心疾患でも自ら検査ポーズ パンダ「タンタン」と治療スタッフの絆
神戸市立王子動物園(同市灘区)は4月19日、雌のジャイアントパンダ「タンタン(旦旦)」に心臓疾患の症状がみられると公表した。タンタンは日中共同飼育繁殖研究と阪神・淡路大震災から人々を元気づけようと2000年7月16日に来園。神戸市は中国との貸与契約を2度延長し、昨年7月に期限を迎え返還が決まった。しかし新型コロナウイルスの影響で中国・成都への直行便が運休しているため、帰国ができずタンタンはいまも神戸で暮らしている。
病状が回復しなければ輸送が難しくなると考えられるが、同園の加古裕二郎園長は中国との返還協議ついてこう明かす。
「タンタンは中国から大事にお借りしているパンダです。去年の返還期限が延びているのが現状ですので、今後も帰国を前提に協議を行っていくことになります。時期は新型コロナウイルスの感染状況や、タンタンの病状を見ながらになります。ただ個人的に正直な気持ちをいえば、この体調のまま飛行機に乗せるのは、客観的に見ても可哀想だと思います」
病状については、密に中国ジャイアントパンダ保護研究センターに情報共有をしている。しかし帰国発表から1年経つが、返還に向けた具体的な協議は未定だという。
タンタンは1995年9月16日生まれの25歳で人間ならおよそ70歳超になる。飼育下のジャイアントパンダは22~30歳ごろまで生きるとされる。同園では2010年頃からタンタンの高齢化対策として、日常的な検査や治療のために受診動作訓練を強化してきた。この訓練は『ハズバンダリートレーニング(以下、HT)』といい、複数の合図を聞き分けたタンタンが、自発的に検査や治療に合った体勢をとることを目的としたトレーニング法である。
HTで至近距離から観察できるようになったことで、4年前には左眼の真菌性角膜炎を発見。難治性であるこの疾患の診断・治療にはHTが決め手になり、今回の病気の発見にもつながった。
心臓疾患の診断・治療の経緯について、谷口祥介獣医師はこう話す。
「1月23日に聴診をしたら、いつもより脈が早くて正常とは異なる拍動リズムを認めました。高齢のパンダに多い疾患として、心臓病や高血圧・歯の摩耗などがあります。タンタンはこれらの病気の予防・早期発見を目的とした検査メニューを組んでいますので、症状を認めてからはこれまで以上にこまめに検査をしました。
一旦は症状が治まったので加齢に伴う一過性のものと考えましたが、中国ジャイアントパンダ保護研究センターからの助言で聴診を1日2回に増やし、経過を観察していくことになりました。3月23日から不整脈と頻脈が継続しましたので、投薬治療を開始しました。タンタンが好きなリンゴやブドウに薬を忍ばせても、苦味に気付いて吐き出すこともありますが、頑張って薬を飲んでくれています。症状が劇的に改善しているわけではありませんが、悪化を防げている印象を持っていますので、今のところ体調の維持はできていると思っています」
さらに大阪府立大学生命環境科学域付属獣医臨床センターに協力を求め、詳細な心電図を実施した。タンタンを診察した島村俊介准教授(獣医師)は『高齢もしくは心臓の筋肉が変性している可能性があり、それによって心筋の収縮力が低下している』と診断した。
急な観覧中止は行わないが段階的に観覧時間の短縮をし、極力負担をかけない飼育管理になるという。
昨年「タンタン25thアニバーサリー企画」のクラウドファンディングが、地元新聞社主催で行われた。神戸で迎える最後の誕生日を祝い、タンタンの愛らしい写真や活動記録と共に、支援者の名前を誌面に掲載するというもので、目標額の25万円を大きく上回る720万円の支援が集まった。支援金の一部は王子動物園へ寄贈された。
今回の治療費を心配するファンから、ガバメントクラウドファンディングの要望が同園に寄せられている。その声について加古園長はこう話す。
「すでに多くの皆様から治療費のクラウドファンディングのご提案を頂いています。タンタンを愛して下さっているお気持ちがヒシヒシと伝わり、そのお気持ちだけでも我々は非常にありがたく思っています。
タンタンは神戸市が借り受けていますので、治療費も神戸市が出させていただくことを基本に考えています。今のところはクラウドファンディングの予定はありませんが、王子動物園には動物サポーター制度がありますので、お気持ちのある方は動物サポーターのご寄付をお願いしています。タンタンの治療費に充てられませんが、動物たちのエサ代や獣舎の整備などの運営経費に充てさせていただいています」
動物サポーター制度には法人と個人がある。ふるさと納税でも申し込みができ、寄付金による税額負担も優遇される。寄付金は一緒になって愛される動物園づくりを進めていくために充てられており、ひいてはここで暮らすタンタンのためにも繋がっている。
緊急事態宣言前の王子動物園は、パンダ館へ続く道にソーシャル行列ができていた。病気の公表後だったこともあり、観覧者はみな神妙な面持ちで静かにタンタンを見つめていた。その胸の内は、回復への祈りと帰国への心配で交錯していた。
「タンタンにはこれからもずっと元気で神戸におって欲しい。でも元気やったら(中国に)帰ってしまうかもしれへんって考えたら複雑な気持ちです」(20代・同市西区在住)
「治療を受けて中国に帰れるとしても、輸送や環境の変化で体調が悪くならないか心配です。タンタンをこのまま神戸にいさせて欲しいです」(30代・同市長田区)
「70歳にもなれば体がしんどくなってくるのは、人も動物も同じですよね。ここ(王子)にいるうちは、飼育員さんも獣医さんもタンタンのそばにおってくれるから安心しています」(60代・同市灘区在住)
タンタンの20年余りは波乱万丈だった。妊娠、流産、出産、そして赤ちゃんやパートナーのコウコウの死……。長きにわたりタンタンを知る人にとって、病気の公表はいろんな感情が呼び起こされたのではないだろうか。いまというひとときの大切さを噛みしめ愛しい存在を慈しむ気持ちで、タンタンと会話をするように観覧していたのが印象的だった。
- 取材・文:椙浦菖子
- 撮影:菊地弘一
ライター、カメラマン