閉館・ホテルグランドパレス「金大中事件が起きた部屋」の最期
東京・九段下 名門 2212号室 コロナ禍には勝てず、営業休止から一転して閉館に 6月末で開業49年の歴史に終止符
「事件からかなりの時間が経っていまして、当時を知るスタッフは、誰も在籍していません。どなたかを紹介するということもできません」
にべもない答えだった。
6月末で閉館した、東京・九段下にあるホテルグランドパレス。このホテル、’78年のドラフト会議「江川事件」の舞台として知られるが、もうひとつ、国際的事件の現場としても有名である。それは「金大中(キムデジュン)事件」である。
’73年、当時、民主活動家だった元韓国大統領・金大中氏が、このホテルでKCIA(韓国中央情報部)に誘拐されて、連行先のソウルで軟禁された事件だ。その現場は2212号室。金大中氏はこの部屋で会食した後、廊下で拉致された。
閉館前に歴史的な部屋に泊まってみたい。それが筆者の目的だった。ネット予約し、備考欄に「2212号室希望」と書いたら見事に成功。宿泊日は6月27日、閉館の直前だ。筆者は、ベテランのスタッフから当時の話を聞きたいとフロントに事前に電話を入れていた。すると冒頭の答えが返ってきたのだった。
当日、ロビーにはシニア層の人だかりができていた。何のことかと話しかけた。
「今日は宿泊で来られたんですか」
「いえ、カトレアに行きたくてずっと待っているんです」
他の人にも聞いてみたが、ほぼ同じ答え。カトレアはホテルグランドパレス1階にある喫茶店。入り口に満席の札が掲げられていた。どれだけ待つのか。
「10組以上の待ちで、1時間以上は覚悟してください」
ホテルとの別れを惜しむ客でいっぱいだったのだ。筆者は早々にカトレアに入るのを諦めて、チェックインした。
部屋に当時の面影はまったくなく、綺麗に改装されていたが、唯一、壁にかけられた風景画だけが同じで事件の記憶を生々しく伝えていた。部屋では、阪本順治監督の金大中事件を題材にした映画『KT』を流し、スイートルームでの贅沢な夜を過ごした。
ホテルグランドパレスは今後どうなってしまうのか。
「コロナの影響があまりにも長期化してしまいました。今後についてはまったくの白紙です。建物を取り壊すかどうかすら決まっていません。この建物でホテルの再開はないです」(総務課担当者)
また、昭和の記憶が人々から失われていく。
1973年 「金大中事件」
2021年 「営業終了」
『FRIDAY』2021年7月16日号より
- 取材・文・撮影:神田桂一
- 写真:朝日新聞社(金大中事件)