日大東北「自分たちの弱さ」を認めてつかんだ18年ぶりの甲子園 | FRIDAYデジタル

日大東北「自分たちの弱さ」を認めてつかんだ18年ぶりの甲子園

高校野球地方大会・福島 13年連続出場の絶対王者が敗れる波乱の大会を制したのは、ミス連発も試合の中で成長した不思議なチーム

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優勝の瞬間、歓喜の輪が広がる

絶対王者・聖光学院敗れる

2年ぶりに開催される、2021年夏の甲子園。高校野球の聖地への争いは、各地で荒れ模様となっている。

2017年夏の甲子園覇者で、19年まで5大会連続で出場をはたしていた埼玉県の花咲徳栄が5回戦で敗退。今年の「春の甲子園」センバツでベスト8に進出し、夏も出場すれば優勝候補の一角に挙げられていただろう宮城県の仙台育英が、4回戦で姿を消した。

この波乱含みの地方大会で全国に衝撃を与えたのが、福島県の聖光学院の敗戦だった。2007年から19年まで夏13連覇。昨年の独自大会を含めれば、14年連続で覇権を握ってきた「絶対王者」が、準々決勝で光南に1-5で敗れたのである。

もし、今夏も福島を制していれば、戦前に和歌山県の和歌山中(現桐蔭)が1915年の第1回大会から28年の第14回大会まで記録した、14大会連続夏の全国大会出場の偉業に並んだこともあって、「聖光学院敗戦」のニュースはスポーツ界の大きな話題となった。

そんな世間の反応をよそに、試合後の聖光学院・斎藤智也監督は淡々と報道陣に対応した。敗軍の将はむしろ、チームの連覇を打ち砕いた光南のエース・星勇志の投球を真っ先に賞賛し、試合を総括していたものである。

「星君を褒めるしかありません。攻撃陣は初球から果敢に打っていく姿勢がありましたし、投手陣もよく投げてくれた。それでも都合よくいかない、ひとつの例のような試合でした」

連覇が途絶えたことに関する質問が飛んでも、振る舞いは変わらない。

「何とか上(優勝)まで勝たせてやりたかったですが、どこかで途切れるのが記録ですからね。記録だけで言えば14大会連続優勝をしてみたかったですが、そこに屈したわけではありませんので」

聖光学院の敗戦により14年間も続いていた王朝が陥落し、歴史が動き始めた。

21世紀に入って出場したのは3校だけ

1990年代前半——。福島県にはまだ絶対王者がおらず、夏は「戦国大会」と呼ばれていた。

優勝候補が下馬評通りの力を誇示する年がありながら、ノーマークのチームが上位進出や甲子園出場を果たす快進撃も珍しくなく、1996年から1998年に達成した日大東北の3連覇が、福島の連続出場の記録となっていた。

そして21世紀に入り、聖光学院の強さが際立つ時代となった。

2001年以降、甲子園が中止となった昨年を除く夏19回のうち、夏は実に16回の出場。そのほかの高校だと日大東北が2回。この夏、聖光学院に土を付けた光南が1回である。

今年の福島で頂に到達したのは、”1強”聖光学院の牙城を崩した光南を決勝で破った日大東北だった。21世紀の夏の甲子園を知る3校が、変革の中心にいたことも興味深い。

「自分たちは弱い」

日大東北は不思議なチームだった。

県大会6試合のうち、4試合で相手に先取点を奪われた。1試合単位で見ても送りバントや走塁、守備など、得点や失点に直結するミスも目立ったものの、9回にサヨナラで勝負を決めた決勝戦を象徴するように、最終的には勝っている。そんな意外性があった。

経験——。

宗像忠典監督が、18年ぶりの悲願を成就できた要因をそう分析する。

「夏の大会は、負ければ3年生の高校野球生活が終わります。ミスが命取りになることは多いし、当然やってはいけません。ただ、今年のウチは、選手が『自分たちは弱い』と認め、1試合のなかで経験を積み、生かし、成長してくれたことが、結果的に逆転できるチームとなり、優勝できるまでのチームになってくれたと思っています」

1988年に日大東北の監督に就任した宗像監督は、前述の3連覇を含む6度の甲子園を経験する。斎藤監督の聖光学院が台頭するまで福島の高校野球をリードしてきた存在であり、日大東北の象徴でもあった。2007年に一度は監督を退いたが、2018年に復帰。そして今年、チームを甲子園へと導いた。

日大東北・宗像監督

名物監督「突然の引退宣言」

宗像監督の意地。それが顕在化した夏であったと周りが認識できたのは、決勝戦後だった。

優勝監督インタビュー。指揮官は「とても怒った3年間でしたが、選手たちが親孝行してくれました」と声を詰まらせた。そして、続けざまに「これ、言っちゃっていいのかな?」と、おもむろに切り出す。

「(県大会の)抽選会の日に『この夏で終わり』と、選手たちには言っていたんです」

理由について「後進が育ってきたから」と言ったが、いきなりの勇退表明だった。宗像監督は最後の夏、選手を信じ抜いた。

ミスを注意するが、咎めはしない。それも経験の一助になると背中を押した。花道と決めた大会で、最高の結果を得た監督が、しみじみと想いを紡ぐ。

「僕が辞めるからといって、選手たちはそこまで変わらないと思いましたけど、この大会は『勝ちたい』と選手に思わせるより、僕が思わせてもらったと言いますか。僕自身『普段通り』を心掛けながらも『やり残したことがないように。教えられることは教えよう』と思いながら戦えたことが大きかった」

2021年。福島の夏の物語は、新章の幕開けとなった。

聖光学院や光南、福島68校の想いを継ぎし日大東北、18年ぶりの甲子園。

集大成の戦いは、聖地でもひたむきに。

応援席に向かって喜びを爆発させる選手たち
  • 取材・文・写真田口元義

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