BOØWYの伝説のドラマーが明かす「いまだから言える秘話」 | FRIDAYデジタル

BOØWYの伝説のドラマーが明かす「いまだから言える秘話」

高橋まことが語る「『LAST GIGS』に隠された衝撃の事実」

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67歳とは思えぬほど若々しい高橋まこと

『ONLY YOU』『B・BLUE』『MARIONETTE』といった大ヒット曲で一斉を風靡し、人気絶頂の1987年に解散したバンド『BOØWY』のドラマー・橋まこと(67)が衝撃の告白をした。

清春のユニットsadsのドラマーGOがMCを務めるインターネット音楽番組『Live GOes On』F@nTVの収録に参加した高橋は、「BOØWYは伝説のバンドと言われているが、活動期間の6年で売れていたのは後半3年間。はじめの3年は全然売れてないなかった」と激白。

「氷室(京介)や布袋(寅泰)はあまりバイトをしていなくて、いつも腹を空かせていた。俺は当時、洋服のマネキンを運ぶ仕事をしていて、それなりに日銭をもらっていたし、他のメンバーよりも7歳くらい年上だったこともあって、あいつらに牛丼を奢っていたりしていたんだ。するとそれが癖になってきて、みんな俺の財布を狙ってくるようになった(笑)。

ツアーで地方にいるときは笑ったね。布袋が『お金ある? 酒飲もうよ』って誘ってくるんだけど、そんなことをやっていたら帰りの交通費がなくなるだろ!って。だから靴の底に数万円隠しておいて、『今日はカネねえよ!』とか言って誤魔化したりしていた」

九州・佐賀県でライブを行ったときには「ギャラが野菜」だったことも。

「佐賀で3万人集まるフェスがあるってんで行ってみたら、ただの村祭りだった。でも、しっかりステージやったよ。で、帰りがけに主催者にギャラをお願いしたら、レタスとナスとキュウリを渡された。『これじゃ帰りの車のガソリン代にもならない!』と言ったら、今度は焼酎『さつま白波』の一升瓶が出てきたことも(笑)」

当時はネットもスマホもない時代。札幌のライブでは、想定外のトラブルも起きていた。

「ライブ会場に到着したら、楽器を積んでおいた機材車が来てない! スタッフに『どこにあるんだ!?』って聞いたら、『すみません、まだ海の上です』。フェリーに乗り遅れたらしい。メンバーは揃ってんのに(笑)。でも、すでに会場にはお客さんが入っていて、中止にはできないだろ? 仕方がないから機材の到着を待って、90分遅れでライブやった。ファンを待たせちゃ悪いから、俺らはほぼリハーサルなしだった」

その後、BOØWYはアルバム『BEAT EMOTION』、シングル『MARIONETTE』でオリコンチャート1位を奪取。活動当初から「ナンバーワンになったら解散する」を目標に活動をしていた彼らは、198712月24日のライブ中、解散を宣言する。

「個人的には複雑な気持ちはあったけど、最終的に納得はしていたよ。俺は別のバンドへの加入も決まっていたし、それぞれが新しい道に進めばいいとポジティブに考えていたね。

ところが解散発表翌日の198712月25日の新聞を見たら、BOOWYの解散告知の広告が載っていて、『最後のGIGSは、必ず来年プレゼントします』と書いてあった。え? もう一度ライブやるの? そんなの聞いてねえよと(笑)。たぶん、事務所がバンドが有終の美を飾るために考えたことなんだろうね」

1988年4月に開催され、計10万人を動員した伝説のライブ『LAST GIGS』を行うことをメンバーが知らされていなかったというのだ。

「ちなみに『LAST GIGS』の初日(4月4日)は音響に問題があって、氷室と布袋はあまり楽器の音が聞こえていなかったらしい。それでライブやれるなんてアイツらすげえよな!」

やっぱりBOOWY、その秘話も伝説的に面白い――。

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