国軍に拘束…日本育ちのミャンマー人映像作家が撮った「緊迫写真」 | FRIDAYデジタル

国軍に拘束…日本育ちのミャンマー人映像作家が撮った「緊迫写真」

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武装した警官たちが、無抵抗なデモ隊参加者を路上で取り押さえ、殴る蹴るなどの暴行を加えていた瞬間の様子

7月下旬の報道でその拘束を知った時、驚きよりもやはりそうだったのか、という気持ちのほうが強かった。何しろ、3ヵ月以上も音信不通になっていたからだ。

在日歴約30年のミャンマー人映像作家、テインダンさん(37)と最後に連絡を取ったのは4月10日。軍事クーデター下におかれたミャンマーの最大都市ヤンゴンから、東京にいる私のもとに電話が掛かってきた。

「取材に出ているジャーナリストはかなり少なくなっています。みんな危ないから現場に行きません。夏にパスポートの有効期限が切れるので、そろそろ日本に帰国しようかと思っています。ミャンマーのパスポートですけど、こっちでは簡単に更新できないんです」

話の内容から、軍・警察の弾圧が激しいため、取材でこれ以上動き回るのは難しそうだった。私は「日本でお会いしましょう」と伝え、電話を切った。

数日後にLINEでメッセージを送ったが、既読になるだけで返事はない。おかしいと思って、

「大丈夫ですか?」

と続けたが、今度は既読にもならず、電話を掛けてもつながらなかった。

ミャンマーの人権団体「政治犯支援協会」(AAPP)によると、ダンさんが拘束されたのは4月13日。虚偽の情報を流布させたとするなどの刑法違反に問われ、ヤンゴン中心部から北に約17キロ離れたインセイン刑務所に収監されている。裁判は継続中で、最高で禁固3年が科される可能性がある。

ミャンマーは2月1日のクーデター勃発から半年が経過したが、現在も、軍・警察による弾圧は続き、各地では依然としてデモが散発的に行われている。

AAPPによると、8月3日現在、死者数は946人で、拘束者は7033人に上る。このうちダンさんを含む5478人が現在も刑務所などに収容されている。これに加えて新型コロナウイルスの感染拡大に伴い、感染者や死者数の増加で医療崩壊の危機に瀕している。

私がダンさんと初めて連絡を取ったのは、クーデター勃発から約2週間後の2月中旬だった。抗議デモが日に日に盛り上がりを見せていた頃で、現地の情報を送ってくれるミャンマー人ジャーナリストを探していたところ、ツイッターで彼の投稿が目に留まった。メッセージを送って電話を掛けてみると、流暢な日本語で「今から街の写真を撮ってきましょうか?」と、早速動いてくれた。

ダンさんは、仕事で来日した両親に伴われて5歳の頃から日本に住んでいる。日本映画学校を卒業した後は、映画の仕事に携わり、ここ数年は日本とミャンマーを行き来していた。直近にヤンゴン入りしたのは今年元旦で、その1ヵ月後にクーデターに遭遇。現地で予定していたCMの仕事などはすべて吹っ飛び、代わりに、クーデターの取材に明け暮れた。

ヤンゴンの至る場所で道路が封鎖され、国軍・警察とデモ隊が対峙。発砲に加え、催涙ガスも撒き散らされた
国軍・警官隊と対峙するデモ隊

そんなダンさんから届いた写真は、気勢を上げるデモ隊、鉄柵の前に立ち並ぶ警官隊、犠牲者の追悼集会、閉鎖された銀行……など、どれも現場の臨場感を伝える、迫力に満ちていた。当初のデモ隊の様子について、ダンさんはこう語っていた。

「市民たちは命を捧げる勢いで、死ぬまで闘う覚悟を持っています。僕がインタビューした人はほとんどそう答えています。結構、ヤバいかも知れません」

その予感は的中し、2月下旬からは軍・警察による武力の弾圧が強まり、犠牲者が増え始めた。真夜中には銃声がとどろくようになり、その模様を撮影した映像もダンさんから届いた。

「銃声がすごいです。今、周りの住民たちは皆、電気を消し、気配すらも消しています」

「今日は朝から知り合いのミャンマー人記者が捕まったり、取材していた学生が捕まったりとバタバタでした」

「今日は目の前で市民が(軍・警察に)暴行され、カメラを持つ手が震えました」

日を追うごとに、ダンさんからの実況中継は緊迫感を増していった。

3月半ばには「カメラを持っての取材はリスクを伴うので、難しくなってきています」と伝えていた。それでも尚、ヤンゴン郊外で軍によって焼き討ちされた虐殺現場に入り込み、生き残った住民たちの証言を得るなど、危険と隣り合わせの中でも精力的に動いていた。

同じ頃、日本に住むダンさんの父親(61)は、毎日のように、ダンさんに日本へ帰るよう電話で説得していた。

4月半ばに話をした時は、「4月23日に日本へ帰るチケットを押さえた。成田空港まで迎えにきて欲しい」と伝えられていたが、その後に連絡が取れなくなり、ミャンマーの現地報道でダンさんの拘束を知った。

「電話を掛けても出ないんですが、電源が入っているのはわかるんです。たぶん、(国軍から)色々と調べられていたんでしょうね」

以来、ミャンマーにいる弁護士に頼み、裁判の進捗状況やダンさんの状態について、逐一確認を取っている。7月には、日本にいる家族みんなで、弁護士を通じて励ましのメッセージを送った。すると刑務所から、次のような返事があった。

「ミャンマー人たちが皆こんなに苦しい思いをして頑張っている中、僕も止められなかった。親の言うことを聞かない息子でごめんなさい」

その文面を見た父親は、目頭が熱くなったと振り返る。

「私は親だから、息子が無事で早く日本へ帰ってきて欲しいだけです。ただ、現在は新型コロナの影響で、裁判が止まっているみたいです。弁護士も刑務所の中に入れないようですね」

在ミャンマー日本国大使館は、ダンさんが拘束中との情報については「把握している」と回答した。しかし、彼はミャンマー人であるため、邦人援護の対象にはならないはずだ。その点を踏まえ、同館の担当者はこう説明した。

「日本企業や日本と関わりのあるミャンマー人の拘束者については、釈放に向けてミャンマー側に働きかけている」

父親は遠く離れた日本で、息子の釈放を今か今かと待ち続けている。

亡くなった仲間の死を悼む市民たち
国軍に焼き討ちされた村。逃げ惑う住民に対して容赦なく銃口が向けられた
独裁への抵抗を意味する3本指を立てる少年たち
ミャンマーには鍋を叩いて悪霊を追い払う風習がある。クーデター以降、住民たちは国軍を悪霊に見立てている
  • 取材・文ノンフィクションライター・水谷竹秀写真テインダン

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