特殊部隊経験者のイスラエル新首相 若手指揮官時代の「ダメ」疑惑 | FRIDAYデジタル

特殊部隊経験者のイスラエル新首相 若手指揮官時代の「ダメ」疑惑

ベネット新首相のざんねんな軍歴。現地を見ていた日本人ジャーナリストのレポート

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6月16日、5月以来停戦状態だったガザ地区で、空爆が行われた。イスラエル/パレスチナではなかなか平和は訪れない。そうした紛争が日常的なこの国で、今後のイスラエル政府の指揮をとるのは、13日に就任したばかりのナフタリ・ベネット新首相だ。
特殊部隊に所属していたことのあるイスラエル新首相。その軍歴は輝かしいものとはいえない 写真:AFP/アフロ

ベネットは1972年生まれの49歳で、71歳のベンヤミン・ネタニヤフ前首相から、22歳も若返る。軍人を経てIT企業家となり、その後、2006年にネタニヤフの補佐官として政界に転身。右派政党の党首になるとともに、ネタニヤフ政権で経済相や国防相を歴任した。

ベネット新政権は、反ネタニヤフで連携した8党の連立政権で、中道派から右派、アラブ政党まで含む寄り合い所帯だ。主導したのは議会第2党の中道派政党「イェシュアティド」で、ベネットは第5党の右派政党「ヤミヤ」の党首だが、連立のカギを握る立場だったことで首相の座を得た。首相の任期は4年だが、前半2年をベネットが、後半2年をイェシュアティドのヤイル・ラピド党首が担うことが合意されている。

ベネット新首相は右寄りだったネタニヤフ以上の右派強硬派だが、中道派が主導する連立政権である以上、政策的にはあまり新規の路線にはならないだろうとみられている。イスラエルで連立政権は常だが、これほどの雑多な寄り合いは初めてであり、早期の分裂を予想する声も少なくない。

イスラエルの政治指導者は軍人出身だが

さて、イスラエルは周知のように建国以来、イスラム圏の各国と敵対関係にあり、国民にも兵役を課している。政治指導者は歴代、それぞれ軍人としての実績を持つ人物が多い。

ネタニヤフ前首相も青年期に5年間、特殊部隊「サイェレット·マトカル」に所属して現場指揮官を務めており、対レバノン戦やハイジャック救出作戦など実戦経験が豊富にある。その後、第四次中東戦争でも特殊作戦を指揮した。

もっとも彼の場合は本人の軍歴よりも、サイェレット·マトカルの部隊指揮官で1976年のハイジャック人質奪還作戦(エンテべ空港奇襲作戦)で戦死した国民的英雄のヨナタン·ネタニヤフの実弟というイメージのほうが強い。

では、ベネット新首相の軍歴はどうか?

前述したように軍での経験があるが、年齢が若いので古い政治家ほどはシビアな実戦経験はない。だが、それでもいくつかの戦闘に参加している。兵役からサイェレット·マトカルに配属され、さらに別の特殊部隊「サイェレット·マグラン」でも活動した。計6年間の特殊部隊経験で、その後も何度か予備役として実戦にも参加している。

ベネット新首相、軍人時代の大失態?

ところで、ベネットは経済相時代の2015年、特殊部隊時代に指揮をとったある作戦で大失態をしたとのスキャンダル疑惑が有力紙「イェディオト·アハロノト」やテレビ局「チャンネル10」で報じられ、論争になったことがある。1996年4月にレバノンで起きた「カナの殺戮」と呼ばれる事件のことだ。

この事件は、当時、レバノン南部に潜入していたイスラエル軍の偵察部隊がイスラム系民兵組織「ヒズボラ」の待ち伏せ攻撃に遭い、救援のために本国の部隊に榴弾砲による砲撃を要請。しかしそれが、カナという村にある国連レバノン暫定軍(UNIFIL)のフィジー軍基地を直撃し、そこに避難していた民間人106人を殺害してしまったという事件だった。

1996年4月、イスラエル軍の誤射によって、国連軍基地に避難していた住民106人が殺害された。写真は負傷した住民。筆者はこのとき現地で取材をしていた 撮影:黒井文太郎

イスラエルは、誤射については遺憾の意を表したものの、あくまでヒズボラに反撃した砲撃だったと主張。誤射の原因は、イスラエル軍が古い地図を使ったことなどによるもので、そこが民間人多数が避難していた国連軍施設だったとは認識できていなかったとした。

たしかに同日、カナ基地のすぐ近傍からヒズボラがロケット弾や迫撃砲を発射したことは事実だが、イスラエルが本当に国連軍基地と知らずに誤射したのか、という点では見方が分かれた。

ところが、事件から19年後の2015年、イスラエル議会の総選挙を前に、この問題の責任論が同国内で浮上した。事件当時、その67人の特殊部隊員による潜入偵察作戦を指揮していたのが、「サイェレット·マグラン」の現場指揮官だった若き日のベネットだったからだ。

イスラエル軍に誤爆された国連軍基地。ここに避難していた住民106人が殺害された。1996年4月撮影:黒井文太郎

指揮官としては「ダメ」だった⁉︎

浮上した疑惑は2つあった。1つは、もともとベネットが蛮勇にはやり、上官の許可なく勝手に作戦を変更して配下の1チームを敵陣に深入りさせたことで、ヒズボラ側の待ち伏せ攻撃を呼び、結果的にこのような事態を招いたという指摘だった。

さらに、「砲撃を要請するベネット自身の口調がきわめてヒステリックに混乱しており、そのせいで誤射が誘発された」との匿名の軍高官の証言も報じられた。要するに、現場の指揮官として落第だったというわけだ。

これらの批判に対し、ベネット自身は「その作戦指揮に問題はなかった」と反論した。当時のイスラエル軍の記録でも、ベネットの行動が問題視された形跡はない。そのため論争は水かけ論となり、それ以上は進まなかった。

もちろんベネット本人に落ち度があったか否かは不明である。もしあったとしても20代半ばの若手指揮官時代の話であり、現在の政治的指導力とはまた別の話だ。しかし、ベネットがかつて指揮した作戦が、結果的に100名以上もの民間人が犠牲になる惨劇を引き起こしたのは事実であり、その点では彼の軍歴はあまり輝かしいものとはいえないだろう。

完全に破壊された現場を目撃した

ちなみに、ベネットが指揮した潜入作戦が誘発したこの「カナの殺戮」のことは、筆者は鮮明に覚えている。現場で取材していたからだ。

筆者は当時、エジプトに居住しており、中東各地の紛争を取材していた。その時もレバノン南部の最前線に入り、イスラエル軍の攻撃の様子を追った。カナの誤射現場は事件翌日の早朝に入った。UNIFIL基地の隊舎はすっかり焼け焦げていて、完全に破壊されていた。その基地自体はごく小規模なもので、その狭い場所をイスラエル軍が「たまたま誤射」してしまったとは考えにくかった。

ベネットはこの件の自分の責任については、前述のとおり一切認めていない。イスラエル政府は誤射の責任は認めているが、あくまでも情報取扱いのミスであるとし、「遺憾」の一言で済ませている。現場を取材した者としては、なんともやるせない思いだ。

イスラエル艦艇の砲撃を捉えた1枚。ほぼ一方的な戦いだった 撮影:黒井文太郎

歴代首相の「軍歴」。イスラエルとは、そういう国だ

ところで、前述したとおり、戦闘国家イスラエルでは、ベネットとネタニヤフ以外の歴代首相もそれぞれ軍歴がある。1980年代以降の首相について、政界に転じる前の軍歴を以下に列記してみる。

▽メナヘム・ベギン:建国前の過激派組織「イルグン」司令官

▽イツハク・シャミル:イルグン活動家から最過激派「レヒ」指導者を経て、建国後はモサド工作員

▽シモン・ペレス:イスラエル国防軍の前身の武装組織「ハガナー」将校

▽イツハク・ラビン:ハガナー将校から最終的にはイスラエル国防軍トップの参謀総長へ

▽エフード・バラック:特殊部隊「サイェレット·マトカル」将校から参謀総長へ

▽アリエル・シャロン:ハガナー中隊長、特殊部隊指揮官、機甲師団長、方面軍司令官などを歴任

▽エフード・オルメルト:兵役をゴラニ第13大隊で務めたが、戦場で負傷したため軍内メディアの記者に

こうして見ると、歴代首相は各人ともかなり血生臭い日々を経験していることがわかる。そんな政治指導者ばかりの国は、他にあまりないだろう。

それこそが、イスラエルという「国家」が置かれてきた特殊な状況を表していると言える。

1996年に撮影した、国連レバノン暫定軍の装甲車を先頭に進む車列。この地は今も、戦場だ 撮影:黒井文太郎
  • 取材・文・撮影黒井文太郎写真AFP/アフロ(ベネット首相)

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