「上野の双子パンダ誕生」の背景にあった和歌山AWの史上初の挑戦 | FRIDAYデジタル

「上野の双子パンダ誕生」の背景にあった和歌山AWの史上初の挑戦

史上初めて日本人だけで行われたパンダの出産を証言してもらった

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健康確認後、母親の良兵のもとへ行く楓浜(手前、写真提供:和歌山県白浜町アドベンチャーワールド)

力強い産声が施設内に響き渡ると、緊迫した重みのある空気は一気に軽くなった。あちらこちらから安堵のため息が洩れ、みなつかの間の安心感を味わった。だがこのまま安堵しているわけにはいかない。

ここからが本番! 緊張感がピンと張り詰めた。

この産声の主は、ジャイアントパンダ(以下、パンダ)の赤ちゃんだ。

コロナ禍で嬉しい誕生ニュースが舞い込んだ。和歌山県白浜町のアドベンチャーワールドでは、昨年11月22日にメスのパンダの楓浜(ふうひん)が、さらに東京・恩賜上野動物園では、今年6月23日にオスとメスの双子が誕生した。

2年続いての出産だがパンダの繁殖は難しいとされ、交配や出産時期には中国の専門家のサポートを受けている。しかし現行のコロナ禍で渡航が制限され、来日が間に合わない事態になった。上野動物園の出産は、先に出産しているアドベンチャーワールドの助言が生かされているという。

中国に次いで、パンダの繁殖飼育の実績を誇るアドベンチャーワールドは、成都ジャイアントパンダ繁育研究基地の研究員が不在のなか、かつてない試練を経験することになった。

獣医と飼育スタッフの24時間体勢による「パンダ出産チーム」を編成。このチームのリーダーを務めた飼育スタッフの真柴和昌氏は、前例のない出産への不安をこう明かす。

「出産時期には2名の中国の研究員が来日し、2~3カ月ほど一緒に親子のケアの共同研究を行っていますが、今回はすべて自分たちでやりきることへの不安がもちろんありました。その他での不安要素として大きかったのは、ソーシャルディスタンスが必要な状況下で、スタッフ間の接触がシビアだったことです。また良浜(らうひん)の高齢出産がどう影響するのか…という懸念がありました」

生まれた直後の赤ちゃんの健康状態を確認するのに、母親から赤ちゃんを一時的に預かるが、出産前後の母親は気が立っていることがあり、パンダの鋭い爪で人を傷つけるかもしれない。母親の体に触れ死亡率の高い赤ちゃんの世話は、知識や経験が豊富な中国の研究員に任されていた。

「良浜から赤ちゃんを預かるのに3時間ほどかかってしまい、お皿に塗った好物のはちみつに反応しなかったときは(大丈夫かな…)と焦りました。苦肉の策で、出産時に良浜が好んで飲む漢方を与えると興味を示し、その間に楓浜を取り上げることができました。しかし本来はこのタイミングで漢方は与えません。なぜならこぼれた雫で赤ちゃんが濡れると、体温が下がり危険な状態になることがあるからです。

 また出産の補助では、この3段階をクリアしたときは安堵しました。まず生まれた瞬間の目視で、楓浜の体が大きかったこと。次に一番危険が伴う作業である、良浜の腕の中にいる赤ちゃんの取り上げに成功したこと。そして授乳を確認できたことの3段階です」(真柴氏)

史上初めて、日本人スタッフだけで行ったパンダの出産。誕生した楓浜を取り上げた瞬間(写真提供:和歌山県白浜・アドベンチャーワールド)

日本人スタッフのみで挑むパンダの出産は、テレビの密着番組でも放映された。番組では真柴氏の迷いや不安を払拭しようと、中尾建子副園長が「自信を持ってやってください」と、あえて鼓舞する言葉をかける場面がある。出産準備で緊迫するこのシーンについて、その胸中を中尾副園長はこう明かす。

「こちらの狼狽や自信のなさは動物にも伝わります。『悩む』とか『勉強する』というものは十分していただいていましたので、いざ動物の目の前に立てば、過剰なものはいけませんが、自信を持ってやっていただきたいと思いました」

獣医としてほとんどのパンダの出産に立ち会ってきた中尾副園長は、出産の経験を改めてこう振り返る。

「パンダの赤ちゃんは、出産後から14日目ぐらいまでが第一難関といわれます。そこを越えるのを、日本人スタッフだけで達成したのは私共が初めてということで、楓浜の誕生はチームの大きな経験と自信になりました。

楓浜は元気よく産声を上げて生まれてきてくれ、平均的に順調な成長をしています。健康な赤ちゃんを産んでくれた良浜に『ありがとう!』と感謝の想いでいます。

3年前の彩浜(さいひん)は未熟児で生まれました。一旦は心拍も呼吸も弱く、獣医の治療でリカバリーしましたが、自力で母乳を飲むことができない状態でした。そこで中国の研究員は母親から搾乳し、その母乳を彩浜に与えました。私共であのような処置ができたかというと…できたかもしれませんが結果はわかりません。

赤ちゃんはどのような状態で生まれてくるか想定がつきません。1年に1回しか発情のチャンスがない中での出産は、今後も万全な体制を取りたいと考えています」

今後の繁殖のチャンスを真柴氏はこう明かす。

「2年に1回の繁殖をしていますが、永明(えいめい・28歳)が自然交配できる体力が2年後にあるかどうかです。さらに人工授精となると、麻酔をかける必要があります。良浜の年齢(20歳)で体の負担を考えると、人工授精はできないと思います。とはいえ彩浜の時も『今回で最後かな』と話していましたが、楓浜を授かりました。中国で暮らす個体では、23歳で出産をした記録もありますので、良浜の状態が良ければ自然交配のチャンスはありえると思っています」

8月2日にはフランスのボーバル動物園で双子のパンダが誕生した。出産には中国から訪仏した獣医師2名が立ち会ったことをBBC NEWSが報じている。このように国内のみならず国際的な動物園間の協力関係により、パンダの繁殖や飼育方法は、科学研究の成果とともに確立されつつある。次なる課題はパンダを自然に帰すことだが、野生のパンダを取り巻く環境は、依然として厳しい状況にある。ジャイアントパンダが絶滅の危機から抜け出し、自立していける種として歩みだせる日が訪れることを、心から願ってやまない。

(◆アドベンチャーワールドでは、現在入園者の制限を行っている。また、ジャイアントパンダ「良浜」と「楓浜」の親子観覧は、インターネットによる「事前抽選」にお申し込みのうえ「パンダの親子観覧整理券(無料)」が必要)

出産シーン

写真提供:和歌山県白浜・アドベンチャーワールド

生まれたばかりの楓浜

写真提供:和歌山県白浜・アドベンチャーワールド

楓浜の健康確認後、母の良浜のもとへ

写真提供:和歌山県白浜・アドベンチャーワールド

誕生3日後の楓浜

写真提供:和歌山県白浜・アドベンチャーワールド
  • 取材・文椙浦菖子(元臨床獣医療従事者) 写真提供和歌山アドベンチャーワールド

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