連覇に向けて苦悩する大野将平を叱咤した「丸山城志郎の背中」 | FRIDAYデジタル

連覇に向けて苦悩する大野将平を叱咤した「丸山城志郎の背中」

井上康生監督が「自分が見てきた中で最強にして最高の柔道家」と絶賛するニッポンの絶対エース・大野。危なげない連覇に見えて、その舞台裏は苦しみに満ちていた。

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延長戦までもつれた決勝。指導2つで反則負けの危機にありながら冷静にチャンスをうかがい、支釣込足で勝利!

 

どうして柔道の選手は金メダルを逃すと「銀メダルで申し訳ないです」と謝罪するのか? 世界2位の何がダメなのか? リオ五輪で金メダルを獲った後、大野将平(29)に問うたことがある。彼は間髪入れずこう答えた。

「そりゃ謝るでしょう(笑) 全員、金を目指してるんですから。そのハードルの高さが、柔道のやりがいじゃないですか?」

同時にこう付け加えた。

「柔道は国技だからメダリストが多すぎて、金メダル獲っても1個じゃダメなんだなって肌で感じてます。自分には勝つことしかできない。東京五輪で連覇して……あとはなんだろうな、うまく言えないですけど、普通のチャンピオンでは終わりたくない。違う境地に行って、経験したことないプレッシャーを感じてそれを乗り越えたい

その後、大野は「違う境地」を「絶対的な強さ」と定めた。「勝負に絶対はないけど、限りなく絶対に近い存在になる」と。そして、その目標は見事に達成された――かに見えたが、連覇直後の大野に笑顔はなかった。

「柔道家にとって特別な場所」である武道館で連覇。忘れられない日となった

「リオ五輪からの苦しくてつらい日々を凝縮したような、そんな一日の戦いだった。(五輪に)賛否両論あることは理解している。われわれアスリートの姿を見て、何か心が動く瞬間があれば光栄です」

「苦しさ」のひとつが新型コロナウイルスだった。柔道は対人競技のため、柔道衣を着て練習することができなくなり、練習拠点である奈良の坂道や階段を走り込む単調なトレーニングが続いた。何より、開催するか否か、ギリギリまでわからない状況がモチベーションを直撃した。

ベテランに差し掛かる29歳の大野にとって、コンディショニングは最も大事な要素の一つだが、どこにピークをもっていけばいいのかすらハッキリしない。苦悩する大野を救ったのが天理大の後輩、丸山城志郎(27)だった。

66㎏級で金メダルに輝いた阿部一二三(23)と互角の実力を持ちながら、丸山は代表決定戦に敗れて東京五輪出場を逃した。だが、腐ることなく努力を続け、今年6月の世界選手権で見事に連覇を果たした。東京五輪の直前合宿で取材に応じた大野はこう振り返った。

「丸山選手の柔道に対する真摯で誠実な姿を尊敬しています。世界選手権を制した我慢の戦いも素晴らしかった。彼がいなかったらここまで頑張れなかった。彼がいたからこそ、頑張れた。リオ五輪からの5年間で何が成長したかと問われたら……『我慢』ですね。自分ではコントロールできないことを、受け入れられるようになりました」

もう一つは「追われる者の苦しさ」だった。相手に研究され、思い通りに技を繰り出せないなか、連覇の重圧が襲ってきた。試合後の囲み取材で、大野は報道陣にこう打ち明けている。

「延長戦にもつれこんだ準決勝と決勝は『一瞬で勝負が終わってしまう』という、これまで感じたことのない恐怖の中で戦っていました。リオ五輪のころの自分なら、心が折れている場面だと思いますが『我慢』してチャンスを待つことができた」

「柔道界のパウンド・フォー・パウンド」と畏怖される大野。SNSには海外のフォロワーも多い

囲み取材の終わり、本誌が「絶対的な存在になれたと思うか?」と問うと、大野はようやく笑顔を見せた。

「どうなんですかね(笑)。準決勝と決勝で感じた怖さで今日はあらためて『勝負に絶対はない』ことを感じることができた。ですが……結果だけみればリオから東京の5年間で絶対的な存在に近づけたのではないか、とは思います!」

柔道のやりがいを、これほど以上ないほど感じた一日だったに違いない。

  • 撮影渡部薫/JMPA

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