東京五輪「視聴率総決算」調べてわかったNHKと民放の明暗
直前までいろいろあった東京五輪2020。実質的にテレビ中継は、7月22日から8月8日までの18日間におよんだが、世帯視聴率56.4%(ビデオリサーチ調べ、関東地区)の開会式をはじめ、視聴率は近年まれにみる高さとなった。
ただしNHKと民放キー5局の数字を比べると、明暗がくっきり分かれた。しかもオリンピック特需の恩恵は、ふだん目につかない意外な局が一番得ていた。テレビ局の総決算をまとめてみた。
苦戦した民放
オリンピックの各競技が中継された18日間。その間のプライムタイム(以下、P帯)個人視聴率(夜7~11時)と6月の平均値を比べると、以下の通りとなった。(左の数字が6月平均。右が五輪の平均)
NHK 5.2% ⇒ 11.24%
日テレ 5.8% ⇒ 5.08%
テレ朝 5.5% ⇒ 6.07%
TBS 4.2% ⇒ 4.92%
テレ東 3.1% ⇒ 3.02%
フ ジ 4.2% ⇒ 3.9%
五輪期間中、大量の中継や関連番組を毎日放送するNHKに対して、今回民放は日替わりで担当局を決め、NHKに遜色のない分量を放送することで対抗しようとした。民放のハイライト番組『東京五輪プレミアム』も、順番に担当することで毎日放送された。
ところが結果は芳しくなかった。6月の同時間平均値と比べると、微増したのはテレ朝とTBSだけ。日テレ・テレ東・フジの3局は、オリンピックより通常番組の方が数字をとっていたのである。
では五輪期間中に、オリンピックを無視して通常番組を流し続けるのが正解だったかと言えば、そうとも限らない。
テレビ朝日の木曜ドラマは、7月22日にNHKがサッカー男子「日本×南アフリカ」を放送している裏で、『IP~サイバー捜査班~』と『緊急取調室』を放送した。ところが共に前回より3割前後視聴率を落としてしまった。
TBS日曜劇場『TOKYO MER~走る緊急救命室~』に至っては、五輪期間中に毎週放送を続けた。ところが五輪前の3話はいずれも14%台だったが、五輪期間中の3話は10.1%・10.8%・8.4%と大きく数字を落としてしまった。特にNHKが放送した『閉会式』は世帯視聴率で40%を超えたが、その裏で放送された6話は8.4%と五輪前3話の4割減となってしまった。
他にもこの日は、日テレ『世界の果てまでイッテQ!』が6.6%と大惨敗。フジが8時から放送した『日バラ8』2時間は、2.5%と目も当てられない数字に終わったのである。
NHKのひとり勝ち
苦戦した民放をしり目に、NHKのひとり勝ちが目立った。6月のP帯個人平均は5.2%だったが、五輪期間平均は11.24%と2倍以上に急伸したのである。しかも『開会式』の世帯が56.4%、『閉会式』46.7%と、近年稀にみる高視聴率を出していた。他にも野球決勝『日本×アメリカ』37.0%、野球準決勝『日本×韓国』26.2%、卓球女子団体決勝『日本×中国』26.3%など、美味しい瞬間の多くをNHKが中継していたのである。
前提には放映権料の問題がある。18年の平昌冬季大会と20年の今大会で、NHKと民放からなるJC(ジャパンコンソーシアム)は660億円を支払っている。その7割を負担するNHKが、開会式・閉会式の他に主要な種目をおさえているから、高視聴率を連発する。
逆に民放は夏冬の2大会で、1局あたり40億円弱を負担している。それだけの大金を投じても、視聴率にプラスがあまりないとすると、経営的には大変苦しい。実はそれまで数回のオリンピックも、状況は似たようなものだった。
2012年のロンドン大会で、当時の豊田フジ社長は「うちと日本テレビは五輪をやっても赤字。レギュラー番組の方が収入がある」と発言していた。そのロンドン大会より、放映権料が1割ほど高騰したリオ大会でも、民放の視聴率は低迷した。日テレの大久保社長(当時)は、「これ以上(放映権料が)高くなると、五輪の放送に参加できない局が出てきても不思議でない」としていた。
ではプラスよりマイナスが大きい…ともいえるオリンピック中継を、なぜ民放は続けるのか。どうやら理由は2つあるようだ。1つは国民が大きな関心を持つ国際大会を放送するという局のブランドのため。そしてもう1つは、五輪期間中の放送がマイナスとしても、次の大会までオリンピックの映像を使えるため、JCから降りられないというのである。
リオ五輪で日本選手団主将を務めた吉田沙保里選手が、その後バラエティ番組で引っ張りだこになった。「霊長類最強女子」の異名もこうした番組で定着したが、民放はこうして帳尻を合わせているようだ。
最も得をしたチャンネル
このようにオリンピックは、NHKと民放の微妙なバランスの中で放送されている。そして今回、NHKひとり勝ちの中で最も得をしたチャンネルがあった。Eテレだ。
東京オリンピック2020は、地元開催で日本選手に多くの関心が集まった。NHKは地上波とBSで1200時間超の放送を計画したが、実はEテレも多くの競技を伝えた。その中には、8月6日のサッカー男子3位決定戦『日本×メキシコ』のように、競技時間の変更で、総合ではなく急遽Eテレが注目試合の中継をすることもあった。
その中継は2時間平均で世帯13.2%と全チャンネルの中でトップに躍り出た。こうした好記録も含め、Eテレの五輪期間中のP帯は急伸したのである。6月の個人平均は0.3%に過ぎなかったが、期間平均は2.2%。何とふだんの7.3倍も上昇したのである。
こうして東京五輪2020の大量の放送が幕を閉じた。自国選手の活躍を、良い時間に中継できたがゆえのお祭り騒ぎだったと言えよう。いっぽうアメリカNBCは、史上最低の視聴率および視聴者数に終わっている。時差の関係もあり、五輪はかつてほど強力な放送コンテンツではなくなり始めている。
そして放映権料は高騰を続けている。テレビ広告費が低迷し、NHKの受信料も値下げの方向という状況を考えると、オリンピック放送のあり方は、今後変化していかざるを得ないだろう。
東京五輪2020は、ターニングポイントの大会となる可能性が高い。
文:鈴木祐司(すずきゆうじ)
メディア・アナリスト。1958年愛知県出身。NHKを経て、2014年より次世代メディア研究所代表。デジタル化が進む中で、メディアがどう変貌するかを取材・分析。著作には「放送十五講」(2011年、共著)、「メディアの将来を探る」(2014年、共著)。
写真:森田直樹/アフロスポーツ