松本人志も苦言の「視聴率論」にテレビマンが本気で思うこと | FRIDAYデジタル

松本人志も苦言の「視聴率論」にテレビマンが本気で思うこと

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『キングオブコントの会』の世帯視聴率の低さを報じる記事に対し、「これぞ勉強不足のバカライター」とTwitterで怒りを露わにした松本。コア視聴率がどれだけ重要な指標になっているのかについても語った

松本人志さんがツイッター上で「いつまで世帯視聴率を記事にするんやろう?」と一部記事に苦言を呈した。そして突然、世帯視聴率と個人視聴率の問題に注目が集まっている。

簡単に説明をすれば「世帯視聴率はテレビ番組の成績の指標として時代遅れである」ということだが、なぜ時代遅れなのか? については、なかなかテレビ関係者以外にはピンと来ないのではないだろうか。そこをわかりやすく説明した記事もあまり多くはないように思える。

そこで今回は、長年テレビ番組を制作してきた“裏方”のテレビマンとして、「なぜ世帯視聴率に意味がないのか」ということを、できるだけテレビ制作現場の実感から解説してみたい。これは実は「なぜテレビがつまらなくなり、若者が見なくなったのか」ということと大きく関係する大切な話なのだ。

少し年配のテレビマンと話をすると、ほぼ必ず耳にする言葉がある。「テレビはやはり“お茶の間”で、みんなで楽しんでもらうために存在するのだ」という台詞だ。僕もつい最近、「バブル期には栄華を誇ったが、最近は凋落傾向が著しい某局」のとあるベテランプロデューサーの口からこの言葉が出るのを聞いて「ああ、この局がつまらなくなった原因のひとつは、まだこんな考え方をしているからだな」と呆れたことがある。

そう、世帯視聴率はすなわち「お茶の間」なのだ。おじいちゃん・おばあちゃん・お父さん・お母さんそして子供が一緒に食卓を囲んでテレビを見て笑う昭和レトロの光景だ。

「みんなで見て安心して笑える番組」がお茶の間のテレビには流れていないと見てもらえない。すごく尖った内容だが、おじいちゃんが「なんだこれは?よくわからんな」と怪訝な顔をしたら他のチャンネルに変えられてしまうから、見てもらえない。キスシーンがあってドキドキする恋愛ドラマが流れて、気まずい空気が流れたらおばあちゃんが「他の番組を見ましょうね」とリモコンを手にしてしまう。だから、やっぱり見てもらえない。

これが「昭和・平成時代の世帯視聴率中心のテレビマン」の頭の中にある基本的コンセプトだ。

そう、「世帯視聴率のテレビ制作」は「広く浅く薄く」で「誰からも文句が出ない」ことを目指した“減点評価”のテレビ作りだ。いくら面白い内容でも、この内容だとお年寄り世代がついていけないから1ポイント減点。この内容だと40代の女性が不快に思いそうだから1ポイント減点……「世帯視聴率で高視聴率を取ることで収益になる」構造だと営業サイドからそんな感じで注文がつき、「家族みんなが安心して見てもらえるものを」ということでどんどん内容は無難なものへと変わっていく。コンプライアンス重視の傾向もあって「クレームがつかない無難なものを」という流れはますます加速していった。

そして、ハッと気がつくとテレビの前から若者は誰もいなくなっていた。理由は簡単で、若者にとっては「つまらないから」だ。そしてその頃、インターネット上には若者にとって魅力的で刺激的なコンテンツが溢れ始めていた。YouTubeで人気YouTuber達は「お茶の間で見られるコンテンツを」などということを誰も目指しはしない。そもそも、もはや「お茶の間」などというものは存在しない幻想だからだ。面白いと思ってくれる人だけが、自分のスマホで見てくれればいいし、それだけで結構な再生回数になり収益が得られるからだ。

僕はAbemaTVというネットテレビの立ち上げに関わり、いくつもの番組をプロデュースした。そこで、「これからの番組はみんなに喜んでもらうという発想を捨てて、一部の人に熱烈に喜んでもらえるような内容にしないとダメだ」ということに気がついた。

そこで、自分が手掛けた女性向けの番組で「男子は見なくて結構」というキャッチフレーズを採用して、男性視聴者から猛反発を受けた。「男性をないがしろにしているのか」「逆差別だ」などのクレームの声も上がったが、結果的には多くの女性視聴者に好評を得て、結構な数の男性にも見てもらえる番組に育ち、話題にもなった。

乱暴にいうと個人視聴率の考え方は「わからない人は見なくていい」という考え方だと僕は思う。アベマはこれで成功した。JCやJKしか分からない読モしか出ていない番組もある。多分オトナの視聴者のほとんどには登場人物が誰かすらよく分からない。でもそういうオトナの視聴者には、別に見てもらわなくてもいい。熱狂して見てくれる人がいればいいという「加点評価」の番組作りだ。

オトナの視聴者は初めから「見なくて結構」という番組作りができるから、内容を思い切りJCとJKだけが喜んでくれる方向に振り切って制作ができる。だから中学や高校で話題になり、「見ていないと話題についていけない」ような熱狂的に支持される番組が生まれるのだ。「分からない人は見なくて結構。でも見てくれる人にはめちゃめちゃ深く刺さる番組」なのだ。

そしてこれは番組制作にお金を出す、スポンサー企業にとっても大きな魅力となった。「世帯視聴率が高いことを目指して作った番組」は、誰に届くか分からない。蓋を開けたら見ているのはお年寄りだけかもしれない。

そして誰も熱狂的に番組を見ていない。なんとなく“お茶の間”で、何かをしながらボーッと適当に見ているだけだ。そんなものにお金を払っても「高いスポンサー料だけ取られているが、うちの商品を買ってくれる購買層に少しも響いていないのではないか」という不安ばかりが募る世界。

それに比べてアベマのような世界はスポンサーにとって分かりやすい。見ているのはJCとJKで、それ以外はあまり見ていない。しかも彼女達は熱狂的に見ているとなれば、そこに若い女性向け商品のCMを流せば間違いなく効率的にお客様にメッセージが届く。

だから遅ればせながらも、地上波テレビも世帯視聴率を捨て、個人視聴率になった。いち早く個人視聴率に切り替えたテレビ局は営業的にも好成績を収め、世帯視聴率にこだわり続けたテレビ局は「視聴率は高いが営業成績は絶不調」というおかしな状況になった。これがここ1〜2年の出来事だ。

そして番組制作も大きく個人視聴率向けに変わった。ただまだ各局とも、アベマほどは個人視聴率向けの「わかる人だけ見ればいい」という「加点評価の番組作り」に慣れていない。試行錯誤が続いているのが現状だ。

「若者向けだからとりあえず若者を出せばなんとかなるのではないか」とまずはみんな考えた。だからやたらとYouTuberや東大生、第七世代のお笑い芸人を起用した番組が増えた。そして、ギャラが高くて扱いにくいベテランを少しずつ排除していく流れができた。

しかし、「若者を出せば若者がテレビを見るというほど甘くはない」ということが次第に明らかになりつつあるのが「イマココ」の現状だ。「若いから経験が浅い第七世代は、雛壇ならそこそこ面白いがMCには経験が足りなくてイマイチなのでは?」とか、「YouTuberは自分の動画で好き勝手やっているときは面白いが、存外いろんな人とトークさせたら面白くなかったか?」とか様々な疑問符がテレビマン達の頭の中に浮かびつつある。

「本当に個人視聴率が取れる番組作りってどんなのだ?」「見てくれる若者に深く刺さる番組はどうしたら作れるのか?」という大試行錯誤時代が始まっているのだ。そんな中、「徐々に排除されつつあるベテラン世代」の星でもある松本人志さんが意欲的に取り組んだ「新しいチャレンジの目玉」のひとつがあの『キングオブコントの会』だったのだと僕は思う。

だから、あの怒りのコメントになったのだ。「いつまで世帯視聴率を記事にするんやろう?」という言葉は、分かりやすくいうと「あなたたちはテレビがつまらないままなのを望んでいるのか? 日頃テレビがつまらないという割には、面白くしようというチャレンジを潰しにかかるのはおかしいのではないか?」ということだったのではないかと、テレビマンの僕は解釈しているのだが、いかがだろうか?

  • 鎮目博道/テレビプロデューサー・ライター

    92年テレビ朝日入社。社会部記者として阪神大震災やオウム真理教関連の取材を手がけた後、スーパーJチャンネル、スーパーモーニング、報道ステーションなどのディレクターを経てプロデューサーに。中国・朝鮮半島取材やアメリカ同時多発テロなどを始め海外取材を多く手がける。また、ABEMAのサービス立ち上げに参画「AbemaPrime」、「Wの悲喜劇」などの番組を企画・プロデュース。2019年8月に独立し、放送番組のみならず、多メディアで活動。上智大学文学部新聞学科非常勤講師。公共コミュニケーション学会会員として地域メディアについて学び、顔ハメパネルをライフワークとして研究、記事を執筆している。近著に『アクセス、登録が劇的に増える!「動画制作」プロの仕掛け52』(日本実業出版社)

  • 撮影坂口靖子

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