「笑わない男」に挑戦状 コロナ禍で社業危機「笑えない男」の歩み | FRIDAYデジタル

「笑わない男」に挑戦状 コロナ禍で社業危機「笑えない男」の歩み

日本代表に初めて選ばれたサントリーの社員選手、森川由起乙インタビュー

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サンウルブズの一員として先発した森川由起乙(中央)は日本代表選手のタックルを受けながら、味方にパスを出した(撮影:長尾亜紀)

このほど約1年7か月ぶりに活動を再開させたラグビー日本代表は、若手の代表予備軍が主体となった「サンウルブズ」と強化試合を実施。苦戦の末、32―17で勝った。今回の日本代表で、「笑わない男」こと稲垣啓太(パナソニック)へ挑む1人が森川由起乙だ。28歳での代表初選出まで、サントリーの社員選手として「笑えない」かもしれぬ情勢を乗り越えてきた。その道のりに迫る。

ピッチを離れればサントリーの「営業マン」

黒いジャージィが地を這った。

森川は6月12日、静岡・エコパスタジアムでの強化試合でサンウルブズ側の先発に入る。複数選手の証言によると、日本代表の別府合宿が終わった8日、合宿参加者中計9選手がサンウルブズへの合流を指示されていた。

ハングリーになったか。似た立場でサンウルブズへ合流のベン・ガンターとともに、ひたすら身体を張る。鋭いタックルと接点への圧力で、「JAPAN XV」名義の代表主力格を苦しめた。最後は17―32と屈したが、前半を14-3とリードできた。

チーム内競争の活性化をさせて見据えるのは、26日の大一番だ。

スコットランドのマレーフィールドで、ブリティッシュ&アイリッシュ・ライオンズ(B&Iライオンズ)戦がある。

日本ラグビー史上最大級の大一番が近づくなか、5人きょうだいの三男でもある森川はこう口にする。

「両親が男5人をスポーツ一家で育ててくれて、食費、教育費で苦労をかけて…(兄の1人が甲子園に出場。弟2人にもラグビーのトップリーグでプレー経験あり)。自分が現役の間は、金銭面でというよりやらせてもらったスポーツで(恩を)返していきたいです」
 
今回の別府合宿へは、本格始動から3日目の28日に合流した。その5日前には、国内トップリーグのプレーオフの決勝に出場。この日は東京の秩父宮ラグビー場でパナソニックに26―31と敗れたものの、森川は持ち味を発揮した。

強烈なタックルを決めては起き上がり、またタックル。スクラムを最前列で組む左プロップへ入りながら、身長180センチ、体重113キロの身体を機敏に動かす。

このほどワールドカップ(W杯)日本大会に出た中島イシレリを抑えて代表入りできたのは、それ以前を含めた数試合での働きを首脳陣に認められたからだ。今度のステージでは初代表のニュージーランド出身のクレイグ・ミラー、さらには稲垣といったパナソニック勢と定位置を争う。

森川と同じく仕事量の多い稲垣が「(ライバル間の)立ち位置はフラットでしょうね。(森川は)非常に動ける選手という印象があります。タックルのスキル、パススキルの精度が高い」と話すが、本人は2歳先輩の稲垣のことよりもまず、自分にフォーカスする。

「稲垣さんが活躍するワールドカップ(W杯)を観ました。自分にないものがたくさんある。でも、そこと自分を比べるよりは自分の課題をクリアにしていく(ことを重視したい)。自分が伸ばさないといけないことを伸ばしていくことで、自分のよさを知ってもらえて、いつか、(試合に)使ってもらえるかな…。いまはそう意識しています」

2人は立場が異なる。稲垣がラグビー専業のプロ選手である一方、森川はシーズン中も一般業務に勤しむ社員選手だ。

練習や試合のない時間は、「業務用」担当の営業マンとなる。居酒屋やバーなどに自社製品を仕入れるのが仕事だ。地域の酒屋との情報交換を経て、担当地域の「業務店」と呼ばれる飲食店へビール、ハイボールを勧める。屈強なラグビー選手には手狭かもしれぬ営業車のエンジンをかけ、ワイシャツを汗で濡らし、「お困りはありませんか」と回る。

お酒の存在が街の活気の一端を支えてきた。その自負があるほど、いまは忸怩たる思いにかられていよう。

新型コロナウイルスの感染拡大を受け、人々の行動が制限されてきた。日本でも2020年4月には、外出自粛を求める緊急事態宣言が初めて発令された。その解除と再発例が繰り返された末、2021年春には多くの飲食店がアルコールの販売を見合わせた。

サントリーはいわば、企業体力の源泉を奪われていることになる。ラグビー部の主将経験者で現在社業に専念する竹本隼太郎は、自社の歴史的背景を踏まえて語る。

「居酒屋はお酒を飲みに行くところなのに、お酒を出せなかったら人も来ない。(国からの)給付金も、大所帯のお店にとっては焼け石に水です。そんななかでも我々は(担当のお店に)寄り添って、少なからず役に立てたらと考えています。メーカーの利益だけを考えたら、家飲み需要が高まって業務用の減分を補えたらそれでいいのかもしれません。

ただ、いままでお世話になり、『角ハイ』のブームの火付け役を担ってくれたのは、(居酒屋などの)業務店です。会社には『(苦しい情勢下で)自分たちだけが儲かっていいのか』という気持ちあります。(現在は)再開した(世の中の状況が変わった)時のことを考えて(担当する店舗の)メニューを見直したり、ビールを切り替える商談をしたり。目先を『次』に置いた提案しています」

サントリーの社員選手は、社会の現実を直に学びながらプレーできる。未曽有の危機と向き合いながらトップリーグで活躍してきた森川は、ただ恐縮する。

「お会いすると(感染の)リスクが高まるからと電話1本で(商談が)済むようにしていただくなど、様々な方々のサポートのもと仕事を進めるようになっています」

チーム内のスクラム練習で相手選手を必死に押す森川(右)。味方の押しと相手選手の押しを一遍に受けるため、首から上半身、下半身とパワーが必要になる(撮影:長尾亜紀)

出勤前にもトレーニングをした

サラリーマンとしてのみならず、アスリートとしても苦難を乗り越えた。日本代表が日本大会で8強入りした2019年から、内なる弱点と向き合い、克服してきた。ハードな状況にも負けないマインドと、スクラムワークを磨いた。

公式戦が組まれていなかった春や夏は、仕事の前もトレーニングに汗を流した。チームでストレングス&コンディショニングを担当する若井正樹コーチに師事。動物の動きを模す「ZUU」というトレーニングで、ラグビーでよく使う筋肉を磨いた。

苦手だったスクラムは、元日本代表の青木佑輔コーチのマンツーマン指導で改善した。再現性の高いフォームを構築し、試合開始直後から試合終了まで常に強い姿勢を保てるよう意識。試合でだんだん反則を取られなくなり、やがて、相手の反則を誘えるようになった。自信をつけた。

それらの成果は、6節で不成立となった2020年のシーズンでも示した。同年、水面下で編まれた代表候補リストにも入っていたため、代表のスタッフに筋力、走力の強化メニューを渡された。「社員にも、プロメンバーのようなスケジュールを(提示された)」と苦笑したものだ。

この2年間の努力について聞かれ、こう言葉を選ぶのだった。

「(以前は)周りと(自分を)比べたり、自分の弱さが出た時に逃げ道を作ったりするところがありました。でも、仲間やサントリーのスタッフがそこに向き合ってくれて、自分も本当に変わりたいと思って、自分に矢印を向けました。それを評価された結果、(今回)ラグビー人生で一番のチャンスを与えてもらったと思っています」

6月26日に戦うB&Iライオンズは、イングランド、ウェールズ、スコットランド、アイルランドの4協会の代表選手からなる連合軍。4年に1度編成されて南半球の強豪国を回っていて、今年は南アフリカツアーを控える。

このドリームチームが日本代表とぶつかるのは今年が初めてだ。世界のラグビー界はプロ化の波に乗って久しい。B&Iライオンズの試合にビジネスを本職とする選手が出れば、希少な例となろう。

あらゆる意味でタフになった森川が、苦境に負けない市民のシンボルとなる。

 

日本代表合宿中の一コマ。右から2人目が森川。同じポジションの選手がエアロバイクに乗る。いつでも競争だ ©JRFU
同じポジションには稲垣啓太がたちはだかる。視線の先に「笑わない男」の背中は見えるだろうか(撮影:長尾亜紀)
  • 取材・文向風見也

    スポーツライター 1982年、富山県生まれ。成城大学文芸学部芸術学科卒。2006年よりスポーツライターとして活躍。主にラグビーについての取材を行なっている。著書に『サンウルブズの挑戦 スーパーラグビー 闘う狼たちの記録』(双葉社)がある

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