日本最速9.95の男 山縣亮太 「代表落ちの屈辱を超えて」
誰よりも苦悩と挫折を経験していた 進化を続ける男
「風に恵まれない男」
山縣(やまがた)亮太(29)はそう呼ばれ続けてきた。ところが6月6日、ギリギリ公認記録となる追い風2mが吹く『布勢スプリント』男子100m決勝で、山縣は9秒95という日本新記録のタイムでゴール。悪しきレッテルを吹き飛ばした。
日本最速の男はこれまで、誰よりも苦悩と挫折を経験していた。スポーツライターの酒井政人氏が話す。
「’17年の『世界陸上』では、ケガの影響で屈辱の日本代表落ちを経験しています。’19〜’20年は右足のケガと肺の病気でまともに走れず、低迷。しかもその2年間で年下のサニブラウン選手(22)と小池祐貴選手(26)が10秒の壁を突破した。とくに同じ慶應大を拠点に練習していた小池選手に先を越されたのは、山縣選手のプライドを深く傷つけたと思います」
身体もプライドもボロボロ。しかし、山縣の心はけっして折れなかった。そのウラには、ある人物の支えがあったという。酒井氏が続ける。
「山縣選手は独りで考えて練習する選手だったんですが、今年2月から慶大で短距離アドバイザーを務め、慶大グラウンドで交流のあった高野大樹氏をコーチにつけたんです。高野氏は精神面で山縣選手に寄り添い、支えとなりました」
元バルセロナ五輪100m代表の杉本龍勇(たつお)氏は技術面の進化にも着目している。
「踏み込んだ力を逃がさずに推進力に変えられるのが山縣選手の強みです。今回のレースでは前方に振り上げる脚の勢いが強くなり、トップスピードへの到達が早くなっていました。100mは結局、一度出したベストの走りをいかにもう一度、本番で再現できるかが大事なんです。その意味で、もともと再現力の高い山縣選手が9秒の世界を体感できたのは大きい。代表選出はもちろん、東京五輪で決勝に進む可能性を大いに秘めています」
東京五輪100mの代表3枠が決まる『日本選手権』は今月24日に開幕する。
当時大学3年生だった山縣はかつて本誌インタビューに、こう語っていた。
「9秒台ではなく、世界の表彰台が目標」
山縣は夢に向かって、スタートを切ったばかりなのである。
『FRIDAY』2021年6月25日号より
- 写真:共同通信