メリー藤島さん死去で始まるジャニーズ事務所の本格的「若返り」 | FRIDAYデジタル

メリー藤島さん死去で始まるジャニーズ事務所の本格的「若返り」

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車イスで事務所の関連施設から出てきたメリー藤島さん(‘19年7月)

ジャニーズ事務所の名誉会長である藤島メリー泰子さんが、8月14日に都内の病院で死去した。享年93。

メリーさんといえば、弟で‘19年に亡くなったジャニー喜多川さんと文字通り“二人三脚”で事務所を大きくした功労者。また、所属タレント以外にも、森光子さんや黒柳徹子など、多くの芸能人との交流があったことでも有名だ。

「森さんが‘09年に行われた『天皇陛下御在位二十年をお祝いする国民祭典』に参加された際に乗っていたロールスロイスは、メリーさんが貸したものと言われています。また、森さんが晩年に都内の病院に長く入院生活をしていましたが、それを物心ともに支えたのも彼女でした。

黒柳さんとは数年前まで都内の有名ステーキ店で200グラムはあろうかというお肉を一緒に舌鼓を打っている姿がたびたび目撃されていました。本当にパワフルな方でしたね」(女性誌記者)

そんなメリーさんは、所属タレントに対しては礼儀や生活態度に厳しかった半面、スキャンダルなどの悩み事には親身になって守ってきた。まさに事務所の“母”的な存在だったと言っていいだろう。

「有名なところでは、‘89年にマッチこと近藤真彦と中森明菜の『金屏風会見』でしょう。明菜が恋人だったマッチの自宅で自殺未遂を起こし、彼としては芸能活動のピンチだったにもかかわらず、あの会見で交際宣言をすることで一種の“禊”に変えてしまった。それをウラでお膳立てしたのもメリーさんでした。

また、SMAP独立騒動のときも、グループごと出る予定だったのに、木村拓哉と中居正広を踏みとどまらせたのもメリーさんの存在があったからだと言われています。その後、‘20年に中居は退所したものの、残った木村は今やドラマにCMにと大活躍です」(スポーツ紙記者)

まさに去る者には厳しく、残ったものは全力で守る姿勢を貫いたメリーさん。だが、晩年はその方針も崩れつつあった。

「メリーさんは常々“ジャニーズのトップはマッチです”と公言していましたが、そんな彼も不倫問題で今年、自ら事務所を去った。体調不良もありメリーさんは‘20年に代表権のない名誉会長に退き、事務所の実権は彼女の娘であるジュリー藤島社長と滝沢秀明副社長に渡されました。

彼らにしてみれば、“年配タレント”は扱いにくいところもあったのでしょう。それが表面化したのがマッチの一件でしたね」(テレビ局関係者)

ジャニー氏の死去後、滝沢氏より年上のタレントが独立したのはマッチと中居だけではない。少年隊の錦織一清と植草克秀、TOKIOの長瀬智也と、立て続けに退所している。独立理由は個々に違うだろうが、事務所の若返り方針が少なからず影響を与えているのは間違いないだろう。

「メリーさんが亡くなったことで、注目されるのが木村さんの動向です。妻である工藤静香さんは、メリーさんとは直で連絡を取り合う仲だった。

最終的に彼の独立を踏みとどまらせたのは、メリーさんの気持ちをくんだ工藤さんが引き留めたと言われていますからね。ですが、メリーさんという存在が無くなれば、当然、独立話が再燃する可能性はあります。木村さんは事務所内でも孤高の存在。彼が“出る”といえば、誰も止められる人はいないでしょう」(芸能プロ関係者)

ここ2年で大黒柱の2人を失ったジャニーズ事務所。はたして残された人たちは、どんなかじ取りをしていくのだろうか――。

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