執筆、東洋経済オンライン等で執筆活動を展開している。

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