宮本亞門がいま明かす「前立腺がんとの闘いのすべて」 | FRIDAYデジタル

宮本亞門がいま明かす「前立腺がんとの闘いのすべて」

前立腺がんと診断された宮本が思い出したのは舞いを踊る痩せ細った祖父と、被災者と接する上皇さまの姿だった。死を身近に感じたことで、名演出家は生きることにかえってフォーカスできたという。

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前立腺がんの全摘手術を決断も「死に対する恐怖はなかった。前向きだった」

2019年2月、テレビ番組の企画で『人間ドック』を受けた。

宮本亞門(63)も所属事務所のスタッフも「仕事で健康チェックができるなら一石二鳥」というくらいの、軽い気持ちでオファーを受けたという。

「『コレステロール値が高いから生活習慣を見直しましょう』と注意されるくらいで、楽しく終わるだろうと思っていました。バラエティ番組でしたからね。ところが、最初の検査の直後、事務所スタッフが騒然としていた。『がんの可能性があるので精密検査をすぐに受けてください』と言うのです。

以前、個人で人間ドックを受けたときにpsa(前立腺特異抗原。前立腺がんの腫瘍マーカー)の数値が高かったのを覚えていたので、ちょっと注意したほうがいいかな、でもまあ大丈夫だろうと高を括っていました」

精密検査を受けた2日後、事務所スタッフの表情で事態が深刻であることを悟った。

「『病院から呼び出しがありました。仕事はキャンセルしておきましたから、もう一度、診察を受けてください』と言うのです。鬼気迫る表情でした」

病院に到着すると、宮本が人間ドックを受けるキッカケとなったテレビ番組のスタッフも大勢、駆け付けていた。

「カメラも来ていたのですが、撮影すべきか悩んでいる様子でした。『亞門さんがOKなら撮りますが、万が一、深刻な状況だった場合は無理しないでください。今回の企画はなかったことにします』と言うので僕は『全部、撮ってほしい』とお願いしました」

前立腺の状態について医師の説明を聞く宮本

宮本の前立腺の画像を前に医師が発した言葉は、希望を含んだものだった。

「『前立腺にいくつか、白い影があります。がんの可能性があります』という言い方をしたんですね。がんだったとしてもその病院ではステージがいくつかまでは調べられないということで、NTT関東病院を紹介されました。僕の親父も、祖父母もがんだったことをぼんやりと思い出していました。がん家系と言ってはなんですが、がんだと宣告されて驚くというより『そういうものなのかな』と思っていましたね」

医師の説明を聴きながら、頭の中で「がん」という言葉を反芻し、祖父ががんと闘い、生き抜いた姿を蘇らせていた。

「祖父はがんになってどんどん痩せ細っていきました。晩年の様子がすごく脳裏に焼き付いています。祖父はお能が好きだったんですね。がんになっても祖父は能の舞台で舞い踊った。痩せ細り、本当に骨のような状態で痛々しい姿でしたが、とにかく一生懸命、身体を震わせながら踊る姿を見て、僕も両親も涙が止まりませんでした。そんなことを思い出していました」

精密検査の末、前立腺がんのステージ2と診断された。宮本はがんを公表した。

「僕のがんなんか誰も興味ないだろうと思っていたのですが、すごい数の記者さんが会見場に来てくださったので僕は正直に自分の気持ちを伝えました。『死ぬその瞬間まで、演出をしていたい』と。その日の夜、建築家の安藤忠雄さんから電話をいただきました。前立腺の全摘出はお勧めできない、放射線治療や重粒子治療がいいから紹介する、とおっしゃるのでセカンドオピニオンを聞いてみるのもいいかもと思い、診察を受けてみました」

セカンドオピニオンを受け、戸惑ったことがあった。「クオリティオブライフ」という言葉である。

「どこかのリビング雑誌みたいに『がん治療においてはクオリティオブライフが大切』だと言うんです。自分の人生をどう生きるか、自分で決めてくださいと。僕は人一倍、自分で人生を決めてきたほうでしたが、前立腺がんの治療に関してはどの選択が正しいかなんてわからないわけですよ。『クオリティオブライフ』ってあまりに酷な言葉だと感じました」

ネットを見ると、がんに関する様々な体験や治療法が紹介されている。しかし、それが「すべての情報」ではない。

「同じ治療法でも『よかった』と言う人がいる一方、『絶対にやらないほうがいいい』という意見もある。どれを選ぶのかは難しい。最終的に僕は全摘出を選択しました。放射線治療の場合、ホルモン注射を打つことが想定され、それが一番怖かった。ホルモン注射によって感情のバランスが崩れることは避けたかった。

自分は冷静だと思っていても、以前とは変わってしまうかもしれない。それは困るわけです。自分の感情をコントロールできないなら、演出家はやめたほうがいいと考えました。全摘出という判断が正しかったかどうかは、放射線治療をやっていないのでわかりませんが、全摘出した後も僕自身は内面的、感情的には変わっていない。その点ではよかったと思っています。

明仁上皇さまが前立腺がんで全摘除術を受けておられますが、東日本大震災などの災害に遭った皆さんに寄り添い、膝をつきながらひとりひとりに挨拶をなさって勇気付けてらっしゃる姿に感動しました。ご高齢である上皇さまがこれほど行動されているということに感動していました。僕も上皇さまと同じく全摘出しましたが、上皇さまのように人のために行動していこうという勇気をいただきました」

宮本は「大変なときこそ、その人の生き方が全面に出てくる」と感じている。

「僕は以前にもタイで交通事故に遭って死に直面していますが、死を身近に感じると『まだ僕は生きてるじゃない!』って、生きていることによりフォーカスできるんです。自分に後悔して生きたくないって思えるんです」

2019年に前立腺がんの全摘手術を受けた後、宮本はフィギュアスケートと源氏物語のコラボ『氷艶hyoen2019~月光かりの如く~』、プッチーニのオペラ『蝶々夫人』のジャパン・プレミエ公演、そしてミュージカル『イノサン』と3本の舞台を演出した。コロナ禍で舞台やライブが思うように上演できず、エンターテインメントの世界は窮地に陥っているが、宮本は悲観していない。

手術した翌月にはNYに飛んで打ち合わせに参加

「エンターテインメントの世界以外でも、先が見えない混乱と恐怖で『いったいどうしたらいいのか』と悲観的になっている人はたくさんいると思います。しかし、悲観的になることは悪いことではない。僕らは悲観的な状況から学ぶことができる。連帯できるチャンスだと捉えることができればいいと考えています」

連帯できるチャンスが形になったものが「上を向いて歩こう〜SING FOR HOPEプロジェクト」だ。宮本が立ち上げたこのプロジェクトに600人を超える世界中の人々が参加。坂本九の『上を向いて歩こう』を歌い、コロナ禍で頑張るすべての人に希望を届けた。現在はYouTubeで『リーディング演劇スマコ』を無料配信。コロナ禍でエンターテインメントの存在意義を問う作品として注目を集めている。

前立腺がんをへて、生きることにさらにフォーカスした宮本の意欲が衰えることはない。

  • 取材・文吉澤恵理

    薬剤師/医療ジャーナリスト

  • 写真提供宮本亞門

    演出家

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