『全力!脱力タイムズ』チーフPが語る「MC有田哲平の凄み」
「アンタッチャブル」復活の舞台裏とは…
<テレビ離れが叫ばれて久しい昨今で、圧倒的な存在感を放っているのが、バラエティ番組「全力!脱力タイムズ」(フジテレビ系・毎週金曜23時〜)である。他局の制作者たちも一目置いている「脱力」の笑いはどのように作られているのか? 番組を統括するフジクリエイティブコーポレーションの神原孝チーフプロデューサーに聞いた。>
ーー番組立ち上げのきっかけは何だったんでしょうか?
「2014年に海外映像素材を使ってバラエティショーができないかとフジの編成部に提案したんです。ちょうど同じタイミングで海外映像企画を考えていた編成担当の狩野雄太のアイデアをベースにして、一緒に海外の面白い映像をニュースとして見せる『脱力ニュース』という特番を作りました。『ニュースショー』の形をきっちりやろうというのがコンセプトでした。
これが好評でレギュラー化されることになり、タイトルを演出担当の名城ラリータとも考えて『タイムズ』という言葉が報道番組っぽいからそれでいこうということに決まりました」
ーーズバリ、「脱力」の笑いはどのように作られているのでしょうか?
「なかなか今のバラエティ制作ではできないような手間暇のかけ方をしています。本番後に総合演出の名城ラリータ、編成部の狩野雄太とMCの有田哲平さんを交えて次回の打ち合わせをします。ラリータが準備していたコンセプト案・台本を見せて、有田さんが『これがおもしろいね』、『こうしたらどうだろう?』とかブレストをします。
このやりとりがどんどん密に深くなっていき、そのうち、収録終わり以外の日でも打ち合わせるように。『ここはこうしよう』などと、有田さんと制作陣でさらに内容を揉みます。この過程を何度か経て本番にのぞんでいます。有田さんは本当にアイデアマンで、芸人としても素晴らしい才能を持っている方です。それを番組にフィードバックしてもらっているスタイルですね」
ーーゲスト出演する芸人さんたちのリアクションが笑いのポイントですよね
「『脱力』には制作スタッフ用と芸人さん用の『2つの台本』があって両方とも収録が成立する内容になっています。収録当日に演出担当が芸人さんとちゃんと打ち合わせします。慣れている芸人からは『どうせ違うんですよね』と言われることもありますが(笑)。でも、基本は台本通りにみんなでやるというのが前提。でも、当然ながら芸人さん用台本とは全然違うものを実際には撮っていく。まれにゲストの役者さん、解説員の先生方、アシスタントの小澤陽子アナにも本当の内容を知らせないこともあります。
そして、収録中は有田さんが指揮者となり全体をコントロールしてくれています。これは台本を制作と一緒に作り込んでいるからこそできる。流れがズレても元に戻せるのは収録中は有田さんだけですから。毎回ゲストの芸人さんが決まると、どうすればその芸人さんが活きるのかを徹底的に有田さんと演出サイドで詰めます。芸人さんたちも番組がどう仕掛けてくるか、ある意味戦いになっているかもしれません。
それでも多くの芸人さんが収録後、不安そうにしているので、その度に『大丈夫でしたよ』と伝えています。みな一様に汗をびっしょりかいていますね(笑)。有田さんはそんな彼らに必ず『今日はありがとう』と声をかけています」
ーーゲストの俳優さんも大変ですよね
「皆さんには『芸人を追い込むという即興劇』に付き合ってもらっています(笑)。なので、俳優さんたちにも告知のカンペ以外は出しません。」
ーーマンネリ化しないための工夫とは?
「『美食遺産』のように定番のコーナーはありますが、ニュース(風)番組なので、毎回、違うコーナー、ニュースを作っているかのように中身をガラッと変えることを意識しています。『脱力』は徹底的に作り込まれ、『計算された破天荒』なんです」
―神原さんが特に印象に残っている回は?
「アンタッチャブル(山崎弘也・柴田英嗣)が10年ぶりにコンビ共演を果たした回(2019年11月29日放送回)ですね。有田さんから、僕、狩野、ラリータに相談があり、『この番組なら(コンビ復活)出来るんじゃないか?』と。また視聴率目当てに“アンタッチャブル復活”と事前に打ち出すことはしないで、さらっとやったほうがオシャレじゃないかと4人だけで進めました。この4人以外には本当に本番まで共演を知らせなかった。何が起こるか、現場のスタッフにも収録直前になって初めてネタばらししました。
そして、とにかく放送までは絶対に漏れないように箝口令を敷きました。それがあのサプライズ的な面白さにつながったと思っています。10年ぶりのネタを披露した時の2人の緊張感がすごく感慨深かったですね」
神原氏は1991年にフジテレビに入社し数々の人気バラエティ番組の制作に携わってきた。フジテレビの全盛期を肌で知る神原氏がいま「バラエティの現場」について思うこととは?
「SNSの発展で、テレビがいろいろなものを発信した時にダイレクトに反応が来る時代になりました。だから今、バラエティの現場では、何かをやろうとしたときに『これはまずいのではないか』というリミッターがかかるようになったんです。でも、それを言い訳にしてはいけない。私の考えるテレビは『大衆演劇』なんです。何かに縛られることなく、心からゲラゲラ笑ってもらって、細かい内容は覚えていなくても良い。それが『テレビバラエティ』だと思います」
ーー今後、何か新しい仕掛けを考えていますか?
「お客さんの前で『脱力タイムズ』が出来たらいいなと思っています。人前で笑いがおこる環境でやってみたい。解説員の先生たち、ハリウッドザコシショウさんら『脱力芸人』も含めて舞台をやってみてもいいかな。台本がしっかりしているので意外と放送と差もなく出来るかもしれません。フェイクニュースドラマも面白いかもしれないですね。
『脱力』はスタッフが不慣れでたまにゲストの方々に失礼なことが起こってしまいますが、あくまでも報道番組です(笑)。僕もよく『お仕事は?』と聞かれますが、いつも胸を張って「報道番組を作っています」と答えています」
「全力!脱力タイムズ」は今後も視聴者が見たこともない笑いを生み出し続けるに違いないーー。
神原孝(かんばら・たかし)
1967年生まれ。フジクリエイティブコーポレーション(FCC)執行役員・チーフプロデューサー。中央大学法学部卒業後、1991年フジテレビ入社。「なるほど!ザ・ワールド」「新春かくし芸大会」「とんねるずのみなさんのおかげでした」「クイズ!ヘキサゴンⅡ」など同局の人気バラエティ番組の制作にディレクター、プロデューサーとして携わる。2014年よりフジクリエイティブコーポレーションに出向し、「全力!脱力タイムズ」をプロデュースする。
- 取材・文:今井良(フリージャーナリスト)
フリージャーナリスト
1974年、千葉県生まれ。中央大学卒業後、NHK、民放テレビ局を経てフリーに。著作に『警視庁科学捜査最前線』、『マル暴捜査』、『テロvs.日本の警察』、『警視庁監察係』など