ヤクザと勘違いされたこともある前田大然が糧にする「空白の1年」 | FRIDAYデジタル

ヤクザと勘違いされたこともある前田大然が糧にする「空白の1年」

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スペインの選手を必死に食い止める前田大然。スピード同様、風貌にも注目が集まった(🄫写真 JMPC)

五輪の舞台で初の決勝進出をかけたサッカーU-24日本代表は3日、延長戦の末、スペインに0-1で敗れた。試合後、攻撃陣の中心的存在だった久保建英や堂安律とともに、Twitterのトレンド入りを果たしたのが延長戦から途中出場を果たした前田大然だった。

出場時間はわずか30分。延長前半10分には、左サイドから中山雄太があげたクロスボールに対し、最大の武器である鋭い飛び出しから、相手選手2人と競りながらヘディングシュート。ゴールネットは揺らせなかったが、一瞬で置き去りにするスピードで相手に脅威を与え続けた。

そのプレーぶり同様、相手のスペインのサッカーファンを驚かせたのは丸坊主に髭を生やしたその風貌だったようだ。Twitterにはスペイン語でこんな書き込みが並んだ。

<前田はU-23なの?映画「HANA-BI」に出てくるヤクザのようだ>

<(俳優・渡辺謙の写真を並べて)前田は映画「ラストサムライ」の弟>

年齢詐称疑惑?については所属する横浜Fマリノスのブラジル人からも冷やかされ、逆に前田にとっては親しくなる「ネタ」になっている。前田は6月下旬、五輪代表選出された数日後に行われた記者会見でこう口にした。

「自分が高1の時に悪さをして、高2で丸々1年サッカーをやっていなくて、サッカーを辞めようかなと考えるぐらい色々ありました」

大阪出身の前田は小学校6年時に見た、2010年1月、全国高校選手権で初優勝した山梨学院高に憧れて、2013年に越境入学。攻撃時のスピードは目を見張るものがあり、1年時から頭角を現していた反面、守備の時は気まぐれ、という一面もあった。高1も終わろうかという冬、前田は部の規律違反をおかし、高校1年2月から約1年間、サッカー部から除籍されてしまう。それまで生活していた寮も出て、甲府市内に部屋を借り、親とともに生活しながら学校に通った。当時、同高校のサッカー部監督をしていた吉永一明氏(現・アルビレックス新潟シンガポール・テクニカルダイレクター)が振り返る。

「サッカーをとりあげることは、彼らにとって一番つらいことだと思います。でも1人では何もできない、ということを気づいてほしかったんです。部の仲間や生徒、親御さん、学校の先生…本当にいろんな人に支えられて自分がやれている、ということを大事にしてほしかった。期限も決めず、私からも一切声はかけず、担任の先生を通して逐一、大然(前田)の様子を聞くようにしていました」

前田は練習場に入ることも禁止されたため、朝6時ぐらいから走り、公園でボールを蹴る姿もあった。自ら教室の掃除をするようになったことも担任の先生から聞いた。

「高校時代から今の丸刈りでしたけど、あの時期、一度だけ髪をのばしたこともありました。おそらく『(私に)話しかけてほしい』ということだったと思います」(吉永氏)

それでも吉永監督は声をかけなかったが、反省している様子が態度に出るようになってから半年後には、吉永監督のツテで社会人チームに加入。しかし高校のサッカー部にはまだ戻れず、前田が高校2年生時の年末から出場した2014年度の冬の高校選手権は一般生徒にまじって、スタンドから応援の声を枯らした。

高校選手権が終わり、除籍から1年が経過した頃、部内で話し合いの場が持たれた。同期部員の賛同も得られた前田はその2月からサッカー部に復帰すると、プレーぶりで変化を見てとれた。吉永氏は続ける。

「1年間やってないから遅れを取り戻したい、という気持ちもあったと思うんですけど、本当に『チームのために』というのがプレーから伝わってきました。攻撃だけでなく、守備でもチームを助ける、仲間をカバーする、広範囲にわたってのプレーが出てきましたね。どの選手にも言えることですが、前に出るときは100%で出られますが、守備の時に戻るために100%で戻ることは簡単にはできません。でも、やはりあの1年のおかけで、大然は前に行くときも、後ろに下がるときもスピードが一緒になりました」

Jリーグの下部組織にあたるユースチームや高校の上位校がリーグ戦形式で対戦する関東地区のプリンスリーグで得点王に輝いた前田は、J2松本からオファーを受けて入団を果たす。その後、今日に至るステップアップのためのきっかけを自ら手にした。吉永氏が苦渋の末、決断した「空白の1年」が前田の成長を促しているが、それでもこんな反省を口にする。

「大人数でやる部活動のマネジメントとしては、僕は失敗だったと思っているんです。本来、前田も含めて選手に対してそういう空白を作らないのが一番ですから、それを未然に防げなかったことは今でも反省しています。逆に、大然がただの失敗で終わらせず、心を入れ替えた。プロになっただけでもすごいことだと思いますが、『こういうこともあるんだよ』と示してくれたことで、私自身救われている部分はあります。

長い間指導者をしていますが、人を変えたいと思っていても、変えることはなかなかできない。私たちができるのは変わるきっかけ、チャンスを与えることなんです。彼はそのきっかけを掴んでチャンスに変えた。『人は変われるんだよ』ということを体現してくれたことは、私にとって大きな学び、となってますね」

前田が見た目で、スペイン人からヤクザに間違えられたとしても、きっと吉永氏にとっては変わらずかわいい存在に違いない。今、シンガポールでサッカー選手を指導する恩師は、常夏の地で教え子の「熱い吉報」を待っている。

プロ入り後、久々の再会を果たした吉永一明氏(左)と前田大然(提供:吉永一明氏)
2003年に上映された映画『ラストサムライ』の渡辺謙(左)。たしかに前田大然と似ている(写真:共同通信)
スペイン戦で敗れた後。近づきがたい雰囲気を漂わせていた前田大然(🄫写真 JMPC)

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