「人災」との声も…静岡・熱海土石流災害 人が、町が消えた
現地ルポ 土石流の起点には造成のための盛り土があり「人災」との声も 「目の前で家が流れていった」「悲鳴を最後に電話が切れた」
「朝9時半頃、頭のすぐ上を飛行機がかすめるような轟音がしたのです。かなりの雨が降っていたので、『なんでこんなに飛行機の音がするんだろう』と思いました。しばらくすると『ガラゴロドシン』といままで聞いたことがない音を立てながら、山のほうからものすごい量の土や泥のかたまりが『ドドドドド』と迫ってきたのです」
そう語るのは、土石流の発生現場付近に家があった50代男性だ。
7月3日に静岡県熱海市の伊豆山(いずさん)地区で発生した土石流災害は瞬(またた)く間に、多くの人や家を飲み込んだ。現場はJR熱海駅の北1.5㎞ほどの場所にあり、旅館やホテル以外にも多くの商店や民家が立ち並んでいた。そこに土石流が全長約2㎞にわたって押し寄せた。7月6日時点で死者7名、安否不明者27名。被害を受けた家屋は約130棟にのぼる。
土石流は1度だけでなく、第2波、第3波と次々押し寄せたという。前出・50代男性が語る。
「第1波が終わったあと、周りの家の人たちと外に出て『早く避難しよう』と話している最中に、第2波が来ました。土石流が目の前に迫っているのに、みんな転んでしまったりして、うまく逃げられない。現実が受け止められないのか、その場から動けない人もいました。私はなんとか土石流がやってくる方向とは反対の海岸のほうに『早く避難しろ!』と叫びながら逃げました。
そうしたら、今度は第3波が来たのです。山の中腹あたりにある『丸越酒店』という店のあたりには大きな民家が何軒もあったのですが、『ゴーッ!』と音がして土石流が来ると、大きな家がおもちゃのようにゴロンゴロンと転がりながら、目の前で流されていきました。家だけではありません。まさか知っている人間が目の前で流されていく光景を見ることになるとは思いませんでした。見ているだけで何もできない。本当に辛かったです」
伊豆山地区には高齢者も多く、すぐに逃げ出せなかった人も少なくなかった。安否不明者の一人である太田洋子さん(72)の甥(おい)が語る。
「伯母の家のすぐ上に住んでいた近所の方が、土石流が流れてくるのを見て、すぐに電話をしてくれたそうなのです。伯母は『音がギシギシいって怖い。台所から動けない』と話した。それでも近所の方が『逃げろ!』と説得していると『キャー!』と悲鳴が聞こえたあと、電話が切れて何も聞こえなくなったそうです」
謎の臭いがする土
映画『静かなるドン ザ・ムービー』などに出演している俳優の伊達直斗さん(55)。伊豆山地区の出身であり、現在も現場から徒歩数分の場所に自宅がある。半世紀以上住んできた故郷が変わり果てた姿となり、言葉を失った。
「丸越酒店は私が若い頃は店内がいわゆる『角打(かくう)ち』のようになっていて、お酒が飲めたんです。なので、近所のオヤジたちがよくそこで飲んだくれていました。最近の丸越酒店は高齢者の集会所のようになっていましたが、そんなところも好きでした。伊豆山には丸越酒店以外にも、昔からの商店や古い家がけっこう残っていたんです。それが、一瞬で土砂に飲まれてしまった。まだ心の整理がつかず、言葉になりません」
幸い、伊達さんの自宅は被害は受けず、家族も無事だった。しかし、安否不明者のなかには顔見知りの人も多くいる。
今回の土石流には「人災」という声もあがっている。土石流の起点となったのは伊豆山の標高約400m付近の地点。この場所には神奈川県小田原市の不動産管理会社によって、宅地造成のために盛り土が行われていた。この盛り土が崩壊したことで、土石流の被害が甚大化した可能性が指摘されているのだ。
「あの場所には多い時には一日20台ほどのトラックが土を運び込んでいて、住民同士で『いつかあの土が落ちてくるんじゃないか』と心配していた。土石流が起きた際、ヘドロのような異臭がしました。そんな臭いがする土はこのあたりにはありません。県や市には、きちんと調査してほしいと思っています」(近隣住民)
静岡県広聴広報課に盛り土と土石流の関係について聞くと、「現在、災害対応中のため、『調査中』という以上の回答ができない状況です」との答えだった。
生存率が急激に下がる「発生から72時間」が経過し、今後も被害者数が増える可能性は高い。この未曾有の災害の原因究明は徹底して行われなくてはならない。
『FRIDAY』2021年7月23日号より
- 写真:時事通信社(1枚目)
- 撮影:濱﨑慎治、幸多潤平(4枚目)、結束武郎(5枚目)