元時津風親方が明かす「雀荘、風俗店通いの真相と妻との離婚」 | FRIDAYデジタル

元時津風親方が明かす「雀荘、風俗店通いの真相と妻との離婚」

先代の力士暴行死事件で33歳の若さで引退し部屋を継承 初場所中、3度の規律違反で自ら退職届を提出 騒動後初めて心境を語った

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現役時代の四股名(しこな)は時津海(最高位は東前頭3枚目)。’73年、長崎県五島市生まれ。十両優勝は2回、技能賞を4回獲得。趣味は釣りやゴルフ

ジャケットの上からでもわかる厚い胸板、シャツの下の太い腕――。

インタビュールームに現れた男性は、現役時代と変わらない体形を維持していた。場所中の雀荘、風俗店通いが発覚し、今年2月に日本相撲協会を退職した、元時津風親方の坂本正博氏(47。以下、時津風親方)だ。本人が初めて明かす、3度の協会規律違反と騒動の真相である。

「現在は部屋を出て、都内で一人暮らしをしています。自分の浅はかな行動を猛省する日々……。まだ、新しい仕事は見つかっていません。支援者の方々を回り退職した経緯を説明し、身体がなまらないよう家でトレーニングをしています」

まず、時津風親方が師匠になった経緯を振り返りたい。時津風部屋を継承したのは’07年10月。33歳の若さで親方になったのは、世間を騒がせた、あるトラブルが影響している。先代親方らによる力士暴行死事件だ(先代や兄弟子の暴力などで入門直後の力士が死亡)。

「事件直後、先代の部屋に呼ばれ、こう言われました。『オレは(相撲協会から)解雇されるだろう。オマエ、引退して親方になれるか』と。突然のことで、スグに答えられません。『2〜3日考えさせてください』と伝えました。現役に未練がなかったと言えばウソになります。ただ、当時は幕内下位に低迷し、力士として限界を感じていたのも事実です。両親らと相談し、引退を決意しました」

親方になったとはいえ、先代は解雇されなんの引き継ぎもない。就任直後に待っていたのは、過酷な現実だ。

「所属力士を連れ、事件の遺族や全国の後援会に謝罪する日々でした。『将来ある若者の命を奪って!』と、厳しい言葉を投げられたこともあります。目の回るような毎日。キツかったですね」

2〜3年して事態が落ち着いても、なかなか親方としての自覚は芽生(めば)えない。

「『師匠』と呼ばれても、弟子はついこの間まで一緒に稽古していた仲間たちですから。実感が湧(わ)かず、友だち同士の感覚でした。引退し相撲人生に区切りをつけたつもりでも、弟子の土俵入りを見ると複雑な心境になった。『現役はイイなぁ』と、寂しさを感じたこともあります」

「溜まっていたんです……」

暴行事件に巻き込まれ、現役に未練を残していた時津風親方。ストレス発散といっても、酒もタバコもたしなまない。気晴らしに、パチンコや麻雀をするぐらいだ。だが学生時代(東京農業大学)から好んでやっていたというギャンブルが、トラブルを誘発する。時津風親方の最初の過(あやま)ちが発覚したのは、’10年6月のこと。野球賭博に関与し、親方として役職最下位の平年寄に降格する。

「軽い気持ちでした。甘い認識で賭博にかかわったことを反省しています」

2回目の違反は、昨年9月だ。新型コロナウイルスの影響から、相撲協会のガイドラインで不要不急の外出が禁じられていたが、学生時代の友人に誘われ宮城県で行われたゴルフコンペに参加。さらに地元(長崎県五島市)に帰省するため、福岡県に移動し数日間滞在した。

「台風の影響で、東京に戻れなくなってしまったんです。協会は事実を把握していたようで、『ゴルフに行っただろ』と電話で叱られました」

時津風親方は、9月場所中の謹慎を命じられる。同期間中には、急性膵炎(すいえん)を発症。3週間ほど寝たきりの生活となり、食事もできず20kgも痩(や)せたという。

そして今年1月――。『週刊文春』(2月4日号)に、初場所中に東京・赤坂(港区)にある雀荘や、新橋(港区)の風俗店に連日通っていたと報じられた。

「本割が終わった後、赤坂にある知人の事務所に行っていたのは事実です。そこは雀荘の認可を受けていますが、雀卓が1台あるだけ。一般の人は受け入れていません。仲間内で麻雀をしたことはありますが、報道された場所中はやっていない。雑談して、食事をしただけです」

新橋の風俗店については……。

「恥ずかしながら、通っていました。当時は妻との関係がギクシャクし、急性膵炎の入院生活のストレスもあった。いろいろ溜(た)まっていたんですよ……」

『週刊文春』の報道後、時津風親方はスグに退職届を相撲協会に提出する。

「さすがに3度目の規律違反ですからね。ケジメをつけようと覚悟しました。その後、部屋の2階に力士たちを集め報告。『退職になると思う。申し訳ない』と謝ると、シーンとしていました」

2月22日。相撲協会は時津風親方に退職勧告と退職金30%減額の処分を下す。だが、騒動はこれで収まらない。夫人と離婚することになったのだ。

「何度も規律違反をし、そうとう怒っていましたからね。私は部屋の個室で寝泊まりし、妻は自宅にいたのでコミュニケーションも少なかったんです。驚いたのは、部屋の施設が、東京家庭裁判所の命令で3月に仮差押さえされたこと。財産分与の前に第三者へ売却されないよう、妻がとった処置でした」

だが離婚したことで元夫人との仲は、かえって良くなったという。

「毎日のように連絡を取り合っています。妻は『弟子たちの世話や後援会への気遣いから解放され幸せ』と話していますよ。女将としてのストレスがなくなり、気持ちが前向きになったのでしょう。息子二人も相撲部屋(立浪部屋)に無事入門し、一安心。今は息子や時津風部屋の弟子たちの活躍が、何よりの楽しみです」

安易な気持ちからトラブルを犯し、角界を去った時津風親方。反省の末、ようやく再スタートを切ろうとしている。

’02年2月、都内のホテルで結婚式をあげた時津風親方と元夫人。離婚が成立してかえって仲が良くなったという
1時間以上にわたりインタビューに応じた時津風親方。処分されても’96年からお世話になった相撲協会に感謝している

『FRIDAY』2021年6月18日号より

  • 撮影會田園写真共同通信社(結婚式)

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