生みたいのだけれど…希望と現実に揺れる「ホームレス妊婦」の悲劇 | FRIDAYデジタル

生みたいのだけれど…希望と現実に揺れる「ホームレス妊婦」の悲劇

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写真はイメージです。本文内の登場人物とは関係ありません(写真:共同通信)
写真はイメージです。本文内の登場人物とは関係ありません(写真:共同通信)

「あなたみたいな人に子どもは育てられるわけがない」

この3月、美波さん(仮名、29歳)は、慌てて駆け込んだ相談会でこんな言葉を投げかけられた。新しい命を授かれば、まずは笑顔の「おめでとう」が聞こえてくるはずのものだが、なぜこんなにも厳しい対応が待ち受けていたのかーー。

その答えは美波さんの「生活力」にあった。

彼女の両親は早くに離婚。父親と兄と生活していたが、トラックの運転手をしていた父親は仕事中に突然死した。それを機に家族が離散し、バラバラに生活することになった兄は自立するよう促した。

そのあと仕事を転々としたが、派遣の契約を切られてアパートの家賃を滞納し、歌舞伎町に行き着いたという。ネットカフェで寝泊まりをつづけて、数年が経っていたようだった。

中絶費用も払えない…

コロナ感染防止対策により、夜の街も大打撃を被った昨年末、インターネットカフェの宿泊料や食費が賄えなくなった美波さんは、新宿区大久保公園で開かれた「年越し支援・コロナ被害相談村」を訪れ、生活保護を申請することになった。

生活困窮した人への支援は複数人でチームを組む。DV被害者を中心に15年以上女性を支援してきた「一般社団法人エープラス」代表理事の吉祥眞佐緒さんと筆者も、美波さんの生活保護申請に同行することになった。

区役所の面談室では、申請のために事情を聴く相談員の問いに対して、美波さんは首を縦や横に振るだけで言葉を発することはなかった。「生活保護はどうしても嫌だ」という彼女の意思表示だったのかもしれない。

その後、生活保護の審査が終わるまで都が指定するホテルに宿泊できることになり、10日分の食費1万円と紙袋一つ分の着替えをもらって区役所を出た。

これで無事に住まいを確保し、2週間ほど待つばかりだと安心していた翌日、吉祥さんから「美波さんがいなくなった」という電話があった。

美波さんは、指定されたホテルに現れなかったという。

食費として渡された1万円は、ピンク色の髪のエクステンションに代わり、生活保護の審査は打ち切られた――。

その美波さんが、3月13日、「女性による女性のための相談会」に姿を見せた。今度は「妊娠しているかもしれない」ということだった。生理が2カ月来ていないという。

吉祥さんと慌てて妊娠検査薬を買いに行き、パチンコ屋のトイレで反応を確認した。美波さんはこの時まだインターネットカフェで生活を続け、路上売春を行い客を取っていた。その話を聞いて、なるべく早く産婦人科で検査を受け、決断することを伝えた。

冒頭の相談員からの言葉にもあるように、美波さんが子どもを育てていく力には疑問符がついた。相談会を出る時には、彼女はどことなく中絶することを決めていたように見えた。

数日後、吉祥さんからの電話で、美波さんが自分で病院を探し診察予約を入れたことを知った。

やればできるんだーー。少しだけ嬉しく思ったと同時に、彼女の生活状況では子どもを育てることなどできるはずもなく、選択肢の狭さがもどかしかった。

美波さんはさらに、「相手の男」と一緒に病院へ行く予定を立てていた。中絶するつもりではあったが、超音波で確認する胎児の影を見て「父性愛」を呼び覚ますことができるとでも思っていたのかもしれない。しかし、そんなことをしたところで、男はビビって逃げるだけだ。軽い冗談として受け流そうとしたが、どこか悲しく、胸がしくしくした。

ところが、翌日の吉祥さんからの一報では、結局、男は待ち合わせの時間に現れなかったという。無理もない。美波さんの意思が固まったかのように思えた。

中絶費用は10万5000円。ひとつの命が失われるには安すぎるように感じる費用も、彼女には到底自己負担できる額ではない。術後一週間は安静を求められるとのことで、その間仕事ができない分の生活費はどうすればいいのか。

美波さんのように生活に追われる女性は、手術費用も捻出できず、なるべく早期に生活費を稼がなければならないため、母体に負担がかからないようにするしかない。

「美波さんは典型的な例。こうして住居もなく、中絶費用どころか生活費も捻出できない中で期限は過ぎ、公衆トイレや茂みの中などで子どもを産み落としてしまう“0日殺人”になってしまうんですよ。美波さんのような女性のための支援策が少なすぎる」

と吉祥さんは憤る。

日本産婦人科医会によれば、12週以内に手術をすれば特段の理由がない限り処置は15分ほどで終わり、入院の必要がない。その期限は、刻々と迫っている――。

2020年9月の厚生労働省の報告によると(「子ども虐待による死亡事例等の検証結果」)、2018年4月からの1年間で子ども虐待によって死亡が確認された64例のうち、0日で遺棄したのは35.2%と最も多かった。背景には、予期していない/計画していない妊娠だったこと、検診や支援を受けられないまま妊娠を継続していたことなどがある。

報告書をまとめた専門委員会は、SNSなどによる相談体制やアウトリーチ型の支援を促すと同時に、若年者や外国人に届くように妊娠・出産などに関する経済的支援等の情報を発信するよう呼びかけている。

昨年末、「年越し支援・コロナ被害相談村」の女性専用の相談コーナー(写真:共同通信)
昨年末、「年越し支援・コロナ被害相談村」の女性専用の相談コーナー(写真:共同通信)

数日後、今度は彼女の仕事仲間から電話があった。美波さんはいったいどうしたいと思っているのか教えてくれ、という。美波さんを呼んで4人で話すことになったが、彼女の仕事仲間が一方的にまくしたてただけで2時間が過ぎた。その間、美波さんが言葉を発することはなかった。

多くを語らない美波さんが泣き出した理由

そのあとの吉祥さんからの電話で美波さんがまだ迷っていることを知り、今度はリプロダクティブ・ヘルス専門(生殖に関する健康と権利)相談員で支援を名乗り出てくれた看護師と3人で再度、話を聞くことにした。

「美波さんはどうしたいの」と聞くと、初めて言葉が返ってきた。

「産みたい」

これまで質問したり意思を確認すると、首を振るか指を差すしかしなかった彼女からの言葉は、重みがあった。ずっとそう思っていたんだよね、という私たちに、美波さんはマスクを取って前歯のない笑顔を見せた。「望まない妊娠」とは、誰の視点から見た表現なのかを改めて考え直した。

ところが…。その数日後また、美波さんと連絡が取れなくなってしまった。

吉祥さんと2人で歌舞伎町を探した。階段にうずくまって男性と話をしている彼女を見つけたので、名前を呼ぶと、美波さんは顔をあげ、声を押し殺して泣いた。

男性は、常連客だった。「こっちも仕事しなくちゃいけないから」と彼女は言った。数日、野宿していたらしい。

その足で3人で不動産屋に行き、アパート契約の手続きを進めるために無料携帯を申請し、翌日に生活保護の申請に行くことを約束した。前祝いに揃ってラーメンをすすっていると、美波さんがポツリと言った。

「今日、ある人に呼び出されているから、一緒に来て欲しい」

同業の女性たちから「世話になった人に紹介料を払い、報告をするように」と責められているという。その人はいつもみんなの世話を焼き、美波さんにもクリニックを紹介してくれたのだとか。

それは親切な人だと素直に喜んでいたら、その「世話になっている人」が男性で、困った時には多少のネットカフェ代や食費を貸してくれる人だということがわかった。

そこには、じわじわと見えてくる「搾取」の構造があった。

繁華街で、性風俗で働く女性たちを束ねて「世話」をする———。「予期せぬ妊娠」によって通常業務が滞る場合には、クリニックを紹介してくれる。中絶費用も負担してくれそうな勢いだ。尋常な関係ではなさそうなことが読み取れた。

そこに搾取の構造があったとしても、家族との関係も絶たれた美波さんにとっては、ここは唯一、彼女が「家」と呼べるコミュニティであり、社会とのつながりである。そこにはそこのルールがあり、リソースがあり、仲間がいる。

歌舞伎町で世話になった人への礼を欠いた彼女は、結果的に路上という仕事場を「追放」され、生活費を稼ぐすべを断たれた。それでも彼女のお腹の鼓動は少しずつ大きくなっていく。

美波さんの出産予定は、くしくも衆議院選挙が予定されている今秋。生活に困窮する女性が、妊娠を断念しても出産を決意しても、孤立せずに生活をつづけられる支援と場所が確保される社会を願わずにはいられない。

コロナ禍で生活に追われた女性たちのために、7月10日、11日と第二東京弁護士会が相談会を実施する。東京都も後援する「女性のための生活、仕事、子育て、なんでも相談会」では、女性の弁護士、労働組合や女性支援団体の女性相談員が対応し、食料品や日用品の配布もある。

  • 取材・文松元千枝

    ジャーナリスト。人権や労働など社会的正義に関する問題を主に取材する。共著に『マスコミ・セクハラ白書』(文藝春秋)、『マンガでわかるブラック企業』(合同出版)など、共同翻訳には『ストする中国』(彩流社)があり、2021年1月に共同翻訳『世界を動かす変革の力——ブラック・ライブズ・マター共同代表からのメッセージ』(明石書店)を出版

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