“夫婦で笑顔”篠原涼子と鈴木保奈美に見る「新たな離婚のカタチ」 | FRIDAYデジタル

“夫婦で笑顔”篠原涼子と鈴木保奈美に見る「新たな離婚のカタチ」

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市村正親との離婚を発表した篠原涼子。親権は夫が持つことになったが…
市村正親との離婚を発表した篠原涼子。親権は夫が持つことになったが…

芸能界の新たなスタイルとなるか――。

女優の篠原涼子と俳優の市村正親が電撃離婚した。

2人は舞台共演を機に‘05年に結婚。‘08年に第一子、‘12年に第二子をもうけた。

年の差は25。芸能界きっての“おしどり夫婦”と呼ばれたが、新型コロナウイルスの蔓延が夫婦間にすきま風をもたらしたようだ。昨年8月に「女性自身」で篠原がコロナの“家庭内感染”を心配し、自宅を出て別居を始めたと報じられた。

同年にはコメディアンの志村けんさんがコロナ感染症に伴う肺炎で、70歳の若さで急逝。市村の年齢を考えれば、人ごとではなかった。

だが、コロナ禍に“慣れ”が生じたあとも、篠原が自宅に戻ることはなかった。今年6月には再び女性自身で別居継続中であると報じられ、夫婦に不穏な空気が流れ始める。そして離婚――。

2人はコメントを発表し、離婚に至った経緯とそれぞれへのリスペクトをふんだんに盛り込んだ。市村は

《涼子との出会いは私の人生最大の喜び》

と形容。篠原も

《未熟な私を常に導いて気遣ってくれる大切な存在》
《今の私があるのも市村さんの大きな力のお陰》

と表現した。

離婚の原因は別居が「当たり前」の生活となり、篠原が女優業に集中する時間が増えたこと。理解のある市村は篠原の要望を受け入れたが、代わりに子供の親権は譲らなかった。声明で市村は

《人生の先輩である私の強い希望で、親権は私が持つことを受け入れてくれました》

と報告。篠原も

《父の背中を見せて育てていきたいとの市村氏の希望と父のようにたくましく育って欲しいとの私の願いが一致し市村氏が持つことを子供たちとも話をしまして決定致しました》

としている。

「高齢な市村さんの体力的な問題を心配する声もありますが、当人は気力が充実しています。今は俳優業よりも、子供を育て上げる方に専念しています。本業の方である程度“やり切った”という部分があるのかもしれませんね。

篠原さんが女優業に前のめりになる姿を理解したのも、役者として大成するには『そういう時期が必要不可欠』という思いから。2人の離婚は悲観的なものではなく、互いの現状を把握した上での〝進化的〟な別離と言ってもいいかもしれません」(スポーツ紙記者)

印象的なのは、離婚発表と同時に公開されたツーショット写真。緑をバックに2人は笑顔でカメラに収まっている。「結婚発表」で出されてもおかしくない円満な写真だ。

“離婚するのにツーショット”で思い出されるのは、こちらも数日前に電撃発表された「とんねるず」石橋貴明と女優・鈴木保奈美のケースだ。

石橋のユーチューブチャンネルで突然報告され、最後はツーショット写真で締めた。2人の場合、離婚の契機は3人の娘の「子育てが終わった」こと。切り出したのは保奈美の方で、こちらも

「女優業を中心に今まで以上に活動していきたい」(前出・スポーツ紙記者)

という。現在は石橋が代表を務める芸能事務所に所属しているが、仕事の受注の中心は個人事務所で行う予定で、芸能プロ関係者によれば

「そこへ俳優・伊藤健太郎を“育てた”女性マネジャーを引っ張ったとか。ゆくゆくは石橋さんからの事務所からも離れ、完全独立するのかもしれない」

という。

篠原と市村、保奈美と石橋。ともに妻が新たな“夢”を見出し、夫がそれを受け入れ、送り出すことを決めた。不倫や浮気が原因ではなく、ともに熟考を重ねた末の結論。遺恨は発生せず、離婚後も定期的に会う良好な関係を築くはずだ。

「離婚するのにツーショット写真を公開する手法は今後、芸能界で流行るかもしれません。離婚するとどうしても双方のイメージに影響が及びますが、このやり方ならダメージが浅くて済む。芸能人はイメージ商売ですからね」(ワイドショー関係者)

一般社会でも、離婚前に笑顔でツーショット写真を撮って「バイバイ」するスタイルが定着するかもしれない。

  • PHOTO川上孝夫

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