劇場中が泣いた。「結婚したいジェンヌ」珠城りょう様、退団公演 | FRIDAYデジタル

劇場中が泣いた。「結婚したいジェンヌ」珠城りょう様、退団公演

宝塚歌劇『桜嵐記』がエモい。宝塚史上に残る感動の舞台を熱くレポート

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宝塚月組トップ「珠城りょう」様の退団公演が東京宝塚劇場で上演中。歴史に残る傑作舞台に、涙が止まらないそのワケは 撮影:TEN

マスクの下が、涙と鼻水で大変なことになっている…。抑えても抑えても「はうっ」とか「うぐっ」とか嗚咽が漏れてしまう…。両隣りの女性客はひっきりなしにハンカチで涙を拭き、後ろの男性客は鼻をすすっている。劇場中がこんなにボロボロと泣いているのは初めての体験だ。

退団する「珠様」の生写真などを買うため、劇場内売店の整理券を求める人が続出

こんな退団公演を、待っていた…!

宝塚歌劇 月組公演 ロマン・トラジック『桜嵐記(おうらんき)』である。

南北朝時代の楠木正成の3人の息子たちの物語だ。後醍醐天皇への忠義を貫き、南朝のために戦い命を落とした父・正成。その父の遺志を継ぎ南朝のために戦っている美しき兄弟たちだったが、勝ち目のない戦のなかで、自分たちはいったい何のために戦っているのか、と葛藤が始まる。大義と心の声との間で苦闘する主人公の長男・正行(まさつら)を、この公演を最後に退団するトップスター、珠城(たまき)りょう(以下、珠様)が演じている。そして同時退団するトップ娘役・美園(みその)さくら演じる中宮の女官・弁内侍(べんのないし)との儚い最後の恋が、「自分は何のために生まれたのか」という正行の思いをさらに加速させていく。

かつて国威発揚に利用された忠義礼賛の物語では決してなく、『限りを知り 命を知れ』というポスターの言葉通り「人は何のために生きるのか?」というド直球のメッセージが込められた作品だ。現在、東京宝塚劇場で公演中。あと数日で千秋楽を迎える。

その実直さと漂うロマンチックな雰囲気、そして頼もしい体格から、ファンに「結婚したいジェンヌ」と愛されてきた珠様。約5年間、組をまとめ宝塚歌劇のために苦闘してきた若きトップだ。彼女を見送るという意味合いのあるこの公演を、座付きの演出家・上田久美子(以下、ウエクミ先生)は、観客の感情を激しく揺さぶる極上のエンタメ作品に仕上げた。

一つ一つのシーンが絵巻物のように美しく、セリフは格調高く、無駄がない。和楽器を駆使した哀切な音楽、日本の色彩の美が炸裂する衣裳も素晴らしい。観客が珠様へ万雷の拍手を送る外連味(けれんみ)のあるシーンがいくつも用意されている。正行の弟・正時役の鳳月杏(ほうづき あん)、父・正成役の輝月(きづき)ゆうまなどの、下級生時代から珠様と切磋琢磨してきた縁の深いタカラジェンヌの配役も、また、トップコンビ以外7人の退団者の見せ場も抜かりがない。これぞ座付き演出家の本懐。ウエクミ先生の、珠様や宝塚への愛と、コロナ禍においても何があっても最後まで公演する!とばかりに熱演する月組生たちの凄まじい気迫を感じる最高傑作なのである。

この超絶舞台を体験した人に、感想を聞いてみた

 「ふだんは花組担当なので、月組ファンの友人に誘われて予備知識なく観ました。…自分のためでなく、大きな信条のために命を懸ける三兄弟の姿に、思いがけず涙が止まらなくなり自分でもびっくり! マスクを涙でダメにしてしまったので、幕間に、友人から替えのマスクをもらいました」(20代女性)

 「兵庫の大劇場で、関西在住の母と一緒に観劇して親子で号泣しました。楠木三兄弟の話のようで、これはじつはタカラジェンヌの物語だと思いました。珠城りょうさんは、やっぱり上田久美子先生のミューズだったんだ、と確信。ハマってしまった母は、その後も何回も観にいってました」(30代女性

 「珠城さんファンの妻に連れられて観劇。四條畷の戦いのシーンで『どっこいせどっこいせ』というアカペラの素朴な歌とともに、スローモーションでものすごい汗を流して戦う珠城さんの姿が哀しく感動的で。男泣きしました」(40代男性)

劇場で販売されているプログラム。右は大劇場(兵庫県宝塚市)公演(5月15日〜6月21日)、左は、公演中の東京宝塚劇場(7月10日〜8月15日!)のもの。あまりの人気に一時は品薄に

 評判が評判を呼びチケットはすでに完売しているが、公演を収録したDVDとブルーレイで観ることができる。そして8月15日の千秋楽はU-NEXTと、RakutenTVで同時配信があり、全国の映画館でのライブビューイングが予定されている。

宝塚歌劇をまだ一度も観たことのない方にも、ぜひ、この歴史的な一作を体験してほしい。その一念で『桜嵐記』についてここに記そう。

楠木三兄弟がタカラジェンヌと重なって、嗚咽

珠様は、2008年に入団し在団14年目。2016年に「研(在団年数)9」でトップスターに就任した。トップは通常「研12~13」以上のキャリアで就任することが多いなか、研9でのトップ就任は異例の早さ。

その早い就任ゆえ、いろいろな葛藤や苦労があったろう。また、若くしてトップを任されたということは、男役として伸び盛りの時期に、自分の宝塚人生の終わりを考えなければいけないという側面もあったかもしれない。いつかは退団していくタカラジェンヌの宿命とはいえ、後戻りできない彼女の生き方と、若くして常に「死」を胸に抱きながら南朝のために生きた楠木正行とが重なる。

物語のクライマックス、正行は髪を振り乱し両手に刀を持ち、多勢の北朝の武士たちと戦う。斬られても斬られても決して諦めず、歯を食いしばりながら、大きな「流れ」のために何度も立ち向かっていく。泥臭くて、だけど清らかで哀切なその姿は、トップとしての日々苦闘してきた珠様のようだ。ウエクミ先生は観客に「眼を見開いて、トップ男役としての珠城りょうの最期をしっかり見届けなさい」と言っているかのようだ。…涙腺決壊。もはや、嗚咽の制御は不可能に。そして、

「何のために、我々は戦うのか? 何のために、友は死んでいったのか?」

と、もがきながら迷う武士たち。これはまさに宝塚歌劇という伝統を担い、それぞれが個人の思いと葛藤しながらも、文化の継承のため一致団結して汗を流すタカラジェンヌという生き方じゃないか!

「宝塚歌劇というユニークな文化の存続のために、私ができることをやりたい」(『演出家プリズム~未来への扉~』宝塚歌劇専門チャンネル「タカラヅカ・スカイ・ステージ」より)

というウエクミ先生。大きな「流れ」に身を捧げているのは、きっと彼女自身もなのだろう。なおさら物語全体が、周到に用意された「比喩」に思えてきて勝手な想像が止まらない。

忠義を絶対とする後醍醐天皇とは、宝塚歌劇という伝統の重みや組織の呪縛? 兄弟たちが憧れ、背中を追う父・正成は、歴代のトップスター? 正行の人柄に惚れて武士を志願するジンベエは、音楽学校生や下級生たち? そして武士たちに「時と力」をくれる農民は、私たち宝塚ファン???

観れば観るほど、紗のように幾重にも重なった問いかけにハマってしまう。

 演出家・上田久美子の理知的な情熱がエモい!

ウエクミ先生こと上田久美子は京都大学を卒業後、製薬会社勤務を経て2006年に演出助手として宝塚歌劇団に入団。文楽や歌舞伎などの日本の伝統芸能にも造詣が深い、知性派演出家の一人だ。

2013年に演出家デビューとなった『月雲の皇子(みこ)-衣通(そとおり)姫伝説より-』では珠様が主演を務めた。当初は兵庫の大劇場内にある宝塚バウホールという小劇場のみでの公演だったが、評判を呼び、急遽東京での再演も行ったという伝説の名作。珠様とウエクミ先生の出世作だ。

2018年にやはり珠様主演でショー『BADDY-悪党(ヤツ)は月からやって来る-』を演出。これは宝塚歌劇104年(当時)の歴史で初めて「女性演出家がショーを手がけた」記念碑的な作品。しかも、トップスターがサングラスをし、タバコを吸いながら大階段を降りてくる…というとんでもない問題作だった。

「清く正しく美しく」を体現したような珠様に、いい子ちゃんたちを鼻で笑う宇宙一の大悪党を演じさせ「天国なんて婆さんたちが行くところだろっ!」と、観客のご婦人方に向かって指をささせた笑! また、娘役によるロケット(ラインダンス)では「女だって怒りや感情があるんだ!」という熱いメッセージを込め、男役中心になりがちな宝塚歌劇に一石を投じた。

100年以上の歴史と伝統を誇る宝塚歌劇において、正統派な作品を生む責任を果たしながら、劇団の在り方に問題提起するような革新的な作品も生み出している演出家・上田久美子は、理知的な情熱家だ。クールに攻めてる人なのである。

彼女が宝塚歌劇の歴史を塗り替える時には必ず、珠様と月組生がいた。チャレンジングな作品を、その意気やよしとばかりに、しっかり作品として作り上げていった彼女たちへの敬愛と信頼は大きいだろう。

ちりばめられた「思い出」と「引継ぎ」に、メイクが崩れるまで泣く

正行の登場に外連味たっぷりに降り注ぐ桜、正行が儚い恋の相手・弁内侍と愛でる最後の桜、決死の覚悟で戦いに臨む正行を鼓舞する桜吹雪、一人死んでいく正行に静かに舞い落ちる鎮魂の桜…。ウエクミ先生は、観客がまるで吉野山の桜に包まれているような錯覚を起こすほど、様々な「桜」の表情を見せ、また「桜」に意味を込めているように思う。

劇中に出てくる「吉野川のほとりに咲く桜」とは、タカラジェンヌたちの本拠地である大劇場の傍を流れる武庫川と、春の「花のみち」に咲き誇る桜のことだろう。来年の春「花のみち」を通って大劇場に向かうとき、そしてあちこちで桜を見るたびに、ファンはきっと珠様のことを思い出す。ウエクミ先生の、珠様を決して忘れさせないという強火な愛と気迫さえ感じるほどだ。

宝塚駅から大劇場へと観客を導く「花のみち」。春になると満開の桜に。この下で、来春はきっと珠様と『桜嵐記』のことを思い出すだろう(涙)
大劇場の傍を流れる武庫川。音楽学校時代から、タカラジェンヌたちの汗と涙の努力の日々をずっと見守っている

そして「桜」は、弁内侍を演じる美園さくらのことでもあるのだろう。2013年に首席で入団した彼女もまた、若くして退団する一人だ。愛らしい自由さと、知的な繊細さを併せ持つ唯一無二の娘役。コンビの期間は約2年半と短かったが、「たまさく」は互いに切磋琢磨しながらも情緒を感じさせる素敵なトップコンビだった。正行の最後の恋人であるこの弁内侍は、美園のあて書きだという。ウエクミ先生の、珠様の大切な最後のパートナーへの敬愛を感じる。

 そして、ファンがどんなに名残を惜しんでも、珠様が宝塚を去れば、すぐにまた新たにファンを魅了するスターが次々と誕生していく。その容赦ない新陳代謝こそが、100年以上エンターテイメントのビジネスを続けてきた劇団のタフさであり、伝統と人気を保ち続けている絶対のルールだ。スターの引継ぎの儀式を芝居の中で表現しているのも、この『桜嵐記』のシビアで、そして素晴らしいところだ。

四條畷の戦いの後、楠木の武士たちは瀕死の正行を一人残して行軍する。正行に代わり大将になって指揮を執るのは、次期トップスターの月城かなとが演じる弟の正儀(まさのり)。その引継ぎのシーンに、観客は珠様のトップ時代が「この瞬間に終わった」ことを突きつけられる。芝居の冒頭に珠様が歌った、自ら命の意味を問う武士の歌を、最後に月城に歌わせて畳みかける。しかも、纏っている衣裳は、月組カラーの黄色…! これからは月城が、月組と宝塚を背負い戦っていくのか…と彼女への応援の気持ちが自然に湧いてくる演出が憎い!

 そして、極めつけは暁千星(あかつき ちせい)演じる後村上天皇の出陣式のシーン。四條畷の戦いに向かう正行のために、実際に天皇が詠んだ歌を、荘厳なメロディの乗せ歌う。

 「年ふれば思ひぞ出づる吉野山またふるさとの名や残るらん」

 京を追いやられ、ついには吉野山も離れ、さらに山奥に住まわざるを得なかった天皇は、正行の幼馴染でもある。「時が経ってみれば、(京ではないのに)吉野山が懐かしい。いつか吉野山を私の故郷と呼ぶことになるのだろうか」。この吉野山とはきっと、珠様や同時退団する他のタカラジェンヌにとっての宝塚市や宝塚歌劇のこと。生きて二度と吉野に戻らなかった正行のように、新しい世界に旅立つ珠様は、もう二度と宝塚には戻ってこない。これを、数年前の珠様のように将来を期待されている月組の若きプリンス・暁に歌わせ、敢えて重責を負わせているところに、ウエクミ先生の厳しさと愛を感じずにいられない。『BADDY』の頃はバブみ全開だった王子様役だった暁も今は、人の上に立つ辛さと生きることの悲哀を知った天皇を立派に演じている。懸命に大人のタカラジェンヌに脱皮しようとしている姿に、ずっと見守り続けてきたファンの胸には熱くこみ上げるものがあるはずだ。

宝塚歌劇は永遠に輝くために、絶え間なくシビアに、責任と情熱を引き継いでいっている。全ては大きな「流れ」のために

……………。

すいません……とりあえず、鼻をかみます……(号泣)。

宝塚歌劇という大きな「流れ」に、武士のように潔く身を捧げている珠城りょうらタカラジェンヌたち。そして演出家・上田久美子。

この夏に全てを懸けていたのは彼女たちだって同じだ。その命を燃やしている姿を、ぜひ、心に刻んでほしい。

(文中敬称略)

*『桜嵐記』DVD、ブルーレイ:宝塚クリエイティブアーツより発売中

珠様たちタカラジェンヌの「故郷」である、兵庫の宝塚大劇場
  • 取材・文宮崎七緒

    ライター。第二幕のショー『Dream Chaser』(中村暁演出)も、爽やかでセンチメンタリズムが胸を打つ、光る風のような傑作です! どうか最後まで無事に公演できますように

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