『全裸監督』の監督が明かす「あのキワどいシーンの舞台裏」 | FRIDAYデジタル

『全裸監督』の監督が明かす「あのキワどいシーンの舞台裏」

武正晴監督 スペシャルロングインタビュー〈後編〉

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2019年にシーズン1が配信されるや否や、多くの反響と様々な議論を呼び起こしたNetflixオリジナルシリーズ『全裸監督』。実在のAV監督・村西とおるの波乱万丈の半生をまとめたノンフィクション『全裸監督 村西とおる伝』(太田出版)をベースに、虚実を織り交ぜながら80年代のアダルト業界を描いた。

2021年6月24日には完結編となるシーズン2(全8話)が配信開始され、Netflixの国内の総合TOPで1位になるなど、旋風を巻き起こしている。

Netflixオリジナルシリーズ『全裸監督 シーズン2』より

FRIDAYデジタルでは、総監督を務めた武正晴氏に単独インタビュー。

新人時代に監督が経験した超過激な現場や、ラストシーンの誕生秘話、恒松祐里・笠松将・村上虹郎らキャスト陣にまつわるエピソードなど、スペシャルロングインタビューをお楽しみいただきたい(本編のネタバレあり)。

いけないものを観るような気持ちで映画館に行っていた

――2019年の『全裸監督』シーズン1から、約2年。武監督がこのプロジェクトに参加されたのは、2018年からと伺いました。シーズン2が配信された今のお気持ちを改めて聞かせてください。

武正晴監督(以下、武監督)作る側としては、「こういったものが続いていけばいいな、そのためにはどう生きて行けばいいのかな?」と考えています。盛り上がっているときにさあ次、次と続けていくことが必要で、この流れが続けばスタッフや若い映像作家たちにとってもチャレンジできる場が増えるわけですから。ただ、こういう題材はゴロゴロ転がっていないからさてどうするか、という感じですね今は。

Netflixオリジナルシリーズ『全裸監督』シーズン1・2の総監督を務めた武正晴氏

武監督:『全裸監督』というのは、怖いもの見たさじゃないけどこの題材がやっぱりウケているんだと思うんです。

いまやテレビドラマは、自分たちの身の回りの話を掘っていくものが主流になりつつありますよね。それだけじゃ足りない人たちに、エロやバイオレンスを映画が担保していた。僕らが若いときはいけないものを観るような気持ちで映画館に行っていたし、大人から「映画館になんか行っちゃいけない」と言われていた。ただ、だんだん映画が人気になっていくにつれて、そういった扱いは薄れていったんです。

でもいまは、あの頃にちょっと戻りつつある気がする。やっぱり人間の社会っていうのは、そんなに褒められたものじゃないじゃないですか。それをよくしようと宗教が出てきたり、娯楽や道徳が生まれたと思うんですが、たとえば部活でスパルタがダメだ、会社でも大声を出さずに行こうという社会になりつつある中で、こういった作品を観ることでバランスを取っているところがあるんじゃないかと感じます。

『全裸監督 シーズン2』より

――なるほど……。それが抑圧からの解放というか、怖いもの見たさにつながってくる。

武監督:もちろん僕たちはバランスを取って、どう面白く作っていくかは考えますが、結果として『全裸監督』がウケているのにはそういった側面があると思います。怒っている人もいっぱいいますけどね。でも、それでいいじゃないかと思います。

僕らの仕事は、人々を喜ばせることにもあるけど、怒らせることにもある。たとえば政治や社会に対して「ダメだろ」って言ったり、酷いことをして生きている人たちを糾弾して笑い飛ばしてみたり……。どこか反省を促す側面もあるし、それによって「ふざけるな!」「訴えるぞ!」みたいなことになるのも仕事の一部かもしれません。もしくは、ぼんやり生きていた人たちが「こんなもの作りやがって!」と熱くなるきっかけを作る。

そういうのって、映画や演劇を作ったり、歌や文章を書いたりすることの本質だと思うんです。なんとなく生きている人たちが、面白がったり腹立たしくなることを助長する仕事を我々はしている。ところが、いつしか「そういうことはしなくていい」という動きが出てきて、でもそんなこと言われたってこれが僕らの仕事なんだから、という想いはあります。

――武監督は映画以外ですと、NetflixやWOWOWドラマ、ABEMAといった有料の、かつ攻めた表現が可能なプラットフォームで作品作りを行っているかと思います。こだわりなのでしょうか。

武監督:ああいや、僕はそのあたりは全然わからないんですよ。だってパソコンすら持っていないんだもの(笑)。

さっきも言ったように僕は作る側の人間だから、あまり気にしてはいませんね。昔は今より選択肢も多くなかったから映画館がもっと身近で、「映画館に行けば何かが観られる」というシンプルな時代だった。僕みたいに古いタイプの人間は、様々なプラットフォームがあふれている現状をややこしいなと思うところもあります。

ただ、大事なのは若い世代の人がフラッと観られる状況を作ること。作り手としては、いままでやったことのなかった「配信でどう連続ドラマを成立させるか」は面白かったですね。Netflixの作品をたくさん見せてもらったら確かに面白くて、「次から次へと観たくなる仕掛けをきっちりやっているな」と勉強にもなりました。

「よし、いまから捕まりに行くぞ」

――最後のシーンで、村上虹郎さん演じる撮影スタッフが、村西(山田)に感化されて創作に取りつかれる、その予兆が感じられたのが素晴らしかったです。次世代への継承というか。

武監督:「君は将来監督になりたいのか? もしなりたいなら、君に足りないものが一つありますよ。それはね、前科の数です」というセリフの部分ですね。あれは、僕が実際に言われたことでもあります。

僕自身、80年代にこの業界に入ったときに、絶対に監督になんかなれないと思ったんです。前科持ちでインテリで怪物みたいな人たちばっかりでしたから。勉強ができて、犯罪者になり得るような危険性もあって……。映画の仕事がなかったら何しでかすかわからないキワッキワの連中が、「映画会社」という手綱を付けられて監督をやっていたんですよ。「前科の数が足りない」とか言われたら、敵わねぇなぁって思いますもん(笑)。

良いとか悪いとかじゃなくて、「ものを作る世界に足を突っ込んだんならこれくらいやれよ」って普通に言ってくる奴らがうようよいました。『全裸監督 シーズン2』の最後に登場する渋谷のゲリラ撮影なんて、何回も経験させられましたからね。「よし、いまから捕まりに行くぞ」みたいな感じで大人たちが平気で出ていくのを、「マジすか……」って言いながらついていく。そんな状態でした。

いま言ってくれたように、(村上)虹郎くんがやった役も、監督としてカメラを構える快感に目覚めるし、そうやってバトンが繋がっていく。『全裸監督』の現場をやった若いスタッフたちが、自分がメインになったときにそういう気持ちになってくれたら嬉しいですね。

――武監督の実体験も含まれたシーンだったのですね。より、次代へのバトンというメッセージが強くなりますね。

武監督:渋谷じゃないけど、原宿で僕も捕まったんですよ。竹下通りにクレーンカメラ入れたいとか撮影監督が言いだして……。現場に戻ったら、「おっ、お疲れ」みたいなことを言われて(苦笑)。そんな思い出ばっかりです。

今回の渋谷のシーンは、栃木県足利市に建てたセット(『唐人街探偵 東京MISSION』の撮影で設営され、『サイレント・トーキョー』や『今際の国のアリス』でも使用された)で撮っているんですが、スタッフのみんなに言ったのは「堂々と撮らないようにしよう」ということ。

「本当のセンター街で撮っている気持ちで、『警察がいまにも来るかもしれない』とコソコソビビりながら撮ろう」と伝えたらみんなが乗ってくれました。たとえば車がどこから来ても関係ねぇ!みたいな感じでアングルとかも決めるのではなく、いつでも撤収できるような感覚で撮影していたんです。そうすると、不思議なものでどんどんそういう気持ちになっていくんですよ。「こんなことしちゃいかん」みたいな気になってくるというか……。

――『全裸監督』を拝見していて、「時代のにおい」をどう纏わせていったのか気になっていたのですが、いまのお話を聞いて腑に落ちました。

『全裸監督 シーズン2』より

「俺なにしてるんだろうな」と思いながら撮っていた映像が、こういう形で生きてくるとは

――ただ「渋谷から当時の面影が消えていっている」とも話していましたよね。ロケ場所探しがなかなか苦労されたとお聞きしました。

武監督:自分が実際に渋谷に行って、「この路地は昔から変わっていないから撮りたい」とか「渋谷道頓堀劇場でも撮りたい」とか、「歌舞伎町の風林会館で撮りたい」とか、そういったことを詰めていきましたね。テレビドラマにもそういう要素があるかもしれないけど、映画というのはいわば「街の記録」でもあるじゃないですか。昔の映画を観ていると、当時の街ってこういう感じだったんだというのがわかる。今回は、それを渋谷で出来る最後のチャンスだと思っていました。

オリンピックに伴う再開発で、当時の渋谷はもう跡形もなくなってきている。そこから取り残された路地だったり、かつて自分が歩いていた場所やアルバイトしていたところ、そうした何でもないような場所をなるべく収めようとしました。

暇があっても金がなかった当時の僕らが何をしていたかというと、とにかく散歩。渋谷もそうだし、歌舞伎町でぼうっと座って人間観察をしていました。ただ、夜中の歌舞伎町にいるとすぐ警察に職務質問されちゃうんですが(笑)。今回も撮影しながら、当時を思い出していましたね。「あの頃はこのあたりにすごく怖い台湾マフィアがいたな」とか……。

――時代感でいうと、最終話で落ちぶれた村西が地下道で座っている、そのバックには『バックドラフト』と『羊たちの沈黙』のポスターが飾られている、という画にも痺れました。映画で時代を伝えつつ、没落具合を明確に見せる。これも「コントラスト」ですよね。

武監督:いまはもうまるで変わっちゃったけど、新宿のあの小汚い地下道でいつも歌っているものすごい迫力のストリートミュージシャンがいたんですよね。僕らは「ジャニス・ジョプリン」ってあだ名をつけていたんですが、いまも高円寺で歌っている方です。

若いころ、なぜかクリスマスにストリートミュージシャンを撮影するドキュメンタリー番組をやらされて、あの地下道にも行ったんですよ。深夜帯に流したものなんですが、それを『全裸監督』の助監督が見つけてきてくれたんです。

――凄い!

武監督:それで久々に見返して、『全裸監督 シーズン2』の該当のシーンが生まれました。あそこからはいつも映画の看板がドカンと見えていたんですよね。当時はみんなが立小便するから臭くてね……。ホームレスもいっぱい寝ている中で、たった一人で歌っているその女性がカッコよくて、その人の歌声が聞こえる中でシーンが展開したら面白いのではないかと思ってああいった構成になったんです。

それにしても、「クリスマスの日に俺なにしてるんだろうな」と思いながら撮っていた映像が、こういう形で生きてくるとは(笑)。

ものづくりってやっぱり「記憶の再構築」みたいなところがあって、人間の記憶の中にある一瞬を再現するためにああでもない、こうでもないと言いながらスタッフみんなで力を合わせるんですよね。スタッフみんなの一生懸命さで、この作品は出来上がったと思っています。よく頑張ってくれました。

40年前・50年前でもカッコいいものはカッコいい

――今回から参加された恒松祐里さんには、『イヴの総て』を薦めたと聞きました。役者に過去作品を見せてサポートするのは、武監督の方法論のひとつなのでしょうか?

武監督:言葉で言うより、観るほうが早いし楽じゃないですか。そのほうがつかめる部分もあるし、『イヴの総て』のような名作であれば、万国共通で「All About Eve」と言うだけで「ああ、そういう物語ね」とわかる。シナリオ作りでも、「『イヴの総て』でいいんじゃないの」ということは言いましたね。

僕自身も、様々な昔の作品を教科書、参考書として盗めるものは盗んでいるし、言ったらもう「パクりまくり」ですよ(笑)。映画の歴史は120年以上あるから、やっていない表現というのはもうないんですよね。僕自身も「今回の作品では、この映画の要素を使おう」と虎視眈々と狙っているところがあります。

実際取り組んでみると「当時の制作体制で良くできたな」と思うことも多い。自分自身ももっと上手くなりたい、良い表現をできるようにしたいという気持ちはあるので、ちょっとでも先人たちに追いつきたいと思っているのもあります。

『全裸監督 シーズン2』より

――恒松さんや先ほどの村上さんもそうですが、ヤクザを演じた笠松将さんといったその時代に生まれていないであろう方々が劇中で“時代の空気”を醸し出していくのも印象的でした。

武監督:彼らは、すごく映画が好きなんですよ。若者と年寄りの共通言語といったら音楽・映画・文学ですが、僕らにとってはそれが映画だった。

たとえば笠松くんだったら、たとえ観てなくても「アラン・ドロンがパーマをかけた映画(『友よ静かに死ね』)があってね」というと「なんすかそれ!」と食いついてくる。それで写真を見せてあげると、もっと興味を持ってくれて。若い役者たちの憧れや興味をどう引き出していくかは、やっぱり映画のスタイルなんですよね。40年前・50年前でもカッコいいものはカッコいい。

――本作での笠松さんのヘアスタイルは、アラン・ドロンオマージュだったのですね!

武監督:そうなんです。虹郎くんなんかもう、昔の映画の話をしたら止まらないですし、山田さんをはじめ『全裸監督』のメインのキャストはみんなそういうことに興味を持ってくれる。知らない時代を面白がって、いまの自分たちの生一杯で表現に変えてくれるんです。僕がただやったら懐古主義になっちゃうところを、ちゃんと“いま”にしてくれるんですよね。

僕自身も、「懐かしいなぁ」じゃなくて「これってイケてるだろ?」って提示して、いまを生きている人たちが「いいっすね!」ってなるものをチョイスして提示しなきゃいけないから、刺激を受けますね。ただ古いものを懐かしむんじゃなくて、取捨選択をして次の世代に渡していく。

やっぱり、いま観ても良いものだけが残っていくんだと思うんですよ。『全裸監督』だって10年経ったら捨てられるかもしれないし、そうならないようにあがいていきたいと思います。


約1時間にわたり、ノンストップで話し続けてくれた武監督。取材開始前には、SNSにはびこる誹謗中傷への危機意識や「映画の批評家ではなく感想家があふれている」というような鋭い指摘を披露するひとコマも。

既に次作に向けて動き出しているという彼が、今度はどんなセンセーショナルな作品をひっさげて帰還し、我々の“生の実感”を引きずり出してくれるのか。楽しみに待ちたいところだ。

武監督スペシャルロングインタビュー 前編はコチラ

  • 取材・文SYO

    映画ライター。1987年福井県生。東京学芸大学にて映像・演劇表現について学ぶ。大学卒業後、映画雑誌の編集プロダクション勤務を経て映画ライターへ。現在まで、インタビュー、レビュー記事、ニュース記事、コラム、イベントレポート、推薦コメント等幅広く手がける。

  • 撮影田中祐介

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