東京五輪のエース・堂安律の野望「五輪で恩返しがしたいんです」 | FRIDAYデジタル

東京五輪のエース・堂安律の野望「五輪で恩返しがしたいんです」

  • Facebook シェアボタン
  • Twitter シェアボタン
  • LINE シェアボタン
  • はてなブックマーク シェアボタン
エースナンバーを背負う堂安律(写真:アフロ)

来たる東京五輪で、サッカー日本代表のエースナンバー10を託された堂安律。
チームの主軸としての働きを期待される彼は、遊び心溢れる攻撃的なプレーと、歯に衣着せぬ強気な物言いが魅力的な今後の日本を担っていく若手だ。FRIDAYデジタルのインタビューに応じた堂安はこう明かす。

五輪に反対する意見にも納得できるからこそ…

「東京での開催が決まった15歳の時からずっとオリンピックを思っているので、思いは強いです。ただ一つ伝えるべきなのは、コロナ禍において、こうして環境を与えていただいた。オリンピックは多くのみなさんが協力の上で成り立っているので、人一倍、国民のみなさんに恩返ししたいという気持ちがあるということです」

強い決意を口にする一方で、五輪開催だけが正しいと思っているわけではない。

「いろんな意見を日本ではニュースで目にします。オリンピックに反対する意見にも、もちろん納得はできるんです。納得できるからこそ、アスリートとして結果で示さないといけないなと思っています」

現在、新型コロナウイルスの新規感染者に再び上昇傾向が見られるため、大会開幕まで20日を切ってもなお、観客数さえ決まらない。五輪の開催自体は内定していても、SNSを見れば「中止せよ」「延期せよ」といった反対派の声はまだまだ収まらない。厳しい世論の中、多くのアスリートが口をつむいだのとは対照的に、堂安は「開催してほしい」と潔く意思を表明してきた数少ない選手の一人だ。

いちアスリートとしては、五輪で結果を出すことは目的であり手段だ。

「(五輪は)次へのステップになると思います。五輪で良いスタートを切れれば、そこからつながって、本当に申し分ない来シーズンへのいいスタートが切れると思うので。しっかり頑張りたいです」

常に「変化したい」「成長したい」と貪欲な堂安は、五輪が開催されなかった2020年夏、オランダのPSVからドイツのビーレフェルトに移籍した。常に優勝争いをする世界的な名門クラブから、1部に昇格して来たばかりの小さなローカルクラブへの移籍は、オランダやドイツでも話題になった。周囲はこの移籍をリスクありと見たが、移籍を選択した。

PSVで過ごしたのは2019年夏からの1シーズンだけだったが、出場機会が思ったように得られず苦しんだ。堂安としては状況打破を、ビーレフェルトとしては確実にチームを1部に残留させる助っ人を望んでいた。両者の思惑は見事に合致し、2020年夏からのシーズンはブンデスリーガ全34試合に出場(うち33試合に先発)、5得点3アシストという結果でチームを見事に残留に導いた。

「助っ人として呼ばれたクラブで、大事なところで得点もとれましたし、残留もさせられましたし、自分としてはよかったかなと思います」

だが常にリーグ下位でいるということは、勝利から見放される日々が続くということ。ビーレフェルトがあげた勝利はわずかに9回だけだった。だが、勝てない日々が続くこと自体が堂安にとっては新鮮であり、周囲の言動は学びにもなった。

「1部で戦えることの喜びをだれよりも感じているチームでした。もちろん負けた時に落ち込むことはありましたけど、『そもそも俺らが勝つなんて誰も期待してないよ』『いいじゃん次勝てたら』くらいなメンタリティでした。悲壮感もなくて、負けた次の日の練習でもケロっとしていました。僕としては残留争いの経験がなかったので、彼らのメンタリティは逆に刺激的で参考になりました」

5月22日、今季のブンデスリーガ最終戦で、堂安律はチームの残留を決定づけるゴールを決めた(写真:アフロ)

「最高に満足する結果はこの先もない」

堂安は、ガンバ大阪の下部組織で中学時代から育ち、高校2年になった2015シーズンにJリーグデビュー。2017年にはオランダ1部の中堅フローニンゲンに移籍し2シーズンを過ごしたのち、2019年にPSVへと順調に歩んで来た。ビーレフェルト以前の所属クラブは、常にそれぞれのリーグで中位から上位のクラブだった。

「もちろん優勝争いするのが理想ですけど、残留をするチームでのプレーはキャリアのなかで一つくらいあってよかったなと思います」

エリート的なキャリアにすこしワイルドな経験が加わった、というような捉え方だろうか。

一方で、自身の5得点3アシストは悪くはないが決して目立つ数字ではない。
もっとも、好プレーは見せており上位チームで、もっとチャンスが創出される中でプレーすればもっと数字を上げられた可能性があるのではないかと思わせる。

「チーム次第でもっと取れただろうと言って頂くこともありますけど、僕の能力がただ単にシーズン5点だっただけ。おそらく違うチームにいても僕は5点だったと思います。チームのせいではないし、まわりにいい選手がいたらとは全く考えません」

周囲の問題ではない。だが、自身への不満は常に残る。

「自分への不満はあります。でも、仮に10点取っていても満足できてないと思います。最高に満足する結果というのはこの先もないと僕は思っているんです。
満足しちゃだめですよね、現役中に。満足したら成長が止まるという気がします。なにより、ハングリーさが、貪欲さが僕の売りだとは思っているのでそれがなくなったときは、終わりだと思います」

コロナ禍と東京五輪が1年間延期されたことはアスリートの心身に影響を与えた。この間に引退を余儀なくされた選手もいれば、逆にチャンスを掴んだ選手もいる。堂安の場合はPSVでくすぶっていた直後の昨夏に比べ、ビーレフェルトで試合を重ねた分だけ、良い状態で大会に入ることができそうだ。

「もちろんコンディション的には今の方がいいと思いますけど、去年オリンピックがあればあったで、自信はありました」

強気で自信たっぷりに言い切り、目標をあらためて口にする。

「チームとしては、金メダルをとること。個人としては、金メダルに一番貢献した選手だったねと言われたいですね」

サッカー選手にとって、五輪での活躍は目標であると同時に、次の扉を開く鍵でもある。多くの有望な若手が集まる五輪は、スカウトの注目が集まる大会でもある。堂安はビーレフェルトを退団するとすでに発表されており、五輪にはレンタル元のPSVの選手として出場する。だが、堂安自身はドイツでプレーすることを望んでおり、五輪での活躍が期待される。

東京で躍動する背番号10を見られる日は、まもなくやってくる。

堂安律(右)と久保建英(左)。この2人が目立つ大会になりそうだ(写真:アフロ)
  • 取材・文了戒美子

    1975年、埼玉県生まれ。日本女子大学文学部史学科卒。01年よりサッカーの取材を開始し、03年ワールドユース(現・U-20W杯)UAE大会取材をきっかけにライターに転身。サッカーW杯4大会、夏季オリンピック3大会を現地取材。11年3月11日からドイツ・デュッセルドルフ在住

Photo Gallary3

Photo Selection

あなたへのおすすめ記事を写真から

関連記事