「マジで消えてほしい」実母を介護放棄で見殺しにした姉妹の本音 | FRIDAYデジタル

「マジで消えてほしい」実母を介護放棄で見殺しにした姉妹の本音

ノンフィクション作家・石井光太が重大事件の深層に迫る。衝撃ルポ 第13回

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介護関連の殺害事件は年間20〜30件ほど起きている。被害者の大半は高齢者だ(画像:吉澤菜穂/アフロ)

世界に類を見ない超高齢化が進む日本において、介護殺人は年間に20~30件ほど起きている。

高齢者に対する虐待の数も増加しており、加害者が親族である場合、その内訳は身体的虐待が66.6%、心理的虐待が41.4%、ネグレクトが20.8%、経済的虐待が20.0%となっている。

日本は、国家予算の歳出総額のうち34.9%(35兆8608億円)という膨大な額を社会福祉に投じている。にもかかわらず、なぜ毎年これだけの要介護者が虐待され、時には家族によって殺害されなければならないのか。

背景には、どの家庭にも起こりえる事情がある。

私は日本で起こる殺人事件の半数以上を占める親族間で起こる殺人事件を『近親殺人―――そばにいたから』にまとめた。本書の中から、介護殺人事件の概要を紹介したい。

事件が起きたのは2014年7月、東京都の郊外にある8階建てのマンションだった。

6階にある3LDKの部屋には、事件当時64歳の母親の富士子(仮名、以下すべて仮名)と、30代の娘二人が暮らしていた。長女の明日香と次女の博美で、二人とも独身の社会人だった。

一家が父親を失ったのは、明日香が中学3年、博美が中学1年の時だった。父親は長らくB型肝炎を患った後に、49歳で他界したのだ。以降、母一人、娘二人で20年ほど生きてきた。

「もう家にいらない!」

近隣住民からは「普通の家族」と思われていたようだが、家族の中には当人たちにしかわからない確執があった。

父親が病死した後、母親の富士子は精神を病んで寝たきりになり、度々自殺をほのめかすようになった。心療内科に通って薬を処方してもらって回復の兆しを見せたものの、体調は常に不安定だった。何週間かアルバイトに行けても、また寝たきりになるということのくり返しだった。

それでも、富士子には女手一つで娘たちを立派にしなければならないという思いが強く、それは娘たちへのスパルタ教育として現れた。

「私はうつ病の治療をしながら働いて、あなたを高校に行かせているのよ! もっと勉強して、一流大学へ行って、大企業に就職しなさい!」

明日香と博美は、母親の期待に応えようと日夜勉強に励んだ。だが、富士子が課すハードルは高く、どれだけ努力しても認めてもらえなかった。テストの点数を見る度、進路面談に行く度、母は口角泡を飛ばして言った。

「こんな成績で努力したって言えるわけがないでしょ! あんたみたいな子は、もう家にいらない。出ていけ!」

連日のように口汚く罵られるため、長女の明日香はだんだんと母親をわずらわしく思うようになる。後の裁判で、明日香はこう述べている。

「母はいら立ちを私だけにぶつけていました。妹にはほとんど何も言わないのに、私にだけ怒鳴ってくる。大声で『あんたなんて産まなければよかった!』とか『目の前から消えて!』みたいな人格を否定するような言い方をするんです。あまりに暴言を吐かれすぎて、私もうつ病みたいになっていました」

明日香の反発心は、反抗期も相まって、憎しみへと変わっていく。両者の間に決定的な亀裂が入ったのは、高校の終わりだった。

冷蔵庫さえ母子で別スペース

ある日、明日香は自室でのんびりとしていた。富士子が怒鳴りつけた。

「汚い部屋! 片づけをしないのなら、これからあんたは自分のことはすべて自分でしなさい。私はあなたのことを一切やらないから!」

その日から、富士子は明日香の食事や洗濯をしなくなったばかりか、言葉も交わそうとしなくなった。家庭内別居同然だった。明日香は高校生の身でありながら、アルバイトで生活費を稼がなければならなかった。

彼女は語る。

「家で私と母はずっと絶縁状態にあって、目も合わせてもらえませんでした。生活費もバラバラにすると言われて、電気代、水道代、ガス代は母が払うのですが、その中から私のつかった分を毎月いくら払えと要求されるんです。冷蔵庫さえ、ここは母と妹のスペース、私だけはこっちのスペースとわけられていました。

母は妹だけに甘い顔をしていました。妹にはご飯をつくるし、洗濯もする。生活費だって全額負担する。私と妹の扱いの差は歴然でした。私は母に対して『もういいや』って気持ちになりました。病気だし、何を言っても聞いてもらえないので、あきらめた方が楽でした」

明日香と博美は、都内の同じ有名大学を卒業後、就職した。

その頃から、母親の富士子は再び体調を悪化させた。病気でふせっていることの方が多くなり、買い物に行くこともままならなくなった。この時も、長女の明日香との関係は悪いままで、家庭内別居状態がつづいていた。

明日香は言う。

「母が体調を壊して横になっていたことは知っていますが、手助けはしませんでした。高校時代からほとんど口をきいてこなかったので、私からはあえてかかわらないことにしていたんです。その代わり、妹の方が母に声を掛けるとか、頼みに応じて買い物をするといったことをしていました。母の世話は妹の役割だったんです」

家の中では、富士子の面倒は次女の博美がみることになっていたのである。

しかし、博美も働いている以上、毎日食事を用意したり、身の回りの世話をしたりすることはできない。そんな時、富士子は空腹に耐えるか、明日香に頭を下げて頼まざるをえなかった。明日香に連絡をする時の富士子は親と思えないほど低姿勢だ。

次は、LINEで買い物を頼んだ時のメッセージである。

富士子〈明日香さんへ お腹がペコペコです。お願いです。何か食べ物を買ってきていただけないでしょうか。〉

〈超うざいわ〉

富士子はこれまで明日香につらく当たったことを自覚していたからこそ、へりくだった言い方をしたのだろう。そんな母親に、明日香は冷たかった。

やがて富士子の体調はさらに悪化する。日によっては、布団から起きてトイレに行くことさえままならなかった。

富士子は娘たちなしでは生きていけなくなった。博美は、頼れることが増えるにつれ、だんだんと富士子を邪険に思うようになる。そして姉とともに悪態をつきはじめた。

たとえば、ある日、富士子が空腹のあまり、冷蔵庫にあった明日香の肉まんを勝手に食べたことがあった。以下は直後の、明日香と博美のやり取りである。

明日香〈富士子が肉まんを食っちゃったみたい、まじ消えてほしいわ。〉

博美〈もう富士子、超うざいわ。今日は中野でご飯食べてくるね。映画も観てきます。〉

明日香〈じゃあ、私も合流するね。本当に家出すればいいんじゃない? 富士子、嫌なことばかりするし。行動からして、それを望んでるみたいだし。〉

富士子が頼れば頼るほど、娘二人は突き放す。

以下は、富士子が空腹に耐えかねて、家にあったヨーグルトを食べたことを博美に報告した時のやりとりだ。

富士子〈博美へ、ヨーグルト食べてしまいました。すみません。〉

博美〈自分のプリンが残っているんですよね。なぜ人のものから食べるんですか。あと、食べてしまいましたという書き方はおかしいと思いますけど。〉

富士子〈プリン、残っていますけど、便秘なのでヨーグルトの方がいいかなと思ったからです。でも、ダメみたいだったので、下剤飲みました。〉

博美〈人が買ってきたものなのに、そういうのは完全に無視するんですね。外に出てもらうんで、もう結構です。〉

富士子〈今日は下剤を飲んだので外へは出られません。〉

博美〈そんなことは知りません。関係ないです。人のもの勝手に食べたんだから出ていってもらいます。当然ですよね。以上。〉

富士子〈トイレに行きたくなると困るのでお願いします。すみません、御願いします。今日は本当に勘弁してください。お願いします。〉

布団や床に染みついたアンモニア臭

ヨーグルトを一つ食べたからといって、家から出て行けとまで言い放つ姿には嗜虐性さえ感じられる。

この間、寝室で寝たきりの富士子は、衣服の洗濯や掃除もやってもらえなくなっていた。寝間着はしみだらけで、布団や床には失禁によるアンモニア臭が染みついていた。体重は30kgくらいまで落ちて、骨と皮だけになっていたと思われる。

後の公判で、博美はこの時の心境を次のように述べた。

「母と直接の会話はありませんでした。和室からLINEで食事がほしいなどと送ってくるくらいです。買ってきた食べ物を枕元に置く時も何もしゃべりませんでした。私が会社から帰宅すると、大体母は布団を首まで被って寝ていたので、弱っているのかどうかはわかりませんでした」

同じマンションで暮らし、リビングは富士子のいる和室と隣接していた。それなのに、富士子の衰弱ぶりや異臭に気がつかないことなんてありえるのだろうか。

LINEの記録を見る限り、二人の証言には疑わしいところもある。以下のようなやり取りが行われているためだ。

明日香〈風呂に入らせないとますます臭くなる一方だよ。〉

博美〈そうなんだけど、たぶん、風呂に入る体力ないんじゃない? 歩けないって言ってるし。〉

言葉の通りなら、二人は富士子が衰弱していることも、悪臭のことも認識していたと言える。

もしこの時点で二人が富士子を病院へ連れて行って治療を受けさせれば、最悪の事態を免れた可能性は高かった。だが、二人は彼女を放置する道を選んだ。

次のメッセージがすべてを物語っている。

博美〈病院行かせたって、今までなんで富士子に食糧を与えなかったのかって言われるのはこっちじゃん。〉

二人は自分たちが介護放棄していることを認識していた。だからこそ、富士子を病院へ連れて行かなかったのだ。

事件が起こるまでの約二週間、博美は一度も食べ物を運んでいない。その理由は甚だ身勝手なものだ。彼女はこう語る。

「部屋に食事を持っていくことはしませんでしたが、放っておいていたわけじゃありません。冷蔵庫には冷凍パスタなんかを置いていました。もし母がお腹が空けば、これらを食べるだろうって思っていたんです」

立ち上がることさえできない富士子が、どうやって冷蔵庫の冷凍パスタを食べられるというのか。

手足が枯れ枝のように……

7月の日曜日、博美は新聞代を請求するため、久々に富士子の寝室に入った。すると、尿だらけの布団に横たわったまま、富士子が息をしておらず、冷たくなっているのに気が付いた。

――死んでる。

会社に行っている明日香に連絡してつたえたところ、救急車を呼ぶようにと言われた。通報より先に姉に電話をしたのは、介護放棄の自覚があったからだろう。

午後6時40分頃、救急隊員が駆け付けた。部屋に足を踏み入れた退院たちは、思わず目を疑った。部屋にはゴミが山のようにたまっており、糞尿のにおいと混じって強烈な悪臭が満ちていたのである。

部屋の中央には、初老の女性が仰向けになって倒れている。目を疑うほど痩せこけて手足は枯れ枝のように細く、体中に床ずれの痕がある。心拍は停止していた。

その後、富士子の遺体は警察署へ搬送され、死体検案が行われた。判明したのは、死因が極度の栄養失調、すなわち餓死であること。153cmの身体に対して、体重はわずか23kgしかなく、脳の海馬まで委縮していた。

事件から3年後の2017年の終わり、東京地裁で明日香と博美の公判が行われた。公判で、二人はそろって故意の介護放棄ではなかったと主張した。

明日香の言い分である。

「私は高校時代から母親と仲が悪かったので、社会人になってからもその関係は同じでした。食事の世話など身の回りのことは、全部妹がやっていると思っていました」

一方、博美はこう語る。

「私は途中までご飯はあげていました。6月の下旬以降は食べ物が傷んでしまうと思って冷蔵庫に入れるようにしていました。食べていると思っていたので、栄養不良になるとかそういうことは考えてもいませんでした」

マンションで本当のところ何があったのか、母親は娘に対して何を思っていたのか。そして二人の言い分は本当に正しかったのか。事件の詳細については、『近親殺人――そばにいたから』を読んでいただきたい。

裁判官は、保護責任者遺棄致死罪は認めつつ、餓死を予期できたと言えるだけの証拠はないとして、次の判決を言い渡した。

――懲役3年、執行猶予5年。

娘二人は実刑を免れ、再びマンションでの生活をスタートさせた。

  • 取材・文石井光太

    77年、東京都生まれ。ノンフィクション作家。日本大学芸術学部卒業。国内外の文化、歴史、医療などをテーマに取材、執筆活動を行っている。著書に『「鬼畜」の家ーーわが子を殺す親たち』『43回の殺意 川崎中1男子生徒殺害事件の深層』『絶対貧困』『レンタルチャイルド』『浮浪児1945-』などがある。

  • 写真吉澤菜穂/アフロ

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