3戦連発の久保建英 元練習相手が語る「土壇場で決められる理由」 | FRIDAYデジタル

3戦連発の久保建英 元練習相手が語る「土壇場で決められる理由」

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前半27分、3試合連続となる先制弾を決めると、中山雄太(右)とハイタッチ(写真:アフロ)

無観客の横浜国際競技場に、若干20歳の若武者の雄たけびが響き渡った。開幕から2連勝のサッカーU-24代表は前半27分、ペナルティエリア内に持ち込んだFW上田綺世が右足でシュート。相手GKが弾いたボールに詰めていたDF旗手怜央が触れず、後方へボールがこぼれる。

そこをMF久保建英は逃さなかった。ダイレクトで左足を振りぬき、待望の先制ゴールを奪う。強豪・フランスを相手に引き分け以上でグループリーグ首位通過が決まる一戦で、3戦連発でチームに勢いをもたらし、4-0の快勝の呼び水となった。

「チームとしてしっかり守備をしてカウンターを狙う話している中で、しっかりこぼれ球を狙っていて、その結果(ボールが)転がってきていいゴールが決められた。試合前の準備やチームメートとの連携をいろんな人と話をして、彼らの動きを把握して連係、連動というところで最後、たまたま自分が決めているだけ。勝ち点9で終われて非常にうれしい気持ちですが、ここから一発勝負で何がおこるか分からない。3日後の試合(準々決勝・ニュージーランド戦)に照準をあわせたいです」

久保は東京五輪開幕を数日後に控えた7月19日、千葉県内にある日本サッカー協会の施設で、約3年ぶりに懐かしい声を耳にした。同施設を訪れていたブラインドサッカー日本代表の高田敏志監督だ。

小学5年生から中学2年までバルセロナの下部組織にいた久保は、春休みや夏休みに帰国すると、久保はJリーグの名古屋などで活躍した中西哲生氏のもとで練習を重ね、今もアドバイスを受けている。その中西氏は高校時代から愛知FCの攻撃的なMFとして活躍。2歳年上の高田監督は大阪の交野FCのGKとして、ともにクラブユース全国大会に出場し、当時からお互いの名を知っていた。

大学を経てJリーガーとなった中西氏と違い、会社員を経てプロのサッカー指導者になった高田監督は、なでしこジャパンの元エース永里優季(現、米国・レーシング・ルイビル)の練習をサポートしているとき、永里から「中西さんと練習をしているのですが、GKがいないのでやってほしい」と頼まれた。そこで練習場に行くと、久保も一緒に練習していた。

以来、高田監督は久保がバルセロナの下部組織に入団した2011年、小5年生から中学2年生のときまで、久保が一時帰国して練習するときに、GKとしてボールを受けるようになった。

「私が指導したわけではなく、建英(久保)のシュートを繰り返し受けながら、中西さんが彼に何を教えているのかをずっと見てきました。当時から小学生が使う4号球ボールではなく、大人が使う5号球で練習をしていました。

印象に残っているのは『シュートを決めよう、決めようと強く思うな』という教えです。「何が何でも決めてやる」という思いが強すぎると、シュートするときに体に力みが生じて硬直してしまう。そうならないようにするには何を意識すればいいか、ということを中西さんは小学5年生の建英に対し、身体のメカニズムから教えていました」

2019年7月、ブラジル代表とのトレーニングマッチでコーチと話し合う高田監督(中央)
2020年1月、ボールを持ちながら練習に取り組むブラインドサッカー日本代表。久保の練習をヒントにブラインドサッカーの選手も取り組んだ

五輪代表にとって開幕戦となった7月23日の南アフリカ戦の決勝ゴールに、その教えが凝縮されていたという。

「細かい話になりますが、建英がゴールを決めるまでの一連の動きで、手のこぶしを握っていない。余分な力が入っていないんです。アルゼンチン代表のメッシやブラジル代表のネイマールとも共通しています。

南アフリカ戦は0-0で後半までもつれ込んで、どう転んでもおかしくない展開でした。そんな状況でチャンスが来れば、『決めたい』と力んでしまうものです。でも力めば、動かしたい関節の可動域が狭まる。中西さんはそんな高度な理論を小学生の建英にかみ砕いて伝え、建英も無意識に理想の動きができるようと、繰り返し練習したんです。私はブラインドサッカーの日本代表選手に、柔らかいボールを手で持たせながらボールを蹴らせる練習をしたことがありますが、建英が中西さんと取り組んだ練習なんです」

高田監督の話は、理屈では理解できても、実際にやれるようになるのは大人でも至難の業だ。それを久保は、子供の頃から「宿題」として与えられ、日本で、スペインで、繰り返し練習しながら血肉にしていった。

今回の五輪に出場する前の5月16日、久保は所属するスペイン1部リーグのヘタフェで後半から途中出場。チームの一部残留を決める決勝ゴールを決めている。スペインでは「優勝争い」と同じぐらい「降格争い」も注目され、久保が決勝弾を決めたレバンテ戦も、試合の生観戦が不可能であるにもかかわらず、ヘタフェのサポーターが1部残留を願って、試合開始前に300人以上がスタジアム周辺に集結。チームカラーの青い発煙筒まで焚かれた。

その異様な熱狂の中、久保がゴールを決められたのは、中西氏と取り組んできたことを、どんな状況でも再現可能になるまで練習を積んだからだ。

今回、久保と高田監督が顔を合わせる前に会ったのは、久保がまだFC東京にいた2018年頃だ。時を経て、ともにオリンピック、パラリンピックでメダルを目指す「同志」になった。高田監督が続ける。

「別れ際に、お互いにメダル取ろうぜ、といったら『頑張りましょう』と返してくれました。赤い練習着から見える体は、3年前に見た時より大きくなってましたね」

メダルをかけた戦いに挑むのはU-24代表が8月3日以降、ブラインドサッカーは9月2日以降だ。34歳年下の久保がうまくなるよう、高田監督はいつも本気でシュートを止めにいった。あの真剣勝負がはじまってちょうど10年。この夏、ともに「世界の頂点」を目指す熱い夏にする。

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