五輪警備の派遣部隊住居に「110億円」でも洗濯機は不足の奇妙
プレハブの筋交いに警察官の制服が干してあった
東京五輪が開幕した後の7月下旬、都内を車で通過したとき、驚きの光景が目に飛び込んできた。上の写真は東京・有明にある警察派遣部隊の「仮設待機所」だ。警察官の制服や私物で着ていると思われる下着類が外に無防備に干されていたのだ。
東京五輪の警備のために、全国から集まってきた警察派遣部隊は6月末より都内の数か所に分かれてプレハブ生活をスタート。派遣部隊は地方から車両ごと上京してきている。
20年以上、警察庁で現場に近いところで勤務してきた元職員はこう明かす。
「制服は貸与されて、自分たちで清潔を保って管理することを求められます。事前に十分に下調べをした上で民間のクリーニングに出す人もいますよ。洗濯したり、クリーニングに出す時は階級章や装備品など大事なものは勿論外しますが、外から見えるところであっても出入りが制限されている場所であれば、制服を干す行為そのものが、内部規律に違反することはありません。ただもちろん、通りすがりの人が持っていけるような干し方はダメだと思いますが…」
新型コロナウイルスのワクチン接種が進んでも、外でマスクをはずしたり、騒がしい人に対していまだに冷たい目が向けられるなど、一般の人でも周囲の視線にはまだ敏感だ。警察庁のような公の機関であれば、一般の人の視線に対して余計に敏感にならざるを得ないが、それでも制服を外に干すしかなかったということは、仮設待機所の洗濯機や乾燥機の絶対数が足りないのだろう。
実際、警察派遣部隊の宿舎生活の厳しさは、これまでも様々なメディアで報道されてきた。冷暖房は完備しているものの、食事は毎回弁当で、テレビがない部屋に2段ベッドを4つ並べて8人が一緒に生活しているという。ある待機所は、800人に対して洗濯機8台しかないという報道もあった。
現場で汗流す警察官の「仮設待機所」は、この1年で一時的に「顔」を変え、元に戻した経緯がある。そのプロセスで莫大なお金が費やされた。
朝日新聞などの報道によると、2020年7月に東京五輪が行われることに備えて江東区、江戸川区、大田区に4か所「仮設待機所」となるプレハブを建設。しかし、新型コロナウイルスの感染拡大により、昨年3月に五輪延期が決まった後、しばらく使用する見通しがなかったこの「仮設待機所」はコロナ感染者を受け入れる施設に使う目的で改修した。
だが、結果的には東京都によってホテル確保が進んだため、改築されたプレハブが感染者受け入れのために利用されないまま、元の状態に戻した。改修と再改修に要した費用だけで約48億円にのぼるという。
さらに取材をすすめると、改修費用以前に、プレハブを建てるための「借入費用」として、改修費用とは別に62億円以上もの費用がかかっていることが警視庁が公開している資料などを通して明らかになった。
「2019年9月11日付の官報」(上) 「公共調達の適正化について(平成18年8月25日付財計第2017号)に基づく随意契約に係る情報の公表(物品・役務等)」(下)
仮設待機所の借入だけで62億円以上
上の資料に示された2019年9月11日付の官報の53頁、54頁の赤枠の中には、今回、仮設待機所として使用している場所の借入額および、支払った相手業者が書かれている。官報の赤枠内に書かれている①~⑪の項目は以下の通りだ。
①品目分類番号②調達件名及び数量③調達方法④契約方式⑤落札決定日(随意契約の場合は契約日)⑥落札者(随意契約の場合は契約者)の氏名及び住所⑦落札価格(随意契約の場合は契約価格)⑧入札公告日又は公示日⑪落札方式
【53頁】
「潮見」
●警視庁潮見仮設待機施設等の借入れ (契約締結日令和元年7月2日)
株式会社システム ハウスアールアンドシー首都圏事業部(東京都品川区東大井)
10億9560万円
【54頁】
「城南島」
●警視庁城南島仮設待機施設等の借入れ(契約締結日 令和元年7月25日)
立川ハウス工業 株式会社
4億5650万円
「臨海町」
●警視庁臨海町仮設待機施設等の借入れ(契約締結日令和元年7月25日)
郡リース株式会社東京事業本部(東京都港区西麻布)
5億6529万円
警視庁が公表する「公共調達の適正化について(平成18年8月25日付財計第2017号)に基づく随意契約に係る情報の公表(物品・役務等)」と題する下の青枠の資料を見てみると、官報に書かれていた3か所の借入先がそのまま出てくる。
「潮見」が青枠資料の99番、「城南島」が同100番、「臨海町」が同101番に相当する。注目すべきはいずれの施設名のあとに「NO.2」と記されていることだ。契約締結日は令和2年6月16日で、五輪が延期になったことでの「2回目」の契約を意味している。
青枠の資料によると、令和2年(2020年)6月16日に改めて借り入れた額は以下の通りになる。
99番「潮見」→18億9020万円
100番「城南島」→7億7820万円
101番「臨海町」→9億4541万円
赤枠の資料、青枠の資料をもとに、プレハブを借りている3か所の額を合計してみると57億円を超える。
「潮見」→10億9560万円+18億9020万円=29億8580万円…①
「城南島」→4億5650万円+7億7820万円=12億3470万円…②
「臨海町」→9億4541万円+5億6529万円=15億1070万円…③
合計:①+②+③=57億3120万円
なお、「有明」については資料1の53頁に掲載されている令和元年7月18日契約の情報しか発見できていないが、契約金額は5億3570万円。落札者(契約者)は富士産業株式会社 (大阪府大阪市住之江区)と記されている。他の3か所と比べると安いのは、有明の土地は東京都の所有で、すでに駐車場として造成されていたことなどが理由だと推測される。「有明」の分も追加すると、借入の契約金だけで62億6690万円が使われた計算になる。
さらにコロナ感染者受け入れのためにプレハブを改修し、元に戻す再改修に要した費用約48億円を加えると、110億円費やされていたことになる。
「プレハブ宿舎のレンタル料としたら高額」
とある県の財政課に籍を置く担当者はこう明かす。
「これがプレハブ宿舎のレンタル料としたらありえない高額です。例えば公立小学校を建て替えるときにプレハブの校舎を作りますが、その校舎の建築費用一式でも1億円程度です。これは土地代も入っているのではないですか?」
実際、高額の「潮見」の仮設待機所がある場所を調べると、「東日本ハイウェイ株式会社江東支店」と記されていて、この会社の敷地の一部を借りた可能性が高い。潮見に関しては土地の借用料金も込みの価格ゆえ2年間で約30億円という高い金額になったのだろう。金額の内訳について「潮見」の仮設待機所を借り入れるときの支払先となっている「株式会社システム ハウスアールアンドシー首都圏事業部」に取材すると「お答えすることは何もありません」との回答だった。
警察をはじめ公的機関のプレハブ建設などに詳しい不動産会社の経営者はこう明かす。
「短期間で工事できること、警察の施設規定に基づく使用条件を満たしているか、メーカーにしても償却して再利用できるのかなどにより価格設定が変わると思います。今回であれば、五輪期間終了後の解体費用、保管場所、保管維持管理費なども含まれているでしょう。警察特有の条件だと思いますが、パトカーや人員輸送車など大量の警察車両と人員が1か所に同居できるといったことも必須条件となれば、支払先の相手としては条件を上乗せできる。そのような細かい条件が積み重なって、このような費用になってしまったのではないでしょうか」
ハード面にお金をかけすぎたために、酷暑の中、警備に汗を流す地方の派遣部隊が少しでも快適な日常生活を送るための環境整備にお金が回らなかったとしたら、本末転倒の気もするが……。派遣部隊の業務はパラリンピックが終わる9月まで続く。
「2019年9月11日付の官報」(53頁)
「2019年9月11日付の官報」(54頁)
「公共調達の適正化について(平成18年8月25日付財計第2017号)に基づく随意契約に係る情報の公表(物品・役務等)」
都内某所に並ぶ警察車両
取材・文:加藤久美子撮影:加藤博人