南ア「暴動」とキューバ「デモ」似て非なるそれぞれの事情
大規模な抗議行動が起きた2つの国で、人々はなにを求めているのか〜黒井文太郎レポート
今、2つの国で大規模なデモが起きている。南アフリカとキューバだ。南アでは、暴動に発展して、ショッピングセンターなどでの略奪行為も拡大している。死亡者もでている。
この2か国のデモは、どちらもコロナ禍による経済低迷を背景とした「一般庶民の不満爆発」という共通点はある。が、それ以上に、両国ともに社会の根底に潜んでいた問題が顕在化したという側面を持っている。一見同じに見える「コロナ禍の暴動」だが、その深層は、当然ながらそれぞれに国の事情による。
南アが抱える問題の根底には暴力の蔓延と失業が
南アフリカの状況をみてみよう。
引き金は、6月29日にズマ前大統領に禁固刑が確定し、7月7日に自ら出頭して収監されたことだった。彼は在任中の汚職容疑で調査委員会への出席を求められていたが拒否していたため、法廷侮辱罪での有罪判決だった。
すると、ズマ前大統領の支持者が反発し、抗議デモが発生。それが10日から放火などの破壊行為に発展し、さらにそれに乗じて略奪行為が拡大した。13日までに600以上の店舗で、数十億ランド(1ランド=約7.5円)が略奪されたとみられる。
南ア政府は7月12日、軍の派遣に踏み切ったが、暴動・略奪は一向に収まらない。13日までに死者は72人、逮捕者は1234人となっている。死者の多くは、略奪にともなう争いで亡くなったとみられる。
この暴動の最大の要因は、ズマ前大統領とラマポーザ現大統領の対立だ。
両者とも同じ政権与党「ANC」(アフリカ民族会議)の幹部として大統領に上りつめた人物だが、ラマポーザ大統領はズマ政権時代に汚職に関与したズマ派の政権幹部の追放を進めており、ズマ前大統領の支持者は反感を募らせていた。
また、彼はそれまでANCでは傍流だった最大部族のズールー人で、同胞に支持者が多い(
なお、今回の暴動では、ズマ前大統領派の元治安当局者がそれを扇動したとの疑惑が出ており、すでに当局が調査に乗り出している。また、SNSでのフェイク情報による扇動も多く確認されているが、これは近年世界各地でデモが暴徒化する際にしばしば見られる現象である。
ただし、ラマポーザ政権への批判の動きから、今回、きわめて早い段階で大規模な略奪に至ったのは、それだけが原因ではない。住民の生活の苦しさもある。
たとえば貧困層の失業率はもともと高かったが、コロナ禍でそれが拡大しており、2021年第1四半期(1~3月)の失業者は約720万人。失業率は過去最高の32.6%となっている。なかでも若者の失業率は高く、15~24歳の失業率も過去最高の63.3%に達している。
こうした貧困層の拡大に加え、治安の問題もある。今回、暴動・略奪が最初に発生したのは前述したようにクワズールー・ナタール州だが、同州では80年代半ば以降、ズールー人の政党「インカタ自由党」(IFP)とANCとの抗争が長く続き、武装した暴力集団による凄惨な殺人事件が多発してきた。2011年以降はIFPから分派した「国民自由党」(NFP)も含め、政治的暴力と関連の犯罪が頻発する土地になっている。
ヨハネスブルグでもズールー人の出稼ぎ者とANC支持者の武装グループとの衝突があったが、それに加えて、もともと治安が悪い。2010年のサッカーのワールドカップ南アフリカ大会の際に「ヨハネスブルグは危険」と話題になったように、同地は犯罪多発地として世界的にも知られていた。
そうした治安上の問題に、コロナ禍で拡大した経済的不満がシンクロし、今回の政治的対立を機会に、火事場泥棒的な大規模な略奪に至ったといえる。
もっとも、今回の暴動でズマ前大統領派が政治的に勢力を巻き返す見込みはなく、南アの国内政治に大きな影響はないだろう。混乱に便乗した略奪も、いずれは収束する。しかし、その収束まで長引けば、略奪現場での争いが激化し、さらに多くの人命が失われることになりかねない。
「革命の国」警察国家キューバでは
キューバでのデモは、騒乱の規模は南アフリカほどではないものの、南アでの暴動・略奪よりも、政治的にきわめて大きな意味を持つ。
同国はキューバ共産党による一党独裁国家で、強力な公安機関・秘密警察により、人々の言論の自由がもう60年以上にわたって抑圧され続けてきた。
社会主義体制のため、国連統計(2019年)で名目GDP(国内総生産)が世界63位、1人あたりのGDPは90位と中南米・カリブ海域でも貧国だが、政府に批判的な言動は許されない。政治犯の家族、あるいは性的マイノリティによる小規模な集会はあったが、やはり当局に抑圧された。キューバは音楽や観光などで日本にも根強いファンが多いが、政権はきわめて強権的なのだ。
そんな国で公然とデモが発生したのは、7月11日のことだ。
キューバでは新型コロナの感染が拡大しており、国内の経済に大きなダメージとなっている。貴重な外貨収入源だった外国人観光客も激減。インフレ率は500%を超え、停電や深刻な物資不足に陥っていた。人々は食料を買うのに何時間も並ぶ生活を強いられている。
デモの発端はコロナ禍の経済的不満やワクチンの必要性を訴えるものだったが、すぐに自由を求めて政権を批判するものが主流に拡大した。鎮圧のために警察・治安部隊が投入され、12日にはデモ隊を暴力的に排除する映像がSNSで流れた。
他方、逆にデモ隊の中にも、警察に投石したり、警察車両を転覆したりする者たちが現れた。政府運営の高級店舗での略奪も起きた。それらはキューバでは政治的に非常に危険な行為であり、きわめて異例のことだった。
国際人権団体「アムネスティ・インターナショナル」によると、デモは首都ハバナを含む48カ所以上で行われたが、治安部隊によって140人以上が逮捕もしくは行方不明になったという(英紙「ガーディアン」7月14日)。また、キューバ内務省は「12日にデモ参加者1名が死亡」と発表している。
ディアスカネル大統領は、「デモは米国に扇動されている」とし、徹底的な弾圧姿勢を見せている。米国は当然それを否定しており、バイデン大統領は同12日に「われわれはキューバの人々とその自由への明確な呼びかけに賛同する」との声明を発表した。
米国は冷戦時代からキューバと敵対していたが、オバマ政権時代に融和政策に転換。しかし、トランプ政権で再び対立に戻ったという経緯がある。バイデン大統領はオバマ政権時の副大統領ではあるが、人権外交を掲げており、キューバの強権的な政権に対しては厳しい姿勢を鮮明にしたと言える。
政府に歯向かうことがきわめて危険な政治的行為となる警察国家キューバで今回、このように異例ともいえる大規模デモが広範囲で起きたのは、いくつかの要因がある。
もちろん最大の原因は、前述したように同国の経済状況がきわめて悪化したことだ。住民の不満が、かつてないレベルに高まっているということである。
それと、今回のデモの初期から、SNSが人々の動員に大きく関係していたこともある。このSNSがデモの原動力となる構図は、いまや世界共通の現象だ。
なお、デモ発生翌日の12日から、キューバ国内では断続的にインターネット接続ができなくなったり、一部のSNSにアクセスできなくなったりといったことが起きている。デモ拡大を恐れて当局が遮断したものとみられるが、国内監視・統制の実績が豊富なキューバ内務省は、SNSの力をよく理解しているのだろう。
ただ、キューバ共産党独裁政権にとってもっとも警戒すべきなのは、いわば「時代の流れ」だろう。
キューバでは1959年に革命で政権をフィデル・カストロが握ってから、カストロと実弟のラウル・カストロが長期にわたって権力を独占してきた。フィデルが健康問題で引退したのが2008年。その後をラウルが引き継ぎ、ラウルが政界引退(キューバ共産党第1書記を辞任)したのは2021年4月だった。その間、2016年にフィデルは死去している。
いずれにせよ、カストロ兄弟の時代、その権力基盤はきわめて強固で、反体制運動はことごとく潰されてきた。しかし、現在のディアスカネル大統領には、そこまでの政治的な求心力はない。今回、もはや政界にラウル・カストロがいないことが、キューバ国民の政府に対する恐れを緩めた面は多分にありそうだ。
ただし、キューバ当局はきわめて強力な公安機関である内務省を中心に、国民抑圧の仕組みが強固に確立されているため、今回のデモがそのまま政権の終焉となる可能性は低い。とはいえ、こうしたことが今後も繰り返されれば、国民を強権的に抑圧してきた共産党政権がいずれ弱体化していくかもしれない。
その萌芽への危機感をもっとも重く受け止めたのは、兄とともに独裁権力を長年運営してきたラウル・カストロだったようだ。デモ発生当日の7月11日に党政治局会議に参加したことを、国営メディアを通じてアピールした。
現在90歳のラウルだが、おそらくまだしばらくは〝元老″として、共産党政権による強権支配を陰で采配することになるのだろう。
今回、あちこちのデモ隊が叫んでいた「リベルタ!」(自由を!)
- 取材・文・撮影:黒井文太郎
- 写真:ロイター/アフロ
軍事ジャーナリスト
1963年、福島県生まれ。横浜市立大学卒業後講談社に入社し、FRIDAYの仕事に携わる。退社後はニューヨーク、モスクワ、カイロに居住し、紛争地域を中心に約30カ国を取材。帰国後は月刊『軍事研究』特約記者、『ワールド・インテリジェンス』編集長などを経て現職に就いた。 著書に『アルカイダの全貌』『イスラムのテロリスト』『世界のテロと組織犯罪』『インテリジェンスの極意』『北朝鮮に備える軍事学』『日本の情報機関』『日本の防衛7つの論点』『工作・謀略の国際政治 - 世界の情報機関とインテリジェンス戦』、他多数。