独記者の家族殺害「タリバンは悪玉か、穏健化したか」世界の見方 | FRIDAYデジタル

独記者の家族殺害「タリバンは悪玉か、穏健化したか」世界の見方

政権崩壊から1週間。アフガニスタンで今、なにが起きているのかー黒井文太郎レポート

  • Facebook シェアボタン
  • Twitter シェアボタン
  • LINE シェアボタン
  • はてなブックマーク シェアボタン

タリバンは、はたして「怖ろしい集団」なのか。いま、世界が固唾を呑んで注視している。

アフガニスタンで8月15日、イスラム武装勢力「タリバン」が首都カブールを制圧した。以来、米CNNや英BBCなどの海外メディアは連日、アフガニスタン情勢をメインに報道し続けている。今後タリバン新政権が何をやってくるか「まだわからない」からだ。

タリバンがアフガン政権を掌握した。国外へ逃げ出す人々が空港へ殺到、死者も出た。徒歩でイラン国境にたどり着いた避難民も多い 写真提供:IRANIAN RED CRESCENT/AFP/アフロ

8月19日、ドイツ国営放送「ドイチェ・ヴェレ」は、同社記者4人のアフガニスタン国内の自宅がタリバン兵士の捜索を受けたと発表した。現在はドイツで活動している記者の家族1名が殺害され、もう1名が重傷を負ったという。同社ディレクターは「アフガニスタン国内でタリバンが組織的にジャーナリストを探していることは明らかだ」としている。

タリバンという武装勢力がやってきたこと

タリバンは内戦が激しかった1996年に一度、政権を奪取している。多数派部族であるパシュトゥーン人が中心の組織で、イスラム法を規範としたが、実際には古くからの部族の厳しい掟を重視し、それを独自のイスラム法解釈として人々に強要した。そのため、女性の労働や教育、自由な外出を認めないとか、西洋的な娯楽を禁じるとか、四肢切断や石打ち、鞭打ちなどの残酷な刑罰、あるいは公開処刑を導入するといった人権侵害が甚だしかった。また、同じイスラム主義ということでアルカイダを庇護し、国際テロの温床にもなった。

タリバンはまた、前述したようにパシュトゥーン人中心の組織だったから、タジク人、ウズベク人、ハザラ人などの他の部族の民兵と激しく争い、占領地域ではしばしば他の部族を弾圧した。同じパシュトゥーン人でも、タリバンの軍門に下らない勢力は厳しく弾圧し、力と恐怖で押さえつけた

そんななか、2001年に9・11テロが発生し、アルカイダを庇護していたタリバンは米軍の攻撃を受けて敗走した。アフガニスタンではその後、米軍が駐留し、親米派の政権が誕生した。それでもタリバンは戦力を維持し、親米政権軍や米軍、それに米軍主導の平和維持活動に参加した多国籍部隊らと戦い続けてきた。

米軍の負担は重くなり、米兵の犠牲が続いた。ただその間、アルカイダの勢いは劇的に低下し、米国にとって米軍が駐留する意味は薄れていった。

2020年2月、アメリカ・ファーストを掲げ、海外での米国の負担を否定するトランプ政権はタリバンと和平合意し、2021年5月までに米軍が撤退することを確約した。2021年1月に政権に就いたバイデン大統領も撤退方針を踏襲し、同年4月に「5月から撤退を開始して9月までに撤退を完了する」ことを正式に表明した。

米軍撤退で怒涛の進撃が始まった

こうして米軍撤退が実行されたことを受け、タリバンは攻勢に出た。7月から進撃は加速され、8月に入ると米軍のいない親米政権の軍が次々に敗走。とくに8月12日に西部の町・ヘラートの有力民兵を下すと、各地の部族民兵も続々と投降した。こうしてタリバンは猛烈な勢いで主要都市を次々と制圧。その勢いのままわずか3日後に、首都カブールも、政府軍の抵抗なく無血占領したのである。

怒涛の進撃をしていたタリバンは、カタールに置いていた政治部門の対外代表事務所の報道官を通じ、「旧政権の関係者に報復はしない」「女子教育は禁止しない」といったメッセージを発信した。前述したように、過去に政権を握っていたタリバンは、酷い人権侵害を行っていた。そのため、アフガニスタン国内でも国際社会でも、タリバンの残虐性を懸念する声が当然強かったが、それに対してタリバンはいかにも自分たちは変わったのだというようなソフトなイメージを発信したのである。

8月17日には、カブールに入ったタリバン幹部が初めて記者会見を行ったが、やはり同様の発言に終始した。女性の人権への抑圧に対しても否定したが、あくまで「イスラム法の枠組みの中で尊重する」とした。この「イスラム法の枠組みの中」の具体的な意味については明言しなかった。これでは、女性に自由を認めることを事実上、否定したのと同じだ。

すでにカブールを押さえたタリバン。外国報道陣の取材を受ける政治部門は、ソフトなイメージの発信を続けている。カブールに入ったタリバン兵士たちも、外国報道陣の取材に対し、比較的友好的な態度で応じている。間違いなく指導部からそうした指示が出ているのだろう。

タリバンを信用できない理由

だが、タリバンが今後、どういった方針をとるのか、まだ不明である。そのため、前述したように、海外メディアでもタリバンの動向を連日、詳細に報じ続けている。タリバンの政治部門が穏健な言動を続けていながら、その信用度が不明なのには、2つの要因がある。

1つは、タリバン指導部が本当に「旧政権関係者に報復しない」のか、そして、イスラム法の枠内としても「女性の教育や就労を認める」のかがわからないからだ。タリバンの過去の行動を振り返れば、後から反故にするのではないかと誰もが疑心暗鬼になるだろう。この点、欧米メディアでの議論では、さまざまな専門家が「タリバンは穏健化している」「信用できない」と見通しを語っているが、タリバン指導部の内部議論を誰も知らないので、いずれの意見もそれほど根拠のある分析結果ではない。つまり、いまの時点で「私はこう思う」と言い合っても、それほど実りある議論にはならないのだ。

もう1つの問題がある。仮にタリバン指導部の政治部門が穏健路線を考えているとしても、タリバン全体がそれに従うかどうかが不明なことだ。

タリバンは以前、非常にカリスマ性のある指導者で創設者のムハマド・オマルがいたが、2013年に死亡しており、現在は突出した指導者がいない。現在はハイバトゥラー・アクンザダという人物が最高指導者になっているが、その威光は限定的だ。また、現在、政治部門を主導しているのはアブドル・ガニ・バイダル政治担当副指導者(3人いる副指導者のひとり)だが、彼はもともとパキスタンで長期収監されていたところを、対タリバン和平交渉のために米国の仲介で釈放された現実派だ。

しかし、彼がタリバン全体を必ずしも掌握できているというわけでもない。タリバンにはそれぞれ各地ごとに、有力な部隊指揮官や長老的指導者が何人もいる。彼らは自前の部隊で行動し、各自の考えで占領地域を統治している。また、タリバンに参加してはいるものの、地元の部族民兵のような部隊も多い。

前述したようにタリバンの主力はパシュトゥーン人の部隊だが、彼らの多くはいまだに厳しい部族社会の掟を重視しており、慣習的に女性を抑圧し、他部族や仇敵への厳しく残虐な報復を躊躇しない。彼らは、仮にタリバン指導部からまるで西側民主国に媚びるような方針を指示されたとしても、すんなり受け入れないかもしれない。

こうしたことから、タリバン新政権がアフガニスタンで穏健な統治を行うのか、あるいはやはり過酷な抑圧に転じるのかは、誰もが知りたい最重要な話でありながら、誰にもわからないという状況になっている。

本稿執筆時点でも、その状況に変化はない。ただ、冒頭で書いたように、徐々にタリバンの強権的な面が散発的に各地で報じられ始めている。女性が仕事場から帰宅を命じられたとか、旧政権の関係者が拘束されたり脅されたりといったことだ。現時点では、それらが「タリバン指導部の指示」か、あるいは「末端の判断」なのかは不明である。

また、カブールを含むいくつかの町で反タリバンのデモが実施されたが、その中にはタリバン兵士が威嚇射撃をしたケースがあったことも伝えられている。東部のジャララバードでの5月18日のデモや同じく東部のアサダバードでの同19日のデモでは、タリバン兵士が発砲し、被弾もしくは混乱による転倒圧迫かによって死者が出たとの目撃情報もある。また、タリバン兵士が旧政権の関係者の捜索を始めているとの情報もある。

さらに、アフガニスタンからは連日、逃げ出そうとカブール空港に殺到する住民の様子が報じられているし、タリバンへの恐怖を語る現地の女性たちの声も伝えられている。多くのアフガニスタン国民が、タリバンの穏健路線を信用していないことの証左だ。

アフガンの今後については、不明なことが多い。が、タリバン戦闘員や戦闘指揮官の大多数は、けっして穏健でソフトな男たちでない。

黒井文太郎:1963年生まれ。軍事ジャーナリスト。モスクワ、ニューヨーク、カイロを拠点に紛争地を多数取材。『イスラムのテロリスト』『世界のテロリスト』(講談社)、『アルカイダの全貌』(三修社)、『イスラム国の正体』『イスラム国【世界同時テロ】』(KKベストセラーズ)などイスラム関連の著書も多数

  • 取材・文黒井文太郎

Photo Gallary1

Photo Selection

あなたへのおすすめ記事を写真から

関連記事