松本人志や田村淳を唸らせた男が地方議員に転身して抱く野望 | FRIDAYデジタル

松本人志や田村淳を唸らせた男が地方議員に転身して抱く野望

今でもプロカメラマン兼任の神奈川県秦野市議・伊藤大輔氏インタビュー

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伊藤大輔氏のインタビューを行った場所は神奈川県秦野市の秦野戸川公園内の茶室。都心から車を1時間も走らせれば、緑豊かなで水の音が自然と耳に入る場所がある(撮影:長濱耕樹)

銃撃戦が日常のブラジルの貧民街で10年過ごした

写真家&秦野市議会議員、伊藤大輔

ありきたりな表現となるが、彼を一言で形容するとすればバイタリティの塊という言葉がふさわしい。

切腹も辞さないとまで感じさせる緊張感ある風貌は、幕末の志士を彷彿とさせる。所作には一切の無駄を感じない。口を開けば、聞き手の身体を刺すほどの大きくて明瞭な声が、矢のように飛んでくる。

もともと写真家である彼は、かつて議員になる前に出演した『クレイジージャーニー』で、MCのダウンタウン・松本人志をして「(人としての)圧がすごい」「言っていることがクレイジー」と唸らした。また、同郷の宮城県仙台市出身であり、ほぼ同世代のジャーナリスト・丸山ゴンザレスからは「行動力が本当にある」と評価されてきた。世界中の危険地帯や裏社会を渡り歩いた犯罪ジャーナリストから、である。その丸山のことを伊藤は「ゴンちゃん」と気さくに呼ぶ。

そして、去る5月に発売された自著『おいしい地方議員』(イースト・プレス)ではロンドンブーツ1号2号の田村淳と対談。巻末での対談を実現し、本の帯には田村氏による「この『突破力』は見習いたい!」という文字が入っている。

今回のインタビューで、伊藤がたびたび強調していた印象的な言葉が「リアル」である。

「もともと、子供の頃からファンタジーには興味がなくて。たとえば映画なんかで『月まで行った話』があったとすると、『どうやって月まで行くんだろう』というディティールが気になる。今回、議員としてもリアルを追求しますよ、俺は。市議会をフレッシュにする。それを市民に約束して当選したわけだから。現実として、変えていかないと」

選挙戦では、スーツも身につけず、選挙カーにも乗らず。「何を成し遂げたいのか」という中身を伝えることを大事にした(提供:伊藤大輔氏)

彼がかつて10年に渡り住んでいた場所は、ブラジルのリオ・デ・ジャネイロである。妻と三児の子供たちと居を共にしていたのは、地元のギャングも住んでいるフェベイラと呼ばれる貧民街。銃撃戦も行われるような危険地帯で日常を過ごしてきたのだから、確かに行動力――あるいは生活力は――ダテではない。

家族とともに日本に帰国したのが2016年夏のことだった。やがて2019年の8月、突如として秦野市議会議員に無所属新人で立候補。見事初当選を飾る。

「選挙は大変そうに思われるかも知れないけど、たったの一週間程度の活動。ビラ配って、駅前とかで演説して。マイク持って話している自分の前を、どんどんみんなが素通りしていく光景には少し面食らったけど」

伊藤の選挙にはポリシーがある。

「俺は“ヘッドスライディング”系の『どうか受からせてください!』みたいな土下座選挙はしなかったし、これからもするつもりはない。あんな選挙をするから、若い人たちが政治へのコミットを躊躇してしまう。『あんな風に頭下げるなんて、嫌だな』って。で、そうやって土下座するようにして当選した議員が、受かった後に政治家にとっての主戦場である議場で”積極的”であるとは限らない。中には居眠りしてしまう議員もいる。政治家として評価されるべきなのは、何よりも発言の質であって、議場外でのパフォーマンスなんていらないんです。日本の社会に百害あって一利なしでしょう、あんな選挙スタイル」

東北出身で秦野市にルーツを持たない伊藤だったが、妻の実家がある関係でブラジル時代から帰国後の定住を計画。日本に戻ってから新居を購入し、子供たちが小学校に通うこととなった。

伊藤が政治に興味を持ち始めたのは、このことがキッカケである。

「全員参加が義務づけられているブラジルの選挙システムと違って、日本の場合はみんな当事者にならないと熱くならないと思うんですよ。俺もそうでした。娘の通学路に工場誘致の計画があって。それって自然体系を破壊してまでやることなのかって。秦野の水は日本一美味しいくらい素晴らしいのに、なんでその一部を壊すのかって」

こうした問題に取り組むとき、伊藤は無党派無所属の立場、一市民の声を代弁することに徹しているという。

「片や、資本主義の権化みたいな右派がいたとして、もう一方では木を一本切っただけで自然破壊を叫ぶ左派がいる。これって本当に本質的な議論なのかって。俺は右派でも左派でも、何でもなくて、ただ解決すべき、改善すべきテーマを市民のために解決していくだけ。

だから、工場誘致に経済効果がありますっていう人たちには『それって時代遅れの発想じゃないか。利益は本当に地元に落ちるのか、それはいくらなのか。一部工事業者だけが潤うんじゃないのか』って直球を投げます。すると、たいていは納得のいく回答が返ってこないんですよ。そんなものですよ」

伊藤氏は屋外看板広告のグラフィック担当として、新垣結衣と関わった(提供:伊藤大輔氏)

昨年末にがんの手術を受けていた

伊藤は『おいしい地方議員』の中で、痛烈な地方議員批判も展開している。舌鋒鋭く、まっすぐすぎる提言の連続だ。一例を21ページから抜粋する。

「秦野市議会を見る限り、地域の世話役、相談役といった役割に甘んじ、行政の監視、政策立案、議案の審議が極めて重要だという認識の議員は、ほんの一握りしかいない」

そう指摘した上で「そうである以上、今の制度は変えるべきだ」と断言する。

著書で、伊藤は議会二部制を構想している。

一部には、8名の(専門職的な)プロフェッショナル議員、月額80万円(現在の秦野市議の月額は44万4千円。他に期末手当114万5千円が年2回支給される)
二部には、50名の(名誉職的な)地域相談員。月額10万円

「俺は何も、高齢者が議員をやることを否定しているわけじゃないです。年齢バランスがおかしすぎると言いたいんですよ。それと地域の自治会が機能していない現状がある。そこで市の職員の女の子に『君、良い身体しているね』なんて令和のコンプライアンスをぶっ飛ばす前時代的な高齢の寝ぼけ議員には、二部に下りてもらって自治会をまとめてもらう(笑)。いるんですよ、本当にそういう人が。滅多にビビらないオレでも、腰くだけるくらい驚いちゃったよ。なんだこの世界はって」

伊藤が今、真正面から取り組もうとしているのが教育問題だ。

「この前も学校の先生たちと会って話を聞いてきたんだけど、もう労働環境はブラックだよね。一か月で100時間残業しても残業代が1万6千円しかもらえないなんて。もう限界だって声が高まっている。ブラジルだったら『給与上がるまでストライキ』なんて言って、実際に1か月くらい学校閉鎖された事例も見てきたから、日本人は我慢強いというか、行動に出ないというか……。先生たちに余裕がないと、本当に子供たちのためになる教育なんて実現できっこない。

効率ばかり優先して、子供たちの頭に詰め込めるだけ詰め込んできたのが戦後から現在に至る歴史。でも、経済成長を大きく成し遂げて、その峠をとっくの昔に超えて、これから新しい価値観の中で生きていくのが、今の子供たちでしょう。ダイバーシティ(多様性)の時代に沿った高度な教育を実現するためには、予算をつけなければいけない。先生たちを雇ったり、待遇改善したりするために、ね」

ここで当然の疑問が起きる。果たして「伊藤一人の力で、そういった物事の変化を起こせるのだろうか」ということだ。

伊藤は無所属の新人議員。著書では「リスペクト」運動を提唱し、様々な地方議会で(たとえば伊藤の故郷の地元であれば、リスペクト仙台)若い議員に立ち上がってほしい。また、「オンラインサロンなどの政治交流の仮想空間をデジタルの力を借りて実現し、様々な政治的課題の変革に向けて気運を高めていきたい」とも今回のインタビューでは語ってくれた。秦野市議会で会派を結成するためには、最低でも2議員から。それに向けてもトライしたいとも言っている。

とはいえ、伊藤は己の性格を「思考の固い年長者、話があまり合わない高齢者とはあまり上手くやってきたタイプではない」と自ら認めている。「まさしく、そういう人たちに(議場で)囲まれている」状況において、たった一人の若手議員の戦いはあまりにも孤独で、無力で、ドン・キホーテ的ではないだろうか。

そんな質問に対して、令和の志士の声はさらに高まった。

「田村淳さんもTwitterで何らかの形で発信してくれると言ってくれたし、ゴンちゃん(丸山ゴンザレス)もYouTubeに呼んでくれて協力してくれた。特に淳さんは将来地方自治体の市長になりたいと言っているし、豊島区と組んでバーチャル豊島区長という面白い企画もやっている。俺は野球部時代、キャッチャーだったけど1番バッターでした。切り込み隊長として、まずは塁に出ます。

そこから、淳さんのようなバランスの取れた、調整力のある人があれやれ、これやれって指示してくれればどんどんやりますよ。俺のTwitterなんて100人程度のフォロワー。淳さんは300万人超えですからね。いろんな人たちの力を借りながら、協力してくれたことに対して、全力でやりますよ、俺は。写真家も続けているけど、議員活動は死ぬ気でやっているんで」

最後の言葉にはリアリティがある。

昨年末、伊藤は甲状腺乳頭がんの手術を受けた。告知を受けて家路に向かう車中では、涙が止まらなかったという。手術は無事成功し、現在の日常生活には支障はない。

おそらく、ブラジルの危険地帯を渡り歩いた伊藤は、母国日本で初めて「死」を見つめる当事者になったのではないか。だからこそ、周囲の目から見れば生き急ぐかのように、目の前の政治活動に命を捧げようとしているのではないか。

そういえば、伊藤のブラジル時代の集大成ともいえる写真集『ROMÂNTICO』(ホマンチコ、ポルトガル語でロマンチック・劇的の意味/2019年発売)の巻末で、彼はこう言っている――「死」を身近に感じることのできる人間だけが、その反対の「生」をより濃く生きようとするものなのかもしれない――。

銃弾飛び交うブラジルのファベイラでも、緑豊かで風光明媚な秦野市でも、伊藤大輔は「生」と「死」を見つめ続け、そして行動を続けている。(文中敬称略)

提供:伊藤大輔氏
市議の仕事に注力しているため、カメラマンの仕事は限定されるが、スマホを手にしただけでサマになる(撮影:長濱耕樹)
著書「おいしい地方議員」を手に(撮影:長濱耕樹)
  • 取材・文鈴木英寿

    実業家・経営者、スポーツジャーナリスト。1975年生まれ、宮城県出身。東京理科大卒。音楽雑誌記者、スポーツ雑誌記者を経て2005年にスポーツジャーナリストとして独立。複数のJリーグクラブの経営幹部を経て現在はフットサル施設運営や複数のベンチャー企業への出資・経営指南なども手掛ける。著書に『修造部長』(松岡修造監修、宝島社)、訳書に『プレミアリーグの戦術と戦略』(ベスト新書)など。

  • 撮影長濱耕樹

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