体重増に予選落ち…体操・村上茉愛を奮い立たせた「女優魂」 | FRIDAYデジタル

体重増に予選落ち…体操・村上茉愛を奮い立たせた「女優魂」

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メダル獲得は逃したものの5位に入った体操女子団体。右端が村上(写真:JMPA)

「3ヵ月も体操ができないんだよ。来年に間に合うわけない」

体操女子団体のキャプテン・村上茉愛(24)は昨年、両親にこう不安をブチまけたという。「東京2020組織委員会」の取材で明かしている。新型コロナウイルスの影響で、練習自粛となっていたのだ。 家族が黙って話を聞いてくれたおかげで、スッキリし前向きになったと語った。 

両親のおかげで、気持ちが吹っ切れた村上。7月27日に行われた団体で5位となり、日本体操女子では実に57年ぶりのメダル獲得は逃したものの大健闘した。だが、予選は決勝進出ギリギリの8位通過。村上の母親・英子さんが「あまりお話できないんです」としつつ、試合前の印象を語る。 

「緊張はあったと思います。でもギリギリで通ったんですから。(決勝に)出られただけラッキー でしょう。力を出してくれると感じていました」 

プレッシャーに負けることなく、村上はキャプテンとして責任を果たした。だが東京五輪までの道すじは苦難続き。知られざる苦闘の少女時代を紹介する。

小学生で高難度の技をサラリと

「茉愛が私のクラブに入会したのは4歳の時です。小学5年の時には、難易度の高い『シリバス(後方抱え込み2回宙返り2回ひねり)』をマスターしていました。しかも大した苦労もなくサラリと。乗りの良い子で、大会ではお客さんが多いほど燃えていました。技術的には、小学生ですでに完成していましたね」 

こう語るのは、村上が所属していた「池谷幸雄体操倶楽部」代表の池谷幸雄氏だ。難易度の高い 技を苦もなく習得し、天才少女と呼ばれた村上。すでに世界のトップを意識していた。最初の試練は、高校2年の時。初めて参加した、 13年の世界選手権でのことである(以下、発言は池谷氏)。 

「彼女なりに会心の演技をしたんですが、結果は4位でメダルに届きませんでした。この時、初めて世界の中での自分の実力を知ったと思います。日本ではトップでも、海外にはレベルが上の選手がたくさんいるんだと」 

村上は世界の頂点を狙っていた。だが目標は、まだまだ遠くにあることを実感しモチベーションが落ちる。練習にも身が入らない。さらに村上に逆境が襲う。 

「思春期を迎え、体重が増えるようになったんです。身体が重くなれば動きが鈍り、ケガにもつながる。本人も悩んでいましたね。体操の練習は控えめにし、体重を落とすためにひたすら体育館の周辺を走り汗をかかせていました」 

14年の世界選手権では代表に選ばれたものの、結果は予選落ち。15年の同選手権では、代表メンバーからも漏れてしまった。 

「転機となったのが、日本体育大学への入学です。実力のある同級生や先輩に接し、自分の甘さを痛感したのでしょう。それまでは自分の好きな練習をしていましたが、4種目(ゆか、跳馬、 段違い平行棒、平均台)すべてのトレーニングに熱が入るようになりました。 

大学に入り、成長がストップし身体のバランスが安定したのもプラスになった。体重の増減を気にせず、練習に集中できるようになったんです」 

日体大で徐々に調子を取り戻し、村上は再び日本女子体操界をリードする存在になった。逆境でも心が折れなかった要因は、大学入学による環境の変化だけではない。「芸能活動」も好影響を与えた。

「私自身がタレントとしてテレビ出演しているので、茉愛にも芸能活動するよう小学生時代に勧めたんです。女優として身につけた表現力は、体操選手にもプラスになりますからね。またテレビカメラや大勢の前で演技すれば、プレッシャーに慣れ度胸がつきます。だから茉愛は、 インタビューで物怖じせずハキハキ答えられる。本番でも動じない。逆境でもヘコたれないメンタルは、芸能人としての活動で鍛えられたんです」 

女優魂で、体操女子を覚醒させた村上。次大会こそ悲願のメダル獲得を目指す。

  • 撮影JMPA

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